バトル・ロワイヤル 10
バトル・ロワイヤル 10
「……その話は後だ。ただ彼等は十分にキラの裁きの対象だ。
後輩達の名前を教えるのか。教えないのか」
「気が進みません」
「自分が死にかけているのにか?」
「どちらがLとして、この世に価値を残せるかです。
今は確かに私の方が優れている。
しかし十年後二十年後となると分かりませんし、彼等が協力体制を取るかどうかでも分かれて来ます」
夜神は呆れたような顔で口を少し開けた。
「……おまえのような人間が、キラに相応しいんだろうな」
「冗談じゃありません。
自分が公正な人間だと自覚はしていますが、他人を裁く事なんかしません」
「そう。だからこそ、おまえはキラに相応しいが、キラにはなれない」
「なりたくもありませんし」
夜神はそれ以上掛け合いを続ける気はないらしく、伸びをして顔を顰める。
マイクは解放だ。
「……眠れないんですか?
氷砂糖どうぞ。血糖値が下がってるんじゃないですか?」
「ありがとう……しかし腹はふくれないな」
「丸一日何も食べてませんしね」
「こんな状態では、残されたプランは……一つしか浮かばないな」
「はい私もです。それで行きましょう」
夜神は苦笑すると、毛布を被って横たわった。
「体力を温存しよう。こっちに来いよ」
私は今度こそ本当に蝋燭を吹き消し、夜神と同じ布団に入る。
そこは暖かく柔らかく、うっかりと心を許してしまいそうな場所だった。
翌朝は薄暗い内に窮屈さで目が覚めた。
寝ている間に夜神と毛布を奪い合い、最終的に双方毛布を抱き込んだまま密着した状態で寝ていたらしい。
「……おはよう」
「おはようございます。昨日は素敵な夜をありがとうございました」
「あー……うん。こちらこそ」
何十回も夜神の隣で朝を迎えたし、捜査状況によってはほぼ徹夜に近かった日もあったが。
今朝が一番寝起きが悪いように見えた。
「やっぱりカロリーが取れないのと、シャワーすら浴びられないのは堪えるな」
彼はまるで私の心を読んだかのように、慌てて弁解染みた言い訳をする。
「泣いても笑っても最終日だ。頑張ろう」
「泣きも笑いもしませんが出来るだけの事はしましょう」
お互い、人生最後の日になるかも知れないと思えば軽い言葉だ。
つい笑ってしまいそうになった、その時。
どこか遠くから、人の声のような音が聞こえて思わず顔を見合わせる。
それから無言で、私はナイフを刺し、夜神もスタンガンをポケットに忍ばせた。
ザイルに石を結び直し、リュックにめぼしい物を入れてそっと小屋の外に出る。
茂みを掻き分け、役場の裏手で息を潜めていると、何者かが騒ぎながらメインストリート(と言っても軽自動車が何とか交差できるほどの小道だが)を登って来た。
「だぁーれかーー!いーませんかーー!」
「月くーん!竜崎ーー!ワタリさーん!アイバーさーん!」
「松田さんだ」
「ですね」
少し顔を出してみると、たった二日でボロボロになったスーツの上に更にジャケットを重ね、リュックを背負った松田が歩いていた。
何が入っているのか、ぱんぱんに膨らんだリュックには丸めた毛布が見覚えのあるネクタイで括り付けてある。
その顔は随分焦燥した有様だが、肩にはボーガンを引っかけていた。
右手には、リヴォルバー。
ズボンのベルトには、手榴弾のレバーが幾つか引っかけてある。
それは……私が知っている松田とは、まるで別人のようだった。
そう……まるで。
「けもの」
夜神が隣で小さく呟く。
その声が松田に聞こえた筈はないが、彼はまさに獣の素早さでこちらに顔を向けた。
「月くん!」
無精髭だらけの顔で、あの屈託の無い満面の笑みを浮かべる。
「良かったぁ!!無事だったんだね!」
「ええ、松田さんも」
「会えて嬉しいよ!
そんな所に隠れてないで出ておいでよ!」
そう言う割りに、自分からは近付いて来る気配がない……。
この男。
「月くんは一人?」
「……」
「あ。誰かいるね?見えてるよ!」
仕方なく一歩出ると、松田は犬のように顔いっぱいの笑顔で迎えてくれた。
ぶんぶんと、子どものように手を振って。
そして素早く手榴弾のピンを抜いて投げてきた。
「月く、」
夜神は予想していたのだろう、ザイルに括りつけた石を正確に振り回して空中ではじき飛ばす。
その軌道を百度ほど屈折させ、手榴弾は道の片側の民家の玄関にぶつかった。
と共に、軽く地響きを立てて爆発する。
爆風と飛び散った破片で、玄関のガラスと古い木の桟は、高い音を立てて粉々に砕け散った。
「松田さん!」
「あれぇ?もう遠隔攻撃出来る武器は残ってないと思ったのに、そういうのがあったんだ」
「松田、」
「でも、随分原始的だよねぇ。僕には勝てないでしょ」
そう言うと、松田は殊更にゆっくりとリヴォルバーを持ち上げて銃口を私達に向ける。
「どういうつもりですか!」
「仕方ないだろ。一人しか生き残れないんだから。
バトル・ロワイヤルだよ」
「そのジャケット、模木さんのですよね」
「ああ。貰った」
「武器は?」
「これもみんなに貰ったんだ」
自分に酔い痴れているように、芝居がかった仕草でリヴォルバーにキスをする。
「この銃は相沢さん、手榴弾は模木さん」
「ボーガンは?」
「これは、元々俺が引き当てた」
……という事は。
「最初に相沢さんを殺したのは、あなただったんですね?」
口を挟むと、松田は冷笑を浮かべながら私を睨み付けた。
「だーかーらぁ。仕方ないだろう?
これだけの規模の遊びをする奴に、俺達が束になったって敵うはずが無い。
万が一奴らを倒す手段を思いついたとしても、その瞬間に首輪が“ボン!”だよ」
「相沢さんを殺したのはウエディかと思っていました」
「ああ、彼女には昨日会ったよ。
武器は毒薬だって。笑えるよねぇ〜」
「殺したんですか?」
「殺せなかった。逃げられたよ。放送聞いただろう?」
「アイバーは?」
「最初からいなかったよ。
校門の相沢さんの所に行かなかったんだろうね」
なるほど……そういう事か。
校門で、皆が来るのを信じて待っていた相沢。
松田は校内で自分の武器を確認し、ウエディやアイバーを警戒しながらもこの屈託の無い笑顔で近付いたのだろう。
そして、ウエディもアイバーも居ない事を確認した途端にボーガンを構え。
まだ信じられない表情でいる相沢の首を射貫いた。
すぐに相沢の武器を奪って立ち去る。
その後で出て来た模木やワタリは、ウエディかアイバーか松田が殺人者だと知り、私と同じく身を隠した。
いや模木は、松田だけは違うと信じたのだろう。
それであっさりと殺された。
彼の不覚は、手榴弾を使って自分の居場所を知らせてしまった事と、松田をあっさりと信用してしまった事だ。
模木の死亡現場を見て、この殺人者は相当異常だ、という印象を持った事を思い出す。
バトル・ロワイヤル 11
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