美しい名前 4 「というのは冗談ですが、保険は掛けさせて下さい」 そう言うと竜崎は、立ち上がって僕を壁に押しつけた。 「やめろ、おまえの名前なんか、聞きたくない!」 おまえの口からはな。 それに。 聞かなくてもミサかレムが、遠からずその名をデスノートに書いてくれるのだから。 「どうしてですか?」 「だから。そんな責任負いたくない。 おまえと心中なんてごめんだ」 「何故私が死ぬ事が前提なのですか?」 「……っ!」 怯んだ隙に、耳の穴にキスをするように。 湿った唇を付けられた感触があって、軽く吐き気がした。 「……そんなに、近付かなくても良いだろう」 「他の人や、死神に聞こえては意味がありませんから。私の名は、」 レムは知らないが、父や相沢や模木や松田が周囲で硬直し、 息を呑んでいる気配が感じられた。 「…………です。綴りは、…….…-l-i-e-t」 耳を塞ぎたくても塞げず。 アルファベットが吹き込まれた後、ボッ、と言うような大きな響きと共に 暖かくぬめった柔らかい物が耳の穴を満たした。 「何っ……!」 Lが……何のつもりか、ついでのように舌を入れてきたらしい。 慌てて顔を振ると、舌が唇に当たった。 他のメンバーからは死角だったのは救いだが、 だからこそ、口を拭う事すら出来ない。 「ラ、ライト……」 「私、今皆さんの目の前で、月くんに本名を伝えました」 「ほ、本当か、月くん、」 「……」 考えろ……どうするべきか。 「聞こえなかった」と言うべきか、 ……いや、ここは。 「聞きましたよ。でも僕はそれを、」 この場で言って、全員で共有してしまう、それしかない。 だがその前にLが、素早く僕の言葉を遮った。 「私は月くんを信用していますよ。 Lの名を公に曝すような、そんな緩慢な殺人未遂はしませんよね?」 「……」 ……くそっ!先を越された。 「でも、今のが本当に本名なのか、僕には判断する術がないな」 「試してみます?」 本名かどうか試すって……デスノートに名前を書けば分かる、という事か! 「馬鹿馬鹿しい!」 「あ、月くん待って下さい、私も、その、怖かったんです。 自分が死ぬ確率を少しでも下げる為に、少し強引な事をしました……すみません」 僕が吐き捨てると、しらじらしく情けない表情を作って謝る。 皆の前でこんな事をするのも、L流のパフォーマンスだ。 くそっ! 僕は、最大の努力で穏やかな笑顔を作った。 「分かってるよ……よく考えたらおまえが死ぬはずないし、 大きな声を出すような事でもなかったな。僕も悪かった」 Lは指を咥えたままニヤニヤした後、僕の肩を掴んでまた耳に口を近づける。 「……まぁ、この状況でも夜神くんのキラ容疑を完全に晴らしつつ私を殺す方法が、 一つだけあるんですけどね」 ひそりと囁かれて、 「……!」 思わず眉間に皺を寄せて睨み付けてしまった。 「……皆さん、申し訳ありませんがもう休ませて下さい」 「あ、ああ……。私達もさすがに、もう寝るよ」 たった今目撃した光景をどう判断するのか。 取り敢えず無難に治まった事に満足する父とその部下達に、 内心舌打ちをしながら僕は寝室に下がった。 それ以上留まったら、自分の感情を上手く制御できる自信がなかった。
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