バトル・ロワイヤル 8
バトル・ロワイヤル 8
途端に、裏蓋がスライドして出て来た。
中には白い紙切れが貼ってある。
何ですかそれ。
口の動きだけで言って触れようとすると、それより前に夜神が取り出した。
瞬間。
「うっ……」
六時の、チャイムが鳴る。
と同時に夜神が叫ぶ。
二人分の盗聴器のマイクを塞ぐには余裕がなく、咄嗟にその頭を抱きしめて声を殺す。
チャイムが終わった頃には叫び終わっていたが、夜神は私のシャツを握りしめたままがたがたと震えていた。
“皆さんお元気でしょうか。本日最後の放送です”
だいじょうぶですか。
顔を持って目を見つめて口だけで言うと、夜神は目を見開いたまま小さく頷く。
だがその表情は。
“午後三時から現在までの死者は……また、ゼロ人です”
どこがどうとは言えないのだが。
一変していた。
そう。
監禁する前の、あの頃のように。
“最初はハイペースでしたが皆さん不甲斐ないですね。
このままでは、どんどん居場所が無くなって全員死にますよ?
頑張って殺して下さいね”
新たな立ち入り禁止区域は七つに増え、もう居られる場所は役場を含めたこの場所と、廃校、集落へ続く道の途中までだけになった。
「月くん。正直に言って下さい」
放送が終わると共に私から離れ、夜神は背を向けた。
その背に向かって話し掛ける。
「……何が」
私は片手でメモを書きながら、片手でその肩を引き寄せた。
「私に、気がありますよね?」
“記憶が、戻りましたね?”
メモを目にした夜神が、小さく震える。
「……やっぱりおまえには、敵わないな……」
「はい。諦めて下さい」
「計画が……狂った。
まさかこんな異常事態に巻き込まれるなんて、思ってもみないだろ?」
夜神は膝の間に頭を垂れ、長々と溜め息を吐いた。
彼が自分がキラだと認めた、瞬間だった。
大儀そうに小さな紙切れを拾って、時計の裏蓋の中に入れてまた戻す。
あれが。
遠隔殺人の、手段か……。
“記憶を失ったのは”
「いつからですか?」
「おまえに監禁された……少し後からだよ」
そうだ……取り調べの最中に、突然変わった時があった。
「なるほど。触れて思い出したんですね」
“その紙切れに”
「ああ……そういう事だ」
記憶を失ったきっかけは、時限装置か……?
いや、台詞……「プライドを捨てる」……か。
「自分で聞いておいて何ですが……。
正直、驚いています。あなたが告白してくれるなんて」
「いつもなら絶対に言わないけど。こんな状況だから」
「はい。ありがとうございます」
「自分かおまえが死ぬ可能性があると思うと、高いと思うと……言ってしまうものだな」
自嘲的に笑うと、夜神は小さく頭を振った。
「まあ、明日の正午には二人とも死んでいる可能性はありますよね。
このペースで行くと安全地帯がなくなりますから」
いきなり夜神の首に触れると、彼は「なっ」と驚いて後ろに手を突いた。
「何、」
言いかけた足を引っぱって、布団の上に倒す。
「何するんだ!いきなり押し倒すなよ」
「すみません。でも時間がないので」
自分の首を指差すと、夜神は「あ」の形に口を開いた。
「……今、するのか」
「はい」
カッターナイフと銅線を構え、口の両端を上げる。
「幸いにもワセリンもティッシュもありますから」
そう言うと、何の演技をするのか分かったのか、夜神は顔を顰めた。
「でも……怖い」
「我々にはもう、今夜しかないんです。
怖いなら少し酒でも飲みますか」
夜神は溜め息を吐いて、諦めたように身体の力を抜いた。
「分かった……優しく、してくれるなら」
蝋燭の後ろに皺を寄せたアルミホイルを立て、光量を増やす。
それを傍に置き、更に夜神は鏡で光を反射して作業部分を照らした。
これでかなり作業がやりやすい。
研いだカッターの刃を滑らせ、ベルトを削ると小さな悲鳴を上げられた。
「ちょ、いきなりするなよ!もっと、ゆっくり、ゆっくりしてくれ」
「すみません。焦ってますね、私」
少しづつシリコンを削っていくと、細い銅線が二本見えた。
「二本……」
「三本、だろ?」
確かに。下の方を削ると、三本目が現れる。
やはり暗くて作業効率が悪いな。
「痛く、ないですか?」
首輪の下に私の指を入れているので、きついのではないかと思って聞いたのだが、夜神は声を出さずに噴き出した。
「痛いよ。でも大丈夫。おまえを愛しているから」
それを聞いて私も思わず笑ってしまいそうなのを、堪える。
「出来るだけ優しくしますが、私もそれなりにテンパってますんで。
もし失敗したら申し訳ありません」
失敗すれば、爆弾の威力が最低限でも夜神の頭と私の手が吹き飛ぶ。
もしそれ以上なら、二人とも死ぬだろう。
「覚悟は出来てるよ。初めてだろう?こういう事」
「まあ、男性相手は初めてです」
「マジで!女性ならあるんだ?」
「こう見えてそこそこ修羅場をくぐってますよ」
女神の名が付いた美しい橋の爆弾解除をした時は、線を間違えずにペンチで切っていくだけだったので、難しくはなかったが。
慎重に、銅線を切らないように露出させて行く。
それから郵便局から持って来た銅線を適当な長さに切り、両端を慎重に首輪の銅線に括り付けて行った。
これが外れたら、爆発する。
そう思うと手指に力が入らないような、妙な感覚になる。
知らず息が荒くなる。
夜神も酸素が足りないかのように、早い呼吸をしていた。
「あ……」
「気持ちいいですか?」
「え……?ああ……まだ気持ちよくはないけれど、ドキドキはしてるね」
「あなたの声も、セクシーで興奮します。もっと喘いで下さい」
「竜崎……」
口だけで「聞かれてますかね」と言うと、夜神は「聞かれてなかったら物凄く間抜けだね」と声を出さずに答えた。
バトル・ロワイヤル 9
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