武士道ロマンス 3
武士道ロマンス 3








不味いな……。

デスノートを使って世界を良くする、と決心した時から、
僕は私心という物は捨て去ったつもりだった。
情に流されては失敗する。
それが歴史だからだ。

だが。
何だろう、この気持ちは。

僕は、Lを殺してしまうのを、惜しいと思っている。
あんなに憎んだ男なのに。

……憎んだ?

いや、僕はLを憎んだ事があっただろうか?

出し抜かれて悔しさに頭を掻きむしった事もあった。
このままでは僕が破滅させられる、それだけの器を持った男だから
殺すと決めた。

だが、彼を憎んだ事も嫌った事も、考えてみれば、ない。

憎んでいると、思い込まなければ彼を殺す事に耐えられないのか。
そんなに脆弱なのか?僕の精神は。

いや、そんな筈はない。

彼が僕の良きライバルである事も、
消滅させるには惜しい頭脳の持ち主である事も確かだが、
殺さなければ殺される、それだけだ。

不器用なキスや、優しい愛撫にほだされた訳では、決してない。

彼が、僕を破滅させる為のマシンではなく、所詮一人の男だと、
肉体を持ち、不器用なセックスをするただの人間だと、
思い知ったからでは、決して。
ない。





『竜崎。起きているか?』


明け方の惰眠を貪っていると、スピーカが突然がなった。


「ああ」

「おはようございます夜神さん」


咄嗟に起きていたかのように答えたが、それはLも同じだった。
いや、本当に起きていたのか。


『……月もいるのか?』

「ああ、うん。昨夜今後の捜査方針を相談してたら寝ちゃって」

『まあいい。二人ともすぐに着替えて本部に来てくれ』


Lと僕は顔を見合わせて、ベッドから飛び起きた。




「おはようございます。何か進展がありましたか?」

「いや、さっき別件で警視庁から連絡があった。
 国会図書館に、テロリストが立てこもっているらしい」


意表を突かれて、僕は思わず窓の方を向いた。
国会図書館と、その向こうの国会議事堂はここからすぐ見える。


「……はあ。何ですかそれ。そんな事で私を起こしたんですか」

「そんな事とは何だ!国会議事堂の隣だ。国の一大事だぞ」


僕は慌てて、Lが「私日本国民じゃないですし」等と言い出す前に
口を挟む。


「で、父さん達に招集が来たの?」

「いや。まだだが、このビルを監視および狙撃に使いたいと
 要請があってな」

「駄目です」

「竜崎!」

「何の為にこのビルを建てたと思ってるんですか。
 何の為のセキュリティですか」

「しかし……」

「新霞ヶ関ビルもあるでしょう」

「遠すぎる」

「……」

「断る訳には行かないんだ。分かってくれ」

「……」


Lは無い眉の根を寄せてしばらく考え込んでいたが、
やがて口を開いた。


「ビルの持ち主に連絡が付かなかった、という言い訳は
 通らないんですね?」

「ああ。現に中にいる私に連絡が付いた以上、
 事後承諾でお願いする、という事になるだろう」

「夜神さん、狙撃の腕は?」

「いや……」

「こちらにはSAT以上の狙撃力を持ったスタッフが居ます。
 現に火口を捕らえる時、高速道路を走っている車のタイヤを射貫きました」

「まさか」

「そうです。ワタリに任せるよう、頼んで下さい。
 もし失敗すれば、全責任は私が負います」

「しかし監視は」

「高性能望遠カメラがありますから。
 webでリアルタイムに警視庁に流します。
 また、夜神さん達が目視の担当をして下さい」


父に口を挟ませる隙なく、自分の提案を決定事項であるかのように
矢継ぎ早に喋り続ける。


「しかし」

「これで犯人逮捕には十分な筈です。
 これ以上の譲歩は出来ません」


譲歩と言って、その実Lは殆ど何も譲っていないが。
無条件に信用しろと言える程、Lの力が世界中の警察に及ぼす力は
大きいのだろう。

父や相沢さんが、どう答えた物かと顔を見合わせているのを見て
Lが再び口を開いた。


「あのですね。
 私が近々、キラに殺される可能性は低くないんですよ」

「!……何を気弱な事を」

「気が弱いとか強いとかではなく、純粋に確率の問題です。
 で、本当の問題は、私が死んだ後です」

「……」

「私がキラに殺されて、その直前に日本警察が私のアジトに
 ゴリ押しで踏み込んだとなれば、各国は……ICPOは、どう思うでしょう?」


そうか。
もしここでLが死ぬと、日本警察としては非常に不味い事になるのか。
「世界一の頭脳」「世界の切り札」とまで言われた男を、自国の独断で
殺してしまったと思われても仕方が無い。

……今はLを殺す訳には行かないか。

その考えが浮かんだ時、何故か少し心が躍った。


「竜崎……。父の気持ちも、少し考えてくれ」

「夜神くん。これは大人の話です。
 あなたは黙っていて下さい」


Lが、わざと僕を怒らせようとするかのように子ども扱いして
ぴしゃりと言う。
だが僕はめげずに続けた。


「十分納得いく根拠のない予測……おまえが死ぬという未来を恐れて
 上司の命令に逆らうわけには行かないだろ」

「私はその上司の首を思って言ってるんですけどね」

「組織を潰しかねない愚行だと分かっていても、止まれない、
 自分の身が破滅すると分かっていても、動かずにはいられない、
 それが日本の勤め人なんだ」

「ナイス・ブシドーですが馬鹿馬鹿しいですね。
 私はそんな事で自分の命を危険に晒すつもりはありません」

「大丈夫だ。おまえの命は、僕が守る」

「……」


Lはまたぺらぺらと何か言い返して来るかと思ったが、
何故か黙ったまま目を見開いて少し仰け反った後、口を閉じた。






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