武士道ロマンス 2 お互いに身体を洗い終わり、いつも通り身体を拭いてやって (手錠生活でついてしまった習慣だ)腰にタオルを巻いてやろうとすると、 Lは「結構です」と言って全裸のままぺたぺたと洗面台に向かう。 そして 「これ。使いますかね?」 「え?」 シェイビングローションの瓶の首を持ってこちらに向かって突きつけた。 何故今、シェイビングローション? 「どうして?」 「……挿入するのに潤滑剤が必要です」 Lはぼそりと言うと、瓶を持ったままベッドルームに向かう。 僕は慌てて腰にタオルを巻いて後を追った。 「ああ、そうか。そうだよな」 「……」 Lは気味が悪いほど静かに寝室に戻り、無言でベッドを指差した。 「……」 「……どうぞ」 やはり先にベッドに入れという事か……。 怖じた姿を見せるのも業腹で、僕はゆっくりとマットレスに座り 腹の上で手を組んで横たわる。 「本当に、してくれるのか」 「っていうか本当にしていいんですか?」 良い訳はないが。 嘘じゃない、本当は男と寝たくなんかない、と言えば ならなぜ嘘を吐いたのか、説明しなければならなくなる。 ……まあLにもその答えは半分分かっているだろうが。 「うん。嬉しいよ。同じ部屋で寝ても何も無くて、辛かった」 そう答えると、Lもニヤリと笑い「そうですか」と一言だけ言って ベッドによじ登る。 獣染みた所作で僕の脇にしゃがみ込んだ。 そしていきなり、まるで砂場で子どもが砂山を作るかのような手つきで 僕の顔を押さえ、ぎょろりとした目をどんどん近づけて来る。 キスをするつもりか……! と察したが、Lよりも先に目を閉じたくなくて、その目を見返した。 Lも目を閉じず、少しだけ細めてタイムアップ、唇が押しつけられる。 ああ……嫌だ。 べとべとしていて冷たい。 変な風に唇を動かすなよ。 何度も唇を押しつけては食べるように啄み、安っぽいTVドラマや何かで 見るようなバードキスを繰り返すのが余計に嫌だ。 静かな部屋に、ちゅ、ちゅ、という濡れた音が響く。 顔を押さえられたままキスを受け、それを醒めた頭で聞く。 やがてキスは頬にずれ、次には耳に移った。 耳の辺りを抑えていた手は髪に差し込まれ、耳朶を甘噛みされる。 まるで、大きな木の実を食べる猿のようだ。 「ちょっ、竜崎!くすぐったい!」 「……」 Lは答えず、舌が耳の縁を舐め、だんだん中に、 ぶわ、と強風に煽られたような音を最後に片耳の音が遮断され、 耳の穴が濡れた肉で満たされた。 「う……っ」 どこまで入ってくるつもりだ。 どこまで舌が長いんだ。 どこまで濡ら、 「やめ、やめてくれ!中耳炎になる!」 「……」 思わず悲鳴を上げると舌の動きは止まり、ぬるりと出て行く。 そして、「ん」と耳元でくぐもった音がしたと思うと、 それはすぐに笑い声になった。 「っくっくっく……」 濡れた耳朶に、ふっ、ふっ、と息が掛かってぞわりとする。 「(夜神くん……可愛いんですね。本気になりそうです)」 声を出さずに気持ち悪い事を囁いて。 これは……絶対に、僕が音を上げるのを待っている。 「(うん、本気になってよ)」 こちらも目の前にあった耳に囁くと、驚いたように顔を上げた。 「分かりました。そういう事なら」 Lは、頷いてしゃがんだ姿勢から僕の身体に覆い被さり、 今度は僕の首に口を当てた。 歯で軽く噛んでから、ぺろぺろと犬みたいに舐める。 腰骨に毛と、萎えた物がぺたぺたと当たるのが死ぬほど気持ち悪かった。 「お互い楽しみましょう」 言いながら、冷たい指でいきなり股間をまさぐる。 「夜神くんは、ゲイに割にもしかして」 「ああ……うん。初めてだ」 「……」 「だから、優しくして、欲しい」 乱暴な事をされて怪我するのを危惧した言葉だったが Lの指は一旦止まり、またやわやわと動き出した。 「分かりました。 あなたにも楽しんで貰えるよう及ぶ限り努力します」 どういうつもりか、真顔で言って。 以降は、じれったい程に、優しすぎる程優しく、 乳首を舐め、指で腋を撫で回して来た。 それでも時間を掛けて全身を舐められ、性器を刺激され続けていると…… 自分でも恐ろしい事に、だんだん体が熱くなって来る。 器用なのか不器用なのか分からない、じわじわとした愛撫。 