バトル・ロワイヤル 3
バトル・ロワイヤル 3
さて。どこに向かうべきか。
思考を働かせる為にも身体を休める為にも、まず暖が取りたい。
シャツ一枚では、十月の夜は寒すぎる。
その為には人家に向かうべきだが……他の誰かと鉢合わせする可能性が低くない。
まずは作戦を立てるため森の奥に向かい、岩陰に入って月明かりでリュックの中身を確認した。
「ゲームマスター」が言っていた、地図やコンパス、時計、筆記用具。
武器は大ぶりなサバイバルナイフ。それから救急セット。
これは「おまけ」という奴なのだろうか。
だとしたらかなり分の悪い武器と判断されたのだろうが、私にとってはそうでもない。
救急セットの中には包帯、はさみ、消毒液、ワセリン、鎮痛剤、解熱剤、と言った基本セットが入っていた。
これも悪くない。どころか有り難い。
今は無駄に思えても、いつ使う時が来ないとも限らない。
あるいは、自分が使わなくとも誰かとの交渉に使えるかも知れない。
それから、改めて地図を見た。
碁盤のようにマス目で三十区画程に仕切られた土地。
島の北側は山になっており、その麓、ほぼ中央近くに先程の廃校がある。
廃校の北側には神社と家が数軒、廃校から南東には道が延びており、港まで続いている。
その道沿いにやや大きな集落が形成されていた。
周囲に田畑と森。
その他にもぽつぽつと倉庫跡や木材加工場跡が記載されているが、十年以上人が入っていないのであれば建物の体を為していない可能性もあるな。
島の周径は、徒歩でも一時間半程度だろう。
小さな島だ。
時計を見ると、二十三時前だった。
ゲームマスターの言う事を信じるならば、あと十時間は立ち入り禁止区域は増えない、という事だ。
奴は、金も時間も掛かる大がかりな準備をして、念入りにルールも練っている。
不測の事態が起こりでもしない限り、自らルールを破る事はしないだろう。
ならば視界が悪い夜に動き回るより、身体を休めた方が良い。
たっぷり眠った後なので眠くもないが、万が一にも昼間に集中力が途切れると命取りになる。
出来るだけ早く、毛布か何かを手に入れなければ。
私は人の居る可能性が高く死角の多い集落ではなく、神社と数軒の家がある山の方に向かった。
灯り一つなく、黒く静まりかえった家々は不気味だった。
車一台がやっと通れそうな狭い表通りの坂道を登らず、敢えて家の裏手を伝って神社に向かう。
通りの突き当たりにある石段も使わず、森の中を抜けて山を登った。
小さな山の中腹に、開けた場所がある。
石の鳥居や燈籠は立っていたが、その内側にある木の鳥居は崩れていた。
境内は思ったより広かったが、社殿は小さい。
日本の寺のように宿泊施設があれば、布団か毛布が残っているかも知れないと思ったが、可能性は低いかも知れない。
仕方なく、神殿脇の神社のスタッフの住居であったであろう場所に向かった。
ぐるりと周囲を巡ったが、雨戸と言うのだろうか、木の板で出来た戸で窓も玄関も塞がれていて入り口がない。
仕方なく雨戸の一つを外し、周囲を気にしながらガラスを割って鍵を開けると、家の中は真の闇だった。
とは言え、中に入り込んで見ると寒さが軽減し、不快ではなかった。
黴臭いので長居はしたくないが……。
目が慣れるのを待って時計の明かりで室内を照らす。
ゴミが散乱した様子を想像したが、驚く程きちんと整理され、家具なども余程不要らしい物以外残されていなかった。
それでも押し入れの中には寝具が少し残されており、古そうだが未開封の寝間着、綿の入ったコート等も残されている。
いつかまた、この家に戻ってきて宿泊する機会があるかも知れないと思っていたのだろうか……。
台所も探ったが、何かの実と液体の入った大きなガラス瓶がいくつかと、袋入りの氷砂糖が残されていた。
果実酒でも作っていたのだろうか。
私は運が良い。
ガラス瓶の内、比較的小さな物二つと砂糖だけリュックに詰める。
後はコートを羽織り、薄手の毛布だけ頂いて家から出る。
雨戸を元に戻し、出来るだけ人里から離れるべく歩き始めた。
山中を少し歩き、適当な大木に凭れて目を瞑ったまさにその瞬間、どこか遠くで爆発音がした。
恐らく、廃校とは反対方向。
あの音は……プラスティック爆弾などではないだろう。
手榴弾……?
最初から、私が選んだ物以上に荷物が小さいリュックはなかった。
手榴弾だとしたら、沢山入っていたので使えるかどうか試してみた、のか。
気にせずに眠ろうと思ったが、眠れなかったので他の者が持っている可能性のある武器について考える。
一人は、今の恐らく手榴弾であろう爆弾。
重そうなリュックを持っていたのは誰だろう?模木、か?
