バトル・ロワイヤル 4
バトル・ロワイヤル 4
次は、手榴弾の爆発した場所を探すことにした。
こちらは音も大きかったし、場所も分かりやすいので誰かが既に来ているかも知れないが。
残ったメンバーで、味方に出来そうな人間を思い浮かべる。
夜神総一郎は、悪くないがやはり夜神とセットだろうから駄目だ。
松田……頼りにならないが、いないよりマシか。
ウエディは、金が価値を持たない世界では信用しづらい。
生き残れるのは一人、というのが肝で、それならば出来るだけ早く全員殺そうとするだろう。彼女なら。
アイバーは基本的に暴力とは縁の無い男だ。
何とかこの状況を打開する策を模索しているかも知れない。
……そうでなければ、我々がお互いを殺し合って自滅するのを待つだろうが。
やはり、一番会いたいのはワタリだ。
狙撃系の武器を持っていれば尚良い。
彼も私に会いたいと思ってくれているとすれば、どうするだろう?
恐らく、むやみに動かず私が彼を探し出すのを待つ。
最低限の食料と水、それに暖を取るための服か毛布を確保して……私以外の人間には見つからない場所。
考えながら歩いていると、微かな火薬の臭いが鼻を突いた。
近い。
一旦静止し、辺りの様子を窺う。
頭上では小鳥が高い声で啼いていた。
臭いの濃い方に近付く。
だんだんはっきりして来る火薬……と、それ以上に匂い立つ血の、鉄分を感じさせる生臭さ。
ある程度覚悟して近付いたが……手榴弾の爆発現場で死んでいたのは、牡の鹿だった。
夜中に森の中で、大きな動物が近付いて来て動転したのだろう。
ボウガンを持っていたらそちらを使いそうなので、恐らく相沢を殺したのとは別人。
ゲームに参加しているかどうかは、未知数。
残されている物は、ない。
足下も草が生えていて足跡も見えない。
ここに居てもこれ以上得る物は無いだろう。
移動しようと思ったその時、大気に「ブツ」と何かを引き千切るような音が響いた。
それから、柔らかいチャイムのような音でゆっくりと、「ド」「ミ」「ソ」それからオクターブ上の「ド」。
“test test ただいまマイクのテスト中”
“大丈夫みたいですね。
ゲーム参加者の皆さんおはようございます。今から午前九時の放送を行います”
遠くにあるスピーカと重複して少々聞きづらいが、耳を澄ませていれば大丈夫だ。
私は耳に手を当て、声がした方に集中した。
“まず昨夜から今朝までの死者をお知らせします。
ミスアマネ。ミスターアイザワ。ミスターモギ。ミスターヤガミ。お父さんの方です”
総一郎が……死んだ?
私は、昨夜手で顔を覆っていた総一郎を思い出す。
総一郎に確実に会えたのは、夜神だけ。
彼が死んだという事は、高確率で夜神が「ゲームに参加する側」に回ったという事だ。
やはりそうか……。
この二ヶ月半、そんなそぶりは露ほども見せなかったが、彼の正体は。
“日本警察が弱いですね。頑張って下さい。
それでは立ち入り禁止区域を発表します。
A−3。C−6……”
五つの区域が発表された。
浜が一つ、北側の断崖、森が一部潰れる。
学校を含め、人家がある部分は手つかずだ。
なるほど。恐らく、端から追い立てて行くのだろう。
“以上の区域は、今から十五分後に立ち入り禁止区域となります。
十五分経った後も残っていたら自動的に首が爆発しますので気を付けて下さいね”
またチャイムが、先程とは逆に下がる音階で鳴った。
放送終了の合図らしい。
私がゲームマスターなら、安全区域を危険区域で囲んで追い込むような事はしない。
かと言って、海から順番に封鎖したりもしない。
海から脱出しようとする面白い輩が見られないとも限らないからだ。
しかし、最終的に残る可能性が高い区画は……やはり中心。
廃校のある場所だろう。
彼等が廃校を拠点にしているかどうかは分からないが、隣に役場もある。
我々を監視出来るだけのコンピュータを設置し、迷彩の男達を住まわせるのなら、学校か役場並の電力供給が出来る場所しかない。
