バトル・ロワイヤル 2
バトル・ロワイヤル 2
「良いですか」
私が手を挙げると、声は一拍置いて“どうぞ”と言った。
どうやら私は警戒されているらしい。
「皆で殺し合いをするという事ですが、夜神月くんと私は極端に不利ですよね?」
手錠の付いた右手を挙げながら言うと、夜神も左手を挙げる。
二人の間にチタンの鎖が下向きの放物線を描いた。
“……また無駄な質問をされたらどうしようかと思いましたが、さすがですね。
状況を把握するのが早い”
褒められても全く嬉しくないが。
しかし途端に、また銃声が響いて右手に衝撃が走る。
「痛っ!」
「……でもない、ですね」
見ると、鎖が垂れていた。
迷彩の内の一人が、手錠の鎖を撃って見事に切断したようだ。
“これで良いですね?説明を続けます。
皆さんの目的は、このメンバーの中で最後の一人になるまで生き残る事”
……先程弥が殺された時もそうだったが。
画面の人間が指図していないのに、迷彩は動いた。
そしてその寸分の狂いもない狙撃。
まるで機械のようだ。
予め、我々がこういう動きをすればこう行動すると、細かい所までシミュレーションして頭に叩き込んであるか。
あるいは、画面の主以外の誰かが、イヤフォンで迷彩達に指示を出している……。
……でなければ。
これは中々の情報かも知れない。
“皆さんは島のどこに行っても結構です。
しかし、朝九時から夕方六時まで、三時間毎に立ち入り禁止区域を増やしていきます”
松田などは呆けているが大丈夫だろうか。
重要な説明が始まっているというのに。
“後でお渡しする地図で区画分けしてあります。
どこを禁止区域にするかは島内の放送でお知らせしますのでよく聞いておいて下さい”
“もし間違えて禁止区域に入ってしまった場合は……”
ごくり。
何人かの喉が鳴る。
“皆さんの首についた爆弾が爆発しますので気を付けて下さい”
モニタの地図が消え、下手くそな3DCGで出来た首輪が映ってゆっくり回転し始めた。
皆慌てたように首元を触る。
私も改めて触れてみた。
画面と同じ、ベルトのやたら長い腕時計のような物体が首につけられている。
ただし取り外しを出来る部分はない。
画面の中のCGの首輪の、機械部分についた小さいランプが赤く点滅をし始め「ピーピー」と煩い電子音が鳴り始めた。
と、2秒ほどで盛大に爆発する。
“無理矢理外そうとしても爆発します”
軽く引っぱったりしていた相沢が、慌てて手を離した。
“GPSや生体反応のモニタも兼ねていますので、是非そのまま着けて置いて下さい”
ならば是非外したい所だ。
“皆さんが生き残る道は、最後の一人になる以外はありません。
生き残れば、これから先の人生は自由と栄光に包まれた物になる事を保証します。
最低、一億。状況によっては十億でも手に入るでしょう”
“ああ、単位は『USドル』です”
十億ドル、か。
その位なら何とかすぐに用意出来る。
……私の資産と関係のある額なのか?
“では、これから三十秒に一人、名前を呼びます。
部屋の入り口に置いてあるリュックの中から好きな物を選んで出発して下さい”
“リュックの中には先程言った地図、時計、コンパス、筆記用具、
それと任意の武器が入っています。同じ種類の物はありません”
皆が『武器』の所で息を呑む。
だが質問を挟む勇気のある者はいないようだ。
“どんな武器が当たるかは、完全に運です。
向き不向きもあるでしょう。
しかし、あまりにも不利な武器の場合はオマケがついている可能性もありますので、リュックの中をよく探して下さい”
モニタ画面から首輪の残骸の映像が消え、最初の真っ白な画面に戻る。
“この建物から出れば発言は自由です。
勿論、殺人も”
“では、名前を呼んで行きます。最初は……ウエディ”
隅に集められた机に、足を組んで腰掛けていたウエディが顔色も変えずに立ち上がる。
ランウェイを歩くモデルのように優雅に出入り口に近付くと、少し立ち止まって慎重にリュックを選ぶ。
選んだ一個を無造作に肩に掛けて、特に急ぐ様子もなくゆっくりと去って行った。
三十秒ほど経った後、次に相沢の名前が呼ばれる。
彼は憤慨したように大きな足音を立てて出入り口に向かうと、一番手前にあったリュックを抱えて走って出て行った。
三十秒待たずに、外から叫ぶ声が聞こえる。
『みんなーー!相談しよう!
