美しい名前 5 寝室で二人きりになると、Lは先程までの殊勝な表情を消し、 突然、調子っぱずれな「Beautiful name」を大声で歌い始めた。 「♪Every child has a beautiful name, a beautiful name, a beautiful name」 無表情のまま、上手くもなければ良い声でもない歌を聞かされる。 こいつの奇矯な行動にはもう慣れているので驚きもしなかった。 「……意外だな、おまえが歌うなんて。そんな歌を知っているのも」 「私が生まれた頃の曲です。 祖母が日本人らしいので、昔から日本文化には他国よりは関心があります」 「そう」 そんな、Lの個人情報を次々と、と言いかけた所で気付く。 名前を知られてしまったら、他の情報など無意味だ。 という事は、やはり先程聞いたのは本名なのか……いや、そう思わせる為に……? 歌は続く。 「♪呼びかけよう名前を、素晴らしい名前を……。 私の名を、呼んでくれないのですか?」 「さっき聞いた名前が本名だとしたら、美しい名前とはとても言えないな」 「そうですか?私自身はこれ以上美しい名前はないと思ってるんですが」 「何故?」 「あなたには分かりません。 誰の名前であろうが、そのご両親がどんな思いでつけたのかとか、 そんな事、考えた事もないんでしょう?」 「……っ!」 考えずに、名前を書いていたんでしょう? そう、言いたいのが透けて見えて。 突然、先程押さえつけた感情が喉元にせり上がってきて僕の息を止めた。 頭に血が昇ったのは自覚できたが、自分を制御する事が出来ない。 僕は獣のように飛びかかり、Lの襟首を掴んで締め上げていた。 「誰がっ!」 「……♪Every little child can laugh and sing in the sun」 Lは、予想通りと言いたげに平然と、擦れた声で再び歌い始める。 「やめろ」 「♪Their song will be heard by everyone」 「やめろ竜崎!」 引き倒して首を絞める振りをしても、Lは壊れたレコーダーのように歌い続ける。 いつもなら対人スイッチをオフにして、気にしないように出来るのに。 「♪Big and tall, short and small. Black or white, ……dark or light.」 今は出来なかった。 「♪No,it doesn’t matter at all 」 ……本当に、この場で殺してやろうか。 「お前の本名なんか信じない」 「♪'Cause no one's wrong, and no one's right」 「……お前が生きようが死のうが、僕には関係ない」 「……'Cause no one's wrong, and no one's right」 「僕は、間違わない。僕が、……正義だ!」 思わず怒鳴ってしまうと、歌がぴたりと止んだ。 Lは初めて驚いたような顔をして、呆けたように下から僕を見上げる。 それから、 「……はい。信じます」 毛一筋も、信用していない表情で。 目眩がする程、殺してやりたいと思った。 「わ、私、本当に、あなたを、夜神月くんを、信じてます。 本当です。 だからあなたに、私の命を……私の全てを委ねたんです」 「命?僕に殺されても文句を言わないと?」 「名前を預ける、というのはそういう事に、な、なりますね。 まあ、死なば諸共ですから、中々そうも行かないでしょうが」 「じゃあ、このまま暴力を振るったら?」 「……受け容れます」 そう言ってLは、静かに目を閉じた。 目の下の隈に睫が重なって、色濃くなる。 殴れる物なら殴って見ろ、という態度だろうが まるでキスをねだっているようにも見えた。 「……Trick or treat」 「……はい?」 「日付が変わった。今日はハロウィンだろう?」 「ああ……、そうですね」 突然モードを切り替えた僕に、Lは少し戸惑ったように口を引き結んで 時計に目を遣る。 「何が狙いですか?」 「ストレートだな。別に、お前の方がだいぶ年上だと思っただけだよ。 僕が生まれた頃には既にBeautiful nameは古い曲だったから」 「なるほど。確かに私から見ればあなたは、子どもです」 三歳児が何を言ってやがる、と思いながらも、笑顔を作って再度 「Trick or treat」 繰り返すと、Lは僕の目をじっと覗き込んだ後、ニッと笑った。 「あなたにあげるお菓子なんか一欠片もありませんので。 悪戯の方で」 「……」
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