バトル・ロワイヤル 5

バトル・ロワイヤル 5










石が自分の頭を砕く寸前に私も素早くナイフを両手で構え、刃の背でロープを受けて軌道を変える。


「!」


夜神が眉を顰めてロープを引いた瞬間。
刃を返すと、重みだけでロープが切れてあらぬ方向に石が飛んでいった。
その反動で、夜神も私もバランスを崩して地面に手を突いてしまう。

私が即立ち上がると、夜神も身体を回転させて起き、森の中に駆け込む。
だがやはり左足を引きずっているようだ。

簡単に追いつき、リュックを掴んで引き倒して馬乗りになる。
首にナイフを当てると、夜神からは何故か良い匂いがした。


「で。夜神局長はどうやって殺したのですか?」

「おまえは、ナイフか……ナイロンザイルと相性が悪かったな」

「良かったとも言えます。それだけの長さがあれば、切れば色々と使えますよ」

「僕を殺して、奪うのか」


夜神の手が、何か黒い物を持った手が私の首の近付いたのを見て咄嗟に飛び退く。
だが腕が一瞬触れて衝撃が走り、私はナイフを取り落としてしまった。

距離を取っても右手が痺れている。
手錠が帯電しているようだ。


「それが本当の、武器だったんですね?」


夜神の手には、スタンガンが握られていた。
ゆっくりとナイフに手を伸ばすので、蹴って遠くに飛ばす。


「それともどちらかはお父さんの物ですか」

「父が、どんな武器を持っていたか知らない。父も知らなかったと思う」


私が眉を顰めると、夜神はスタンガンをポケットに収めて両掌を上に向けた。
一旦休戦、という事か。
私も彼の目を見たまま横移動し、ナイフを拾ってジーンズに入れる。
ポケットに空いた穴から刃先が出たのを見て、夜神は微かに笑った。


「話をしましょう」

「そうだな」

「まず、大きな誤解を解かせて下さい。
 私はこの企画に全く噛んでいない。あなた同様寝耳に水です」

「……信じられない」

「でしょうね。ただ、ゲームマスターについて心当たりがないでもありません」

「……」


夜神は絶妙な距離を取って私を見つめながら、じっと考え込んでいる。
このまま、私を殺す事を優先するか。
私に協力して日常に戻れる可能性に賭けるか悩んでいるのだろう。

私を殺し、もし最後の一人まで生き残れたとしても、生きてこの島から出られるとは限らない。
ゲームマスターは信じられない。

しかしもし私がゲームマスターならば、私に従うのはそれこそ命取りだ。


「今度はそちらです。夜神局長の最期を教えて下さい」

「相沢さんの死体を見たか?」

「はい」

「父は、僕が傍に行っても長々と相沢さんを見つめていた」


光景が想像出来るようだ。

草に覆われた暗い校庭。
そこだけ煌々と照った一階の窓を背景に、コンクリート敷きの校門で膝を突いた男。
その前には不自然な姿勢で横たわった男。

月明かりと窓からの明かりが彼等に影を作る。
秋の虫が、姦しいほどに鳴いている。

夜神は油断なく校門に隠れ、辺りの様子を窺いながらそれを見つめていた事だろう。


「それから?」

「とにかく、この場を離れようと。
 そう言って父の手を引いて道を下り、人家の影に入った」


それから僕は武器を確認したり地図を見たりしていたけれど、父は何もしなかった。
漸く口を開いたと思うと、「この島で一番人が行かなさそうな所はどこだ」と。


「どこと答えたのですか?」

「北の、断崖」

「ですね」

「人家はないし、脱出も考えられない場所だし」


夜神が何を語ろうとしているのか分かってしまった。
暗澹たる気持ちになる。
……何故私は、あの時彼と言葉を交わしてしまったのだろう。


「動機は?」

「ミサと相沢さん、二人も救えなかった自分は警官の資格がないと」

「警官でなくとも」

「生きて行けると僕も言ったんだけど。
 これ以上部下が死ぬのを見るのは耐えられない、と。
 出来ればおまえに生き残って欲しいが、その為に他の人間が死ぬのも耐えられない。
 そう言って、止める間もなく」


人間は、急激に大きなストレスに曝されると通常の判断力を失う。
相沢がしようとしたように、皆で集まって対策を練るという選択肢もあったのに。
キラ事件で唯でさえ限界に近かった夜神総一郎の精神には、本当に耐えられなかったのだろう。


