バトル・ロワイヤル 6

バトル・ロワイヤル 6










集落に行くと、何軒か窓や玄関が破られている家があった。
元々獣に荒らされた所もあるだろうが、やはり他の誰かが中を探ったのだろう。

食料は望めないがその内の一軒に入り、残っていた毛布を貰う。
アイバー、ウエディ、松田の内誰かはこの集落に居そうなので神経を使ったが、いつ立ち入り禁止区域になるか分からない。
昼までに二往復して、敷布団も小屋に運んだ。


「月くん、少し黴臭いですがないよりはマシです。
 疲れの取れ方が全然違いますから、敷いて下さい」


そう。九時の放送では五つの区域が立ち入り禁止になった。
三時間毎に五つづつ減っていくとすれば、居られる場所は今日中に半分以下になる。
短期決戦になるのなら、食料の調達よりも体力の温存に重点を置くべきだ。

夜神を起こし、敷布団を敷いた所で例のチャイムが鳴る。
反射的に時計を見ると、夜神も自分の腕時計を見ていた。


“お昼の放送です。
 午前九時から現在までの間に死んだ人は……いません”


夜神が小さく息を吐く。
私も少し胸を撫で下ろした。


“十二時の立ち入り禁止区域は……”


夜神が地図を広げ、チェックを入れていく。
やはり思った通り、森や山、神社も潰された。
だがこの場所は、役場から遠くないのでまだ安全だ。


「月くん。具合はどうですか?」

「抗生物質のお陰でだいぶ楽だよ」


熱も下がっている。
夜神は布団の上に座り、壁に凭れると急に真顔になった。


「で。何か分かったのか」


私は昨日からの自分の行動と考察、模木の死体を発見した時の様子などを伝えた。


「鹿肉を持ってくれば良かったのに」

「生で食べるんですか?寄生虫が怖すぎます。
 火を熾せば自分の居場所を知らせるような物ですし」

「冗談だよ」


そうも見えなかったが。
強がってはいるが、やはり相当腹が減っているのだろう。


「でもそれが本当なら、ゲームマスターは相当気が狂っているし、他にもおかしい奴がいるって事だな」

「私は信用して下さい。
 確かに私ならこのゲームを運営できるでしょうが、そんな事をしてもメリットがない」

「それは誰でも同じだから信用する根拠にはならない。
 こんなゲームでメリットを得る奴なんかいない」


そう言われてみれば確かにそうだ。


「それより、さっき言っていたゲームマスターの心当たりって誰なんだ。
 動機も分かるのか?」


私は頭の中に浮かんだ顔をかき消し、切り返した。


「あなたはどう推理しますか?」

「うーん……」


夜神は眉根を寄せて少し考える振りをした後、顔を上げる。


「最初は……And Then There Were Noneが浮かんだ。
 丁度十人だしな」

「ああ、『そして誰もいなくなった』ですか。
 ミサさんはどうでしたか?」

「パロディの方な」


「十人のインディアン」という名でも知られるアガサ・クリスティーの名作は、島に閉じ込められた十人の男女が童謡に合わせて次々に殺されて行く話だ。
確かに我々の状況と似ていなくもない。
そして最終的には誰もいなくなる、という犯人不在に見える事件だが。

そのパロディと言えば、主人公を騙す為に全員が殺された振りをしていた、というパターンか。


「ミサが殺された時は動転してて。
 後で思うとトリックだったんじゃないかと思った」

「願望ですね」


自分を騙す為に、全員で大がかりな悪戯をして。
後になって「実は誰も死んでいませんでした」で大円団なら、どんなにか救われるだろう。

だが、私は当初から疑っていたから知っている。
弥は間違いなく死んでいた。
そうでなくとも、夜神局長が死んだのは夜神にとっても動かしがたい事実に違いない。


「相沢さんは、間違いなく死んでいた。
 父が何度も確認していた」

「模木さんも間違い有りません」


夜神は少し暗い顔をした後、気を取り直したように口を開く。


「動機としては……エンターテイメントなんじゃないかな」

「エンターテイメント」

「映画みたいだけど。オッズって言ってただろう?
 特権階級の人達が、退屈凌ぎに下々の者に殺し合いをさせてそれを見て楽しんでいる、とか」

「うーん、どうでしょうね」

「竜崎は、監視カメラに気付いた?」

「いえ。一つも見ていません。学校ですら」

「僕もだ。あるとしても数が少ないだろうね」

「それでは役に立ちませんね」


言いながら、私は夜神の首元をよく観察する。
それから地図を裏返して、ペンで文字を書きながら別の事を喋った。


“首輪にレンズはついていなさそうですね”

「エンターテイメントは無理なんじゃないですか?」


夜神も察して、ペンを取る。


“盗聴器はついている、か”

「やっぱり単純に一人以外全員殺したいのか」

“マイク部分を探して下さい”

「いや。そうなると、その一人も助けて貰えるとは限りませんよ?
 皆殺しにする手間を惜しんで、一人だけ殺せば良いようにこんな企画を始めた」


そう言って首輪を探ると、機械部分の下にいくつか穴が開いていた。
口の前で人差し指を立てて、その部分を指の腹で塞ぐ。


「うーん……どうなんだろう……」


会話が途切れてもおかしくないように唸って、夜神も自分のマイクを塞いだ。


「やっぱり監視されている、か。
 ゲーム終了まで誰も会話しない可能性も高いのにマイクまで付けてご苦労な事だな」

「他の人達が会話している可能性は高くないでしょうから、ゲームマスター達は我々の会話に釘付けでしょうね」

「で。おまえの言うゲームマスターの心当たりって誰なんだ?」


私は今度こそ、頭の中に浮かんだ顔を凝視した。


「実は、私には後継者がいます」

「え、息子か娘?」

「いえ。まあ、孤児院の後輩なんですけどね……」


キラに、どこまでLの情報を開示して良いか考えながら言葉を選ぶ。


「彼等は、死ぬほど『L』になりたがっている」

「おまえを殺してでも、という意味か?」

「かも知れません」


夜神は何とも言えない憐れむような目で私を見た。


「じゃあ、今回の真のターゲットはおまえという事か」

「可能性があるという段階ですが。
 ついでにキラも殺してやろうとしているのかも」


彼は大袈裟に顔を顰めて「やめてくれ」と手を振った。


「ただその場合は、私だけは助かる可能性があるんですよね」

「どういう事だ?」

「つまり、Lとしての力量を示せという事ではないでしょうか。
 私がキラを殺し、見事最後まで生き残って彼等の正体を暴いたら、」

「おまえをLと認め、もうしばらく影に甘んじる、か」


私に彼等は殺せない。
だが彼等は、敢えて「道徳」や「人情」とは一線を画す教育を受けてきた推理マシーンだ。
私が彼等より劣った面を少しでも見せれば、嬉々として切り捨てるだろう。


「私のキラへの対応が温すぎるとか、何か不満があるんでしょうね……」


また夜神の方を見ると、夜神は「本当に怒るぞ」と言って布団を拳で叩いた。
私はマイクから指を外し、また地図の裏に走り書きをする。


「取り敢えず、考えても仕方がないので生き残る事を考えましょう。
 もう一度川に行って水を汲んできます」

“彼等に揺さぶりを掛ける為、私と仲の良い振りをして下さい”

「分かった。頼んだよ、竜崎」

“振りだからな”


愛想の良い口ぶりと裏腹に、きつく私を睨むのが微笑ましかった。






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