そこを残すという事は、自分達の元に呼び寄せて最終決戦させる、か。
そしてワタリが私を待つなら、やはりその辺りに違いない。
心理的には誰もが迷彩の男達から離れたいだろうが、ワタリなら冷静な判断が出来る。
動かずに出来るだけ長く滞在可能な場所を選ぶだろう。
さて。この場所も後十三分で居られなくなる。
私は廃校を目指した。
信じられない偶然、というのはある物だ。
私は、細心の注意を払って気配を殺していた。
十分に辺りを窺って、一歩踏み出した。
その踏み出した先に、夜神が居た。
夜神も可能な限り気配を殺し、注意深く出て来たはずだ。
それがこれ程までに同時とは。
目が合った瞬間、お互いに固まる。
無言で見つめ合い、相手の腹を探る。
お互いにリュックを背負っている。
動きにくいのは同じだ。
だが私の方は液体の詰まった瓶を二つも持っている。
どちらかと言えば不利かも知れない。
夜神は、武器らしい物は持っていない……ように見えたが、ロープの束を肩に掛けていた。
ナイロンザイルだろうか。
その先には、拳二つ分ほどの石が括り付けてある。
私はまだナイフを抜かなかった。
ナイフに手をやったらお終いだ。
話す間もなく殺し合いになるだろう。
出来れば何とか口で懐柔出来れば良いが……。
その思いにも関わらず、夜神の石が揺れ始める。
一瞬意外そうな顔を見せた所を見ると、彼自身も無意識だったのか。
しかし動き出した物は止まらない。
石の揺れはどんどん大きくなり、やがて夜神は私の目を見つめたまま振り回し始めた。
「それ。どうするつもりですか?」
「しゃべるな」
「一般人は、冷静な状態では会話した人間を殺せないと言います」
「僕は冷静だよ。それに、おまえは父の敵(かたき)だ」
「は?」
私が顔を顰めたのが気にくわなかったのか、何かのタイミングが合ったのか。
ぶん、とロープが音を立てて石が正確に私の首を狙ってきた。
本気か……。
頭を下げて避けたが、すぐに第二打が飛んでくる。
ロープにつけた石は、当たれば破壊力抜群だが軌道もタイミングも読めるので恐れるに足らない。
と思った瞬間大きく一歩踏み込んで来て、振り回していたロープに反対の手首を絡ませて軌道を乱して来た。
危うく当たりそうになって慌てて横に飛ぶ。
「……上手いですね」
「一晩中練習していたからね」
「あなたの武器はそれですか」
「そうだ」
また振り回しながら近付いて来る。
だが、右は大きく一歩、しかし左足はあまり動かさない事に気付いた。
「お父さんはどうしたんですか?」
じわじわと、後ずさりしながら聞く。
森の中に入ってしまえば、こんな物を振り回す夜神よりは接近戦に強い私の方が有利だ。
「あなたは、夜神局長に出会っている筈。
夜神局長は何故死んだのですか?
私が敵(かたき)というのは、どういう意味ですか?」
「しゃべるなと!」
ぶん、と音を立ててロープがしなり、石が飛んでくる。
「言っただろう」
危ういタイミングで避けると、夜神は犬歯を剥き出した。
「分からない事だらけでは死ぬに死ねませんから」
「何を言っているんだ。
全て知っているのは、おまえだけなんだろう」
「このゲーム、私が仕組んだと?」
「それ以外有り得ない」
「まあ、そう疑われても仕方がないとは思っていましたが……」
そう。
私が私以外のメンバーだったとしても、間違いなくそれを疑う。
これだけの規模の自分勝手なゲームを実行出来る力を持った人間は私だけだからだ。
なのでワタリ以外のメンバーには出来るだけ会いたくないと思っていた。
しかも、その中でも選りに選って夜神に最初に出会ってしまうとは。
ぶん、ロープが唸り、夜神の首の後ろを通った石は、軌道を変えて急速に私に近付いて来た。
バトル・ロワイヤル 5
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