武士道ロマンス 6
武士道ロマンス 6








「……がみくん。やがみくん」


Lの声が聞こえているような気はしていたが、目を開けてしまえば
死後の世界を見てしまうような気がして。

息を殺していると、覚えのあるべちゃりとした物に唇を塞がれた。
思わず目を開けると、目の前に、黒くばさばさとした髪。
すうすうと、冷たい鼻息。

どうやら僕はまだ生きていて、そしてLにキスされているらしい。


「ああ、起きましたね。死んでませんね」

「……まだね。……っつ!」


声を出す為に無意識に脇腹に力が入ったらしい、
激痛に襲われた。


「……(彼は?)」


声を出さずに口だけで言ったが、Lには通じたようだ。
目の前の唇がニタリと凶悪に吊り上がる。
僕は幾度かの殴り合いで見せた、Lのキック力を思い出した。


「顔色が変ですね夜神くん。灰色っぽくなっています」

「……」


それは、土気色と言うんだ竜崎。
死人の顔色だよ。


「それに凄い汗です。暑いですか?」


と言ってもおまえには分からないか。
人に会わず、PC画面上のデータでしか人を知らないおまえには。
刻々と移ろう、人の顔色や、気持ちなんか。


「ところであなたは何故、私を庇ったんですか?」

「……」

「あの男があの段階でいきなり発砲するとは予想出来ませんでした。
 本来なら私は死んでいたでしょう」

「……」

「どうして助けてくれたんですか?
 あそこで私が死んだら、キラにとっては願ったり叶ったりでは?」


ああ、そうだな。
出来れば衆人環視の中、心臓発作で死んで欲しかったけれど。
死んでくれれば都合が良かったのには間違いない。
Lが死んでも、死んだと公表せず僕がLを継げば問題ない。

そうだ。
僕はそうするつもりだった。

分かってたよ、うん。

でも、何だか。


「わかりません。あなたの企みが」


ああ。分からないだろうな、おまえには。
でも男には。

自分の身が破滅すると分かっていても、動かずにいられない、

そんな時が、あるんだ。


「……(竜崎)」

「何ですか?」

「(僕も、初めてだったんだ)」

「……」

「(セックス。おまえも、男も女も含めて、初めてだって知って
 嬉しかった)」

「……」

「(好きだった。L)」


Lは答えず、いつも通りの、いやいつも以上の無表情だった。
暗い淵のような目で。
僕の心を覗き込もうとするように、見つめていた。

やがて。


「……すみません、ちょっとセンテンスが長すぎて何を言っているのか。
 英語でもう一度お願い出来ますか?英語の読唇なら、」


僕は内心笑いたくなったが、耐える。
笑えば死ぬ前の最後の感覚は激痛で終わるだろう。


「(いや、いい)」

「ちょっと待って下さい、夜神くん、どうして私を助けたんですか?」

「……」


僕は静かに目を閉じた。


「やがみくん。やがみくん……?」


キラはLを、殺せなかった。

殺さなかった。

この僕が、負けるなんてな……。


それでも何故か、満たされた気持ちだった。







「おおっ!意識が戻ったか、月」

「……お父さん……ええと……おはよう……」

「ああ、ああ、そうだな。おはよう。
 ちょっと待て、まずナースコール、」


次に目が覚めた時には目の前に見慣れぬ天井があり、
左手の腕に点滴の針が刺さっていた。


「……ここは」

「病院だ。覚えているか?おまえは機動隊の一人に撃たれたんだ」

「ああ……」

「心配ない。弾丸の侵入角度が良くて、肋骨が一本砕けたが、
 内臓には達していないそうだ」

「……」


……夢想ではないようだ。
僕は、死ななかった……のか。


「Lは?」

「無事だ。身を挺して守ったそうだな、お手柄だぞ」

「……」

「いや、結果的に助かったとは言え、一人の親としては
 おまえの命を危険に晒して欲しくはなかった。
 だが……一人の警官として、おまえの行動を誇りに思う」

「……ありがとう」


僕は警察官僚志望だが。
もし警官になったら、好きでもない重要人物の為に
命を賭けなければならないのだろうか。
それはごめんだな。


「男は逮捕した。身内からあんな犯罪者が出たのは残念だが……
 上の意向で恐らく隠蔽されるだろう」

「……図書館の方は?」

「ああ。Lを拉致しそこなったと知ったら投降した」

「杜撰だな……」

「ああ。どうやらほぼLとキラが同一人物だと思い込んでいたらしい。
 両方殺せば箔がつくと思ったんだろうな」


その気になれば両方殺す事も出来たんだけどね、実は。
運のない男だ。

そこで、ナースコールで呼ばれた看護師が血圧計等を持って入って来た。
もうLだのキラだのと言う会話は出来ない。


「まあその……良い機会だから、ゆっくり休みなさい」

「……それは、上司としての命令?」

「父親として、だ。
 この数ヶ月、疑われて休まる暇がなかっただろう?
 私も、同じように苦しかった」

「……」

「いや、無論信じていたが」

「……うん。ありがとう」


今気づいたが。
微笑む父の頭には、確かに劇的に白髪が増えていた。






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