バトル・ロワイヤル 12
バトル・ロワイヤル 12
ペンキの剥がれた壁に凭れて身を隠しながら、夜神は自動拳銃をポケットにしまった。
「それ、S&WのM61エスコートですね?」
私が首輪のマイクを指で塞ぐと、夜神も倣って塞ぐ。
「リヴォルバーと自動拳銃。『同じ種類の武器』でないかどうか、微妙な所ですね」
拳銃を隠していた事を軽く咎めると、夜神はぴくりと頬を引き攣らせた。
「……切り札は、最後に取っておくつもりだったんだけど」
「松田さんが私を殺してから、松田さんを殺すとか?」
「ああ……そうだな」
苦笑して、それから足の痛みに気付いたのか少し顔を顰める。
「その銃は、お父さんのですか」
「違う。スタンガンとロープが、父だよ」
「なるほど。
ところで私、自分が一番荷物が小さいリュックを選んだつもりだったんですが」
「僕のリュックには、銃以外にもおまけも入っていたんだ」
「ほう。強い方の武器なのに?何が入っていたんです?」
「何だと思う?」
「結構かさばる物ですよね。
銃とセットという事を考えるとさほど役に立つ物とも思えない」
夜神は少し俯いて笑うと、小さく頷いた。
「花束。だよ」
「はい?」
「中々大きな、バラとか色々入った花束」
「冗談……じゃなさそうですね」
拳銃と、花束?
どういうつもりだろう……。
ゲームマスターは相当洒落者、というか奇矯な人物のようだ。
「匂いがついて大変だった。
リュックを捨ててやろうかと思った」
「ああそれで。最初にあなたを倒した時、良い匂いがすると思ったんですよ」
「拳銃を手にしたペナルティかな」
夜神は漸く顔を上げて、胸の拳銃をしまった辺りに触れる。
「その銃で、いつか私を殺すつもりだったんですね?」
「……」
「まあ、知ってましたけどね」
「嘘吐け」
「あれだけ密着すれば、分かりますよ」
それは本当だ。
弾を抜いておかなかったのは、夜神の出方を見たかったからだ。
「……おまえが、何も知らずに僕を信用している様子なのが面白かったのにな」
「申し訳ありません。一瞬たりとも信用した事ありません」
「首輪を外す時、おまえを殺さなかったのに」
「だってその時はあなたはキラではありませんでしたから。
お父さんの事は飲み込んだ以上、私を殺す動機がありません。
その後ですよね?記憶を取り戻したの」
私が気付いていないとでも思ったのか。
「本当に、僕を信用してなかったのか?」
私はニッと笑って、ポケットから1.5センチメートル四方の紙を取り出した。
「あ」
そう言って夜神はすぐに竜頭を四度引き……絶望の表情を浮かべる。
「マジか……」
「信用してない人に、こんな危ないおもちゃを持たせておけませんよ」
「教えてくれた名前も偽名だったりするの」
「それは本当です」
「……」
「という事にさせておいて下さい」
夜神は欧米人のように肩を竦めると、唇を引き結んだ。
「まあいい。改めて同盟だ。
銃はそちらに渡すから、その紙を返してくれないか」
「返しません。
でも、あなたが妙な真似をしない限り名前は書きませんので安心して下さい」
「この場でおまえを撃って取り返す、と言っても?」
「あなたには私は殺せません。
分かっているでしょう?あなたが生き残る道は、私と協力してゲームマスターを倒す事だけです」
彼は大きく溜め息を吐くとマイクから指を離し、リュックを背負い直す。
「さあ、もうすぐ九時になる。
次の『区画整理』で居られる場所は殆ど無くなるな」
「どうでしょう。私達、今日の昼まで生きていられますかね?」
「無理かもね。心中でもする?」
首輪を外して爆発させるか、立ち入り禁止区域に放り込むかしようという話なのだが。
「いえそれは」
“私が死んだら、全員の首輪を爆発させるかも知れませんから”
口の動きだけで言うと、夜神も頷く。
「そうだな。最後まで足掻いてみるか」
GPSでこちらの行動が知られている以上、こっそりゲームマスターのアジトを調べたり忍び込んだりするのは無理だ。
私達は普通に、学校へ続く坂道へ戻ってアジトの第一候補である廃校の校門まで来た。
「どうする?
僕達の動きは見えているだろうから、隠れる意味はないな」
「取り敢えず、正面から行きますか」
夜神はリュックをその場に置く。
ここまで来れば、どんな結果になろうとももう使う事はないだろう。
私も底が抜けて意味を成さなくなったリュックはとっくに捨てていた。
一応身を低くして、校庭に丈高く生えた草で視角を遮りながら進む。
場所はビンゴだったらしく、すぐに玄関に銃を構えた迷彩服が二人現れた。
と、突然「コッ」というような音が辺りに響き渡る。
“あー。言い忘れていました。
我々に対する攻撃はいかなる場合であってもゲームに対する反則とし、即刻退場して貰います。
この世から”
いつものチャイムも鳴らさず、性急に警告が放送された。
それだけ相手も焦っているという事だろう。
夜神と私は、顔を見合わせる。
次に使う武器は打ち合わせずとも決まっていた。
他に選択肢はない。
相手に考える隙を与えないよう、スピードを上げて迷彩から十メートル程の所まで近づく。
私たちは無言で首輪を抜いた。
「右だ」
「左です」
同時に銅線を引き千切り、立ち上がる。
「いち」
二人の迷彩がこちらに気付いて銃口を動かす。
こちらに狙いを定める前に、大きく振りかぶって。
「に」
首輪はその胸元に、頭に、ぶつかってそして同時に爆発した。
「上手く行きましたね」
「ああ。松田さんのお陰だ」
松田の首輪で事前に実験できたお陰で、壊した場合も爆発まで二秒掛かる事、それに体に密着していなくとも殺せるほどの殺傷力がある、つまり手榴弾のように使える事が分かったからだ。
バトル・ロワイヤル 13
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