しかしいきなり使いはしないだろう。
そんな迂闊な事をしそうなのは……松田、か。
一人は、相沢を殺した弓矢……。
しかしリュックからはみ出した武器はなかったので、小型のボウガンだな。
松田を除外すると、可能性があるのはウエディ、アイバー、模木、ワタリ……。
ワタリはこういったゲームには参加しない。
アイバーと模木はこういった場合、取り敢えず様子見をしそうだ。
先手必勝型と言えばウエディか?
だとするならば彼女かアイバーのどちらかが、相沢が持っていた武器も盗っただろう。
後考えられるのは、拳銃、私とは違うタイプのナイフ……。
自動小銃やマシンガンは大きさ的に無さそうなのは有り難いが。
だがそれより怖いのは、「おまけ」の方だ。
例え武器がどうしようもない代物であったとしても、おまけによっては、かなり有利に運べる。
そこまで考えた時、銃声が響いたのだ。
方角的には先程の爆発音と同じだが……距離が読めないので両者がどの程度近いのか分からない。
しかし少なくとも、私と同じく森の中の方が安全と考える者、そして武器を使う事を躊躇わない者が居るという事だ。
私は木の上で眠る選択をせざるを得なかった。
暗闇の中、一人でもう一度呟く。
……全く。
一体、どうなっているんだ。
この世界は。
浅い眠りを繰り返しながら、朝を迎えた。
取り敢えず水を確保したい。
水道は通っていないだろうし、井戸の水は怖い。
川を探すしかない。
ジーンズのポケットを破ってすぐに抜けるようにサバイバルナイフを刺す。
コートはリュックに詰め込み、丸めた毛布は蔓でまとめてリュックに括り付ける。
泥でTシャツを汚し、顔にも塗る。
これで、静止すれば敵から見つかりにくいだろう。
地図上では、今いる場所を少し西に向かうか、学校を越えて集落に近付けば川に着く事になっている。
無人島なのでどこも同じだろうが、少しでも源流に近付く為やや山を登りながら西に向かった。
暫く歩いて、渓流と言えるような美しい小川に到着する。
たっぷり飲んでからリュックから昨日の瓶の内一つを出し、蓋を開けた。
やはり酒だ、腐っていない。
実を一つ囓ってみると、美味い梅の味がした。
悪戯心でそれを全て川に流し、瓶に水を汲む。
下流で梅酒の梅を発見した人間はどう思うだろう。
上流に人間が居る事は分かるだろうが……。
それから、すぐに川を離れて元の木に戻った。
まずは、昨日の音の場所を探してみるか。
少々危険だが、誰が、どんな武器を持っているか手掛かりが掴めるかも知れない。
銃声の場所には、すぐに辿り着けた。
小さな弾痕を探すのは相当難儀だと思ったが……森の中に人間の足が投げ出されているのが見えて。
誰か寝ているのかと思えば、それは、頭を撃ち抜かれた模木だった。
やはり、拳銃を持っている者がいる……。
触れてみると完全に死後硬直が進んでいた。
死後八〜九時間は経っているようだ。
間違いなく昨夜の音がした時だろう。
奴の銃にサイレンサーが着いていないのは確かだ。
殺人者は、あの暗闇の中一発で決めたのか。
いや……この傷は……至近距離から撃った、のか。
模木の服装からは、ジャケットとネクタイが消えている。
暖を取るために奪った、か。
リュックはあったが、武器は当然無くなっていた。
辺りを調べて見る。
程近くに、人糞があった。
まだ虫が殆ど集っていない……。
殺人者は、昨夜模木を銃で殺し、ジャケットとネクタイと武器を奪った。
そしてその死体の側で一晩過ごし、朝になって悠々と脱糞し、去った。
なかなか…異常な犯人像だ。
「ゲームマスター」の手の者ではないとすれば。
知らず、脳裏に夜神の顔が浮かぶ。
昨夜相沢を殺したのと同じ人物だろうか?
相沢が持っていたのが拳銃だとすれば、可能性はあるが……。
あるいは、拳銃が当たったのは模木、か。
敵意がない振りをして近付き、言葉巧みに武器を奪い、受け取った途端に模木を。
アイバーやウエディには簡単に武器を渡さないであろう事から、やはり。
夜神を連想してしまう。
先手必勝、という言葉が思い浮かんだ。
夜神がゲームに参加しているのならば、今死にものぐるいで私を探しているだろう。
絶対に、先に見つかる訳には行かない。
私は氷砂糖を口に放り込んだ。
バトル・ロワイヤル 4
|