「崖から?」

「ああ。リュックごと」

「あなたはどう思いましたか?」


夜神は真っ直ぐに私を睨んだ。


「……ゲームマスターを、絶対に許さないと。
 何が何でも生き残ってやると思った」


私は野生動物に近付くように、少しづつ、距離を縮める。


「私も、同じです。
 ただここで殺し合いをしていたら、それこそゲームマスターの思うつぼです」

「……」

「月くん。あなた、もう限界でしょう?」


さっき一晩中ロープの練習をしていたと言っていた。
スタンガンでは武器として弱い。
それをカヴァーする為に「おまけ」を最大限に活用すべく考えた結果だろうが、睡眠を取れていないのは厳しいだろう。


「足も怪我をしているんじゃないですか?
 石を振り回す練習に失敗して当たりました?」

「……父が飛び降りた時」

「ああ、何とか引っ張り上げようとして失敗したんですね」


顔色一つ変えずに殺人を続けたキラの精神は神がかっている。
しかし、急激な環境の変化、仲間、そして目の前での父の死。
流石に堪えていない筈がない。


「このままではあなたに勝ち目はありません。
 ここは一旦私と手を組みませんか?」

「……」

「私が手に入れた武器はナイフですが、おまけもついてました。
 私、包帯も抗生物質も持ってます」


最後に一気に距離を詰め、いきなり手を握るとやはり熱かった。


「このままでは、私が何もしなくてもあなたは衰弱して死にます」

「そのつもりは、ないよ」

「でも食料も手に入れられないでしょう。
 水は?ありますか?」

「道の下の家から水筒を借りて、川で汲んできた。
 まだ少し残っている筈だ」

「私たっぷり持ってます。飲んで下さい」


夜神を座らせ、額に手を当てる。
高熱ではないが、身体は辛いだろう。

夜神は自分の湿ったリュックを下ろし、中から古びた水筒を取り出した。
一口残っていたのを、ぐびり、と呷る。

私も腰を下ろして瓶を取り出し、差し出すと少し躊躇った後、受け取った。


「どこで汲んだんだ?甘くて美味しい」

「ああ、それ、梅酒が入っていた瓶ですから」

「なるほど。川岸に、季節外れの梅の実っぽいものが流れ着いてたけど、あれはおまえか」

「多分そうですね」


夜神が少し笑う。
かなり油断してきているようだ。
それでも抗生物質を渡すと、パッケージの文字を念入りに確認していた。


「手当てをしますのでズボンを脱いで下さい」

「ああ…」


素直にジーンズから足を抜く。
黒い生地なので目立たなかったが、思ったより出血していた。
白い太腿が眩しい。

水で傷口を洗い消毒すると、夜神は顔を顰め、声を殺して呻く。
包帯を巻き終わった時は、さすがに息を吐いて「ありがとう」と小声で呟いた。


「どこに行きます?民家の中は快適ですが、中に居る事が悟られたら命取りです。
 手榴弾を持っている者もいます。
 我々以外の全員が共闘している可能性も考えましょう」

「ああ。役場の裏の森の中に、地図に載っていないボロボロの作業小屋がある。
 今朝偶然見つけた」

「では、当分そこを拠点にしましょうか」


夜神に肩を貸して道なき道を進み、生い茂った羊歯を掻き分けると、確かにそこには小さな小屋があった。


「よく見つけましたね」


トタン張りで屋根も一部落ちているが、床はあるし取り敢えず雨露と風は防げる。
私はリュックを下ろし、毛布を敷いて夜神を寝かせ、コートを掛けてやった。


「少し休んで下さい。私は辺りを偵察して、可能なら食料を探してきます」

「……」

「あ、氷砂糖、良かったら舐めて下さい。無駄使いはしないで下さいね?」


ナイフだけポケットに刺し、何も持たずに出ようとすると、夜神が声を掛けて来た。


「どうして、こんなに良くしてくれるんだ」

「あなたを信用させる為です」


彼は熱で上気した顔で、クスリと笑う。


「僕がおまえの荷物を全部盗んで逃げたらどうするんだ」

「そんなに持てないでしょう」


呆れて言うと、夜神はくっくっ、と笑ってコートを深く被り、手をひらひらとさせた。






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