学校の校門の所で待ってる!外に出たら一旦そこに集まってくれ!』
なるほど。彼らしい。
夜神局長が、模木や夜神や私を見て、力強く頷いた。
相沢の言う通りにしようという意味だろう。
それから、アイバー、松田、模木、ワタリ、私の順で呼ばれた。
私は夜神局長と夜神を残し、一番荷物が少なそうなリュックを選んで部屋を出る。
廊下はこれも木造で、一直線だった。
他の教室の扉は閉まっている。
開ければ音がしそうだが、そんな音はしなかったので校内に誰かが潜んでいる事はないだろう。
玄関から出る手前で一旦外の様子を窺う。
部屋の中から見ていた時はやたら暗く思ったが、出て見ると月明かりで校庭は見渡せた。
手入れもされず、丈成した雑草に覆われたそこは校庭というよりは草原や空き地と言った風情だ。
身を屈めたまま全力疾走で一番近い草むら後ろに転がり込む。
辺りは静まりかえったままだ。
先程まで居た教室の窓だけが、煌々と光っている。
私は煩い手錠の下に袖を通し、鎖を巻いてたくし上げた袖で覆った。
相沢は、他のメンバーは校門の所に集まっているだろうか?
ここからはよく見えないが……その可能性は低い。
もし無事集合していたら、玄関から出た私をあの大声ですかさず呼び寄せるだろう。
改めて辺りを見回した。
周囲は山で囲まれている。
校門から出なくとも、斜面を登れば学校の敷地から出ることが出来そうだ。
取り敢えず単独で敷地から出るか。
それとも校門まで行って見るか。
あるいはこのまま玄関で待って、総一郎や夜神と手を組むか。
このゲームは、まず信用出来る味方が多い方が有利なのは間違いないが。
……総一郎はともかく、夜神は危険だ。
何しろ、合法的……ではないが、動機を問われずに私を殺す機会。
無駄にはしないだろう。
総一郎も……信用はある程度出来るが、私と手を組むなら息子も一緒にと絶対に言う。
とにかく、まず状況と他の面々の心理状態を把握しなければ。
話は進まない。
私は闇に紛れて植木や遊具の影を移動しながら、校門に近付いた。
そうこうしている内に、校舎の玄関から総一郎が出て来る。
案の定隠れる様子もなく真っ直ぐに校庭を横切って校門に向かった。
思わず口の中で小さく舌打ちをする。
……私がもし、このゲームに積極的な先行者なら。
そして、音のしない武器を持っているのなら。
付近に隠れて玄関から出て来る者達を一人づつ殺して行く。
勿論、そんな風に頭を切り換える可能性が高そうなのは、今の所メンバーと面識の浅い人間だが……。
夜神もそうであってもおかしくない。
彼が最後で良かった。
とにかく、誰か「ゲームに参加している者」がいるとするならば、今の総一郎はまるで「的」だ。
……いや。
考え方によれば、彼のお陰で「ゲームに参加している者」が居るかどうか分かるという事か。
私は固唾を呑んで総一郎の一挙手一投足を観察する。
彼は、誰からも攻撃される事なく校門に到着した。
が、途端に呻いてコンクリートに膝を突く。
音がしなかったが……狙撃されたか?
私は足音を立てないよう植え込み沿いに近付く。
だが、総一郎は怪我をした様子はなかった。
ただ、彼の膝の前には。
首を矢で貫かれて倒れた相沢の血が、じわじわと広がっていた。
あの時、総一郎にも声を掛けず、黙って誰にも気付かれないようにあの場を離れるべきだった。
分かっていたのに……何故私はあんな事をしたのだろう。
「夜神局長」
「竜崎……竜崎か?!どこにいるんだ?」
「静かにして下さい。『殺人者』がすぐ側にいる事を認識して下さい」
「……」
総一郎はすぐに現実を受け入れた訳ではない。
ただただ、戸惑っていた。
「しかし、殺人者が身内かどうかは分かりません。
奴らの手の者が、ゲームを進行しやすくする為に殺したのかも知れません。
が、いずれにせよ殺人者には違いありません。早く逃げた方が良い」
「相沢は……仲間だ。彼をこのままにしておくわけには」
「夜神さん。最後の警告です。ここは、我々の知る、日常とは別世界です。
今の所は法律も常識も感情論も役に経ちません」
総一郎は、両の手で顔を覆う。
「ただ、私は絶対にこのゲームに乗りません。
どこかで出会っても、あなたを殺す事はありません。
協力が必要になれば言いますので、是非力を貸して下さい」
「どこかで、とは……どこかへ、行くのか?」
「今は別行動の方が良いでしょう。
私以外は誰も信用しないで下さい」
そろそろ夜神が出て来る頃だ。
私は総一郎の返事を聞かず、植え込みを戻って山に入った。
バトル・ロワイヤル 3
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