しかもそれをしているのが、生理的に受け付けないタイプの同性で、 しかも僕を破滅させようとしている、僕が殺そうとしている相手。 こんな屈辱はない筈なのに、僕は興奮している。 ぞわぞわと鳥肌が立つのが、快感に依る物だと身体が誤解しているのか。 巨大な蜘蛛に捕まえられたような、この危機感に脳内麻薬が分泌されているのか。 Lが、また僕の首に口を付けた。 今度はびくん、と反応して首を竦めてしまう。 ……Lがこんな愛し方をするなんて。 知らなかった。 僕は、知らなかったLを知ってしまった事を、軽く後悔した。 Lはそのまま優しく僕の足を開き、挿入までやってのけた。 僕はと言えば、身体の中に他人の肉が入って来るというレアな状況と その奇妙な感覚をただ味わっていた。 「……良かったよ、竜崎」 終わった後、横たわったまま言うと、枕の上で膝を抱えたLが 首を傾げた。 「夜神くんは射精してませんよね?」 「それは、ちょっと痛かったから……でも、嬉しかった」 「そうですか。良かったです。 私は普通に気持ちよかったです」 「そう」 白々しい……。 Lは、僕が彼に惚れてなどいない事に気づいている。 僕がセックスを拒めば、なら何故一緒に居たがるのか、 Lを監視したがるのか、問い詰めるつもりだったのだろう。 だが、僕が受け入れてしまったのでそれが出来なくなってしまった。 Lは今、僕がそこまでする事に呆れ、また困ってもいる筈だ。 つい揶揄いたくなってしまった。 「竜崎はゲイじゃないんだろ?どうして、僕としてくれたんだ?」 「それは……あなたみたいな人に迫られたら、ほだされます」 白々しい。 「キラ容疑者」として以外の僕に、興味なんか全くない癖に。 「キラでも?」 「キラなんですか?」 「違うけど、おまえはそう思ってるんだろ?」 「はい」 悪びれもせずに言って、また子どもみたいに人差し指で 人の身体にくるくると落書きをする。 「正直に言いますと……私、もうすぐ自分が死ぬんじゃないかと思ってます」 「……」 突然言われて、どき、と動悸が速くなったが、内容が内容だ。 気づかれていても何の問題もないだろう。 「どうして?」 「あなたがキラだと証明出来ないまま、監視生活が終わったからです」 「……」 「以前からそこが分かれ目だと思っていました。 鎖が外れる時が、あなたを捕縛する時だろうと」 言いながら乳首の周囲をぐるぐるなぞっていた指が、 ボタンでも押すように突起を押し潰して痛い。 だがそんな事よりも。 「なのに、あなたを監視からも容疑からも外さなければならない状況になった。 ぶっちゃけ今、チェックメイトだと思います」 「それは……僕がキラだったら、だろ?」 「はい。ですから死ぬまでに何とかあなたに一矢報いたいと」 「……」 僕はキラじゃない!といつものように叫ぶのは簡単だが。 Lの言う事は完全に当たっている。 あと二、三日以内に、Lは死ぬ。 「や、夜神くん、どうしたんですか?」 突然起き上がった僕に、Lが尻餅をついた。 「……そんな理由で、僕を抱いたのか?」 「そんな理由って。私の中では大きいです」 ああ……Lの気持ちは、分からなくもない。 だが何だろう、この口惜しいような歯がゆいような気持ち。 この敗北感。 僕はLの襟首を掴んで、引き寄せた。 「安心しろ、竜崎。僕がキラなら、おまえを殺したりはしない」 「……」 「殺せない」 演技だ。 僕は演技をしている。 ……と、自分で言い聞かせている。 本当に演技か? 演技なら、何の為の演技だ? もう、Lに信用しさせる必要もないのに。 湧き上がる自問の数々を無視して、Lの細い身体を抱きしめる。 あと……そうだな、長くて五十時間程、監視を続ける事が出来れば。 「あ、あの。そう言ってくれるのなら、明晩も、させて下さい」 「ああ。勿論」 「……では私は少なくとも、明後日の朝までは生きていられますね?」 「!」 僕は反射的に、Lを殴っていた。 殴られるだけの事を言った自覚はあるだろうに、直後、Lも 足の甲を僕の頭にヒットさせる。 その後僕は、Lを抱きしめて寝た。 勿論僕が寝た後、ノートに細工したりしないよう拘束する意味もあったが…… それだけではない自覚が、自分でもあった。
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