Born free 3
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「どうした?」


通話が終わった後、何となくニアが拗ねているような気がした。
夜神も同じ事を思ったのか、声を掛ける。


「私の日本語、変ですか?」

「いや、ネイティブ並だよ。どうして?」

「アイザワに初めて日本語で話したのに、ノーコメントでした」

「ああ……相沢さんは、まあ……本人も英語が堪能だから。
 何。誉めて欲しかったのか?」

「まさか!気づきもしないのかと呆れただけです」


随分、夜神に慣れたものだと思う。
こんなに感情の滲み出た会話をしているのを初めて聞いた。
夜神に少し甘えてみたり、突き放してみたり。
私の知るニアのパターンの中では、最も子どもモードだ。


「慰めてやるから来いよ」

「いりません。アイザワ達との打ち合わせは十五時からですから、
 それまでに計画を固めねば。
 あなたも、その荷物さっさと部屋に持っていって下さい」


夜神が、私の分と二人分の細々が入ったカバンを担ぎ、
苦笑を残して去ると、ニアはやっと要塞から出てきた。




「随分夜神に慣れたな」

「慣れたくもないですが、仕方なく相手しているだけです」

「何故だ?したくない事をするとは、あなたらしくもない」

「何故って」


ニアは物憂げに足下のミニチュアカーを持ち上げて逆さまにし、
そのタイヤを掌で回し始めた。


「……私が、あなたに、弱いからでしょうね」

「?」


また訳の分からない事を。
大概の、筋道を飛ばした話でも補完して理解できるつもりだが
ニアのそれに限ってはどうにも分かりにくい。


「説明を」

「あなたには、常に完璧な『L』であって欲しい。
 落ち込んだり弱々しい姿なんか見せて欲しくない」

「……大丈夫だ。私は二度と、弱音を吐かない」

「なら良いのですが。次にあなたがもし傷つく事があれば、
 表面上どんなに上手く取り繕っても私は見破ってしまうでしょう」


ニアの本音を、初めて聞いた。
隠していた訳ではないだろうが、聞く機会もなかったし、
彼も言う必要がないと思っていたのだろう。

私が一度殺され、モロッコで無聊をかこっていた時、
一番傷ついていたのは彼なのかも知れない。

だが。


「何か誤解があるようだが。
 あなたが夜神に慣れるのと、私が弱るのと、何の関係がある?」


ニアの言い方では、彼が夜神と上手くやれないと、
私が困るようではないか。


「この屋敷には隅々までカメラと盗聴器が仕掛けてあるのはご存じでしょう」

「ああ。そもそも最初に付けさせたのは私だ」


いきなりそんな事を言ってくるという事は、私か夜神かあるいはその両方が
ニアの琴線に触れる言葉を発したのだろう。
前回の滞在で、ニアがいない時、寝ている時、交わした全ての会話を思い出す。
だが特筆すべき内容はなかったように思う。


「それで?」

「仕事柄盗聴に後ろめたさはないですが。本人に言うのはやはり気まずいです」

「構わない。承知している」

「あなたは、夜神にプロポーズしていました」

「……ああ、」


あれを、聞かれていたか。
確かに夜神に『あなたに、妻の役割をして貰おうと思っている』と言った。
だがそれは……。
ニアが、思ったより子どもだった事に、思わず頬が緩んでしまう。


「それは、冗談だよ」

「そうでしょうか?」

「ああ。大人の男同士の軽口の応酬にすぎない」

「そうでしたか。夜神の体にも詳しいようですし、私はてっきり」

「二の腕なんか一緒に暮らしていれば嫌でも目に入る。
 あなたも見ればすぐに気が付く」


なるほど。
私が男色家で、夜神を愛したと思った訳か。
ニアとは付き合いが長い割に一緒にいた時間は短いが、それにしても酷い想像だ。
私はそんな風に見えるのか。

いや、なまじ夜神の容姿があんなだから仕方がないのか。

普通はまず「まさか」と思うだろうに、鵜呑みにしてしまうニア。
推理力だけなら私に拮抗するが、人間関係を知らないニア。
世間知らずのニア。
夜神が「可愛い」と言ったのも、頷けるような気がする。


「ならば、夜神を救出に行って貰ったのは間違いでした」

「夜神が私の愛人だと思ったから、あれほど突入を勧めたのか?」

「はい。事実を並べて機械的に計算をすれば、あの時は夜神を
 見捨てるべきでしたから」

「私はそうするつもりだった」


教授と金髪の元から、夜神を救出出来たのは奇跡に近い。
確率的にはほとんど有り得ない事だった。
ニアが、私以上にクールなニアがあれ程熱心に勧めていなければ
絶対に助けに行っていない。


「そう。あなたは感情に左右されず、常にベストな答えを出す。
 だからこそ、後にその事で傷つくのではないかと考えたのです」

「傷つかない」

「ええ。表面には絶対に出さないでしょう。
 でも私には、分かってしまいます」

「私は……夜神が死んだら、あなたが傷つくのではないかと思った」


ニアが。私以上にクールなニアが。
夜神の手を、そっと握ったから。
私は、ニアが夜神を、慕っているのだと思った。
だから。


「そうですね。
 夜神を好きかどうかはともかくとして、数少ない直接関わりを持った人間ですから
 1万ピースドミノ倒しに挑戦してしまう程度には落ち込むでしょう」


ニアにとって、時間だけ掛かる単調な遊びは気持ちの整理の意味もある。
何かあればいつも通りの顔で淡々とピースを並べ、あるいは積み上げ、
それを完成させる事によってすっかり消化出来るようだ。

私には分からない単位だが、夜神の死に感情が動くことは認めるらしい。


「では、手錠型のネックレスを着けさせたのも冗談だというのですね?」

「いや、それはどちらかと言うと偶然、だ」

「発信器に拘ったのも、死体の位置を確認する以上の意味はなかった?」

「言った通りだ。何が言いたい」

「いえ。あの人が、自分でエンゲージリングを外したかどうかが
 問題なのかと思いまして」

「馬鹿馬鹿しい」


発信器に拘ったのは、夜神自身が外したかどうかを重視したのは、
その如何によって彼が裏切ったかどうかが決まり、
ひいては自分の命が危うくなる可能性があると考えたからだ。


「そんな物ではない。単なる発信器だ」

「そうですか。では、夜神がいつまでも外さないのも、
 あなたも首に鍵を下げたままなのも、単なる偶然なのですね?」

「……」


ニアに、追い込まれている。この私が。
一体何故……。

何事でも正解を出し続ければ、ドローになる事はあっても負けることはない。
悔しいが、私は自分自身をどこか読み間違えた可能性が高い。


……確かに、私は……

夜神を囲っている、事になるのかも知れない。

夜神が発信器を外さない事に、どこか満足しているかも、知れない。

彼が死ねば多少なりとも傷つく、かも知れない。


それは、認めよう。
だが、その為に大局から観てベストな選択を外す事は、あってはならない。


「とにかく。次回からは、私の感情に配慮したりなどせず
 いつも通り俯瞰を重視した方針を打ち出してくれ」

「分かりました」

「だが、今回は偶々結果が出た。ありがとう。……と、一応言っておく」


ニアのセリフを真似ると、彼ははにかんだように口の両端を上げてみせた。

その時丁度、夜神が帰ってきた。
ニアは慌ててプレミアム・トイズの要塞に籠もり、
私たちは、日本での作戦を立て始めた。






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