Better half 2 「ロジャーがニアと私と二人分のサポートをしているのは大変だな?」 「ロジャーだけではないですが」 「嘘だ」 ロジャーが現在のワタリとして、世界と私たちの間に立っている。 しかもそれだけでなく、ニアの身の回りの細々とした世話も焼いている。 ニアは元々ワイミーとロジャー以外受け付けなかった。 仕事となれば今後も各国の「傭兵」と組むこともあるだろうが、 基本的な生活はロジャーに頼り切るつもりなのは明らかだ。 「ロジャーには、私のサポートに専念して欲しい」 「困ります」 「だから、夜神月を連れてきた」 「冗談ですよね」 「彼ほどソツのない器用な人間を他に知らない」 「彼が、そんな仕事を引き受ける訳ないでしょう」 「いや。夜神はあなたが思っているよりずっと生に執着している。 引き受けるよ」 ニアが、傍らにあった道具箱から小さなドライバーを取り出して 手に持っていた電車の模型を驚くべき早さで分解始めた。 相当動揺している。 「月くん。あなたを連れてきたのはニアの世話をさせる為だと言ったら、 引き受けて下さいますか?」 「……世話とは?」 英語で聞いたのは、ニアにも聞かせる為だ。 夜神もさすが、即座に断ったりせず、英語で答えてくる。 悪くない発音だと思った。 「身の回りの世話です。食べ物を用意したり、ニアの指定したおもちゃを 取り寄せたり。移動の際には手配をしたり、手を引いたり。 時には事件の捜査のサポートも」 「それは、冗談?」 「いいえ。本気です」 「執事プラスαか」 「そういう事です」 夜神はさすがに逡巡するように口を噤んだが、 すぐに例の、完璧すぎるキラの笑顔を浮かべた。 「いいよ。あの地下牢より、その子のお守りの方が数倍マシだ」 「決まりですね。良いね?ニア」 ニアはげんなりした顔で、今度は車体の横に貼ったシールを剥がし始めた。 「……分かりました」 我ながら思いがけない流れで、思いがけない事になった。 二人とも本当に負けず嫌いだ。 何かに対して強い拒否を見せるのは、自分の弱みを曝すことになる。 お互いそれだけは絶対嫌だと数秒の間に考え、決断したのだろう。 その心理は、私にもよく理解が出来るが。 「という訳だ。よろしく、N」 夜神がニアに近づいて手をさしのべると、ニアも漸く 電車を置き、 「今はニアで結構です」 不承不承、指先で夜神の指を摘んだ。 まあ、私がロンドンに戻るまでの数日だが、執事ごっこを楽しんで貰おう。 それまで二人は、これがいつまで続くのかと肝を冷やすがいい。 ニアの部屋を出て、夜神と並んで歩いていると彼が口を切った。 「で。僕は何日くらい茶番に付き合えば良いんだ?」 「ニアの世話の事でしょうか?期間は定めていませんが」 「嘘吐け。おまえがここにいる間だけだろ? おまえがニアと二人きりする程僕を信用しているとは思えない」 「なるほど、ビンゴです。期間中はせいぜいニアを可愛がってやって下さい」 「おまえも人が悪いな」 「ただ、何日かは本当にわかりません。 数日以内に最近私が興味を持っているあるシンジケートが動きますので、 それまでです」 「今はニアがLという事だったのでは?」 「Lの名前に定義はありません。現在は少なくともニアと私を含んだ 捜査集団と理解して下さい」 どうせ今は夜神は私の手の内だ。 隠すこともないだろう。 「ならやっぱり紛らわしいから、おまえの事は竜崎と呼ぶよ」 「ご随意に。でも、それは私に対するマーキング行動ですよね?」 「は?」 「私の事を、自分だけの名で呼べるんだぞと誇示したいとしか思えません。 実際、今まで身内にLと呼ばれて紛らわしかった事もありませんし」 「二人の時と三人じゃ違うだろう!まあいいよ、Lでいい」 「L」は捜査集団だと言ったが、実質ニアと私二人しかいない事を的確に見抜く。 彼なら本当に、三人目の「L」になれるだろう。 それまでに、彼が絶対に裏切れないような何らかの策を練らなねばならないが。 「それにしても残念だな、おまえの奥さんと息子が見られなくて」 「本気にしたんですか?気味が悪いほど素直ですね」 「半分くらいだけど。蜂蜜もおまえらしいし」 口から出任せに、かの名探偵の引退後の稼業を言っただけだが そう言われてみれば養蜂だのケーキ屋だの、私がリタイヤした後 本当にやりそうな事かも知れない。 それにしても。 「男の子はいたじゃないですか」 「奥さんはいない」 「妻は……あなたに、妻の役割をして貰おうと思っているんです」 「……」 「何を驚いているんですか?まさか今更自分の家庭を持てるような、 平凡な人生を送れると思っていたのですか?」 地下牢から出て以来、夜神は楽観的すぎるように思う。 人を騙す巧さは相変わらずだが、人を疑うスキルは下がっている。 それとも、忌むべき秘密のない恵まれた夜神は、本来そうだったのだろうか。 「いや、思って無いけど。Lってゲイ?」 「面白くない冗談です。私を陰からサポートする人、という意味です。 日本でもスポーツ界などで女房役という言葉を使うでしょう?」 「ああ、良かった」 「あなたの名が今後表社会に出ることは一切ありません。 あなたには、一生私の影として生きて頂きます」 「……」 「引き受けてくれますか?」 本当は、ワタリの代わりに夜神が欲しかったのは、私だ。 私は多分、一人では生きていけない人間だ。 ワイミーがいなくなって、その場その場で世話人を雇って行くのも良いかと思ったが 当たり外れが激しいし並の人間では細やかな対応は期待できない。 だが夜神ならプライベートは必要ないし、私好みにカスタマイズ出来るだろう。 それに……平均寿命から行けば、私より先に死ぬ可能性が低い。 勿論、夜神次第ではあるが否のありようはない。 断ればどういう運命が待ち受けているか、考えたくもないだろう。 「……リングを買ってくれたら、考えるよ」 なのに彼は、はっきりとした即答を避けた。 素直に「謹んでお受けします」と答えれば可愛い物を。 だが、だからこそ夜神は面白い。 「分かりました。至急……チタンのesposasを用意させます」 「何?」 「スペイン語で手錠です」 「冗談」 「そうそう、三ヶ月以内にスペイン語とイギリス英語をネイティブ並に 話せるようになって下さいね。 その次は広東語とフランス語、北京語は後回しで良いです」 質問はなかったが、まさか私が意味もなく一部だけスペイン語にしたとは 思わないだろうから後で調べるつもりだろう。 ……「esposas」は「手錠」だが、同時に「妻」という意味もある。 そう思うと、私たちが手錠で繋がれ、同じベッドに寝起きしていたあの生活は 今の予兆だったのかも知れない。 私たちは、お互い殺し合うか、 さもなくば神の定めた配偶者のように一生を共に生きていくか、 どちらかしかなかったのかも知れない。 もし夜神がデスノートを拾わなくても、全く関わらずに生きていく事など あり得ない運命だったのかも知れない。 などと、柄にもなく非実証的な事を思った。 --了-- ※本当に柄でもないですね。
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