Arabian Nights 2
Arabian Nights 2








現在私が使っているのは、手錠で繋がっていた当時、
夜神と共に使っていたスイートだ。
だから、彼にも勝手が分かっている。

夜神は私を無視してシャワーを浴び、棚からパジャマを出して着て
ベッドに潜り込んだ。
私も遅れてシャワーを浴びたが、出た時にはもう
私に背を向けて毛布を被っている。


「月くん」

「……」

「寝てます?」

「……」


答えがない、が、夜神の事だから狸寝入りかも知れない。

その時ふと。

今までも、夜神は寝た振りをしながら私が先に寝るのを
待っていたのではないかという気がした。


「あなたは演技が上手いですからね」

「……」


寝息の、演技……。

夜神の言動は、どこからどこまでが演技なのだろう?


彼を地下牢から出した当初、彼の目的は間違いなく「生きる事」だった。
その時、少なくとも当面は私から離れる事は得策でないと夜神本人が判断している。

現在は、Lの仕事にも関わらせてしまっているし、デスノートの件もあるしで
私の方が逃がす訳には行かない。
特に日本では、この建物から出す事も危険だ。
それさえ守ってくれれば、私は夜神を庇護しつづける。

だが、「生きる術」を手に入れた夜神の、次の目的は何だろう?

人として、男としての尊厳?
ならば、私に囲われている状態……その頭脳と、時々体を差し出す代わりに
生活を得ている現状から、何とかして逃れようとする筈だ。


私だって別に男と関係を持ちたい訳ではないが。

夜神は、私以上に嫌がっていた。いや、恐れていた。


……ならば、この状態は……夜神の思う壺、というものでは?
踊らされたのは、私の方か……?
気がつくと、そうとしか思えなくなった。


私の、負けだ。


夜神は、自分から誘う事によって私の「抱くつもりはなかった」という言葉を引き出し、
まんまと一人寝を手に入れる所だったわけだ。


今まで、誰もが私に無条件で従った。
そうでない時は、多少力づくでも従わせてきた。
自分より目上の者なんていない。
そんな環境に慣れていた私は、他人との直接の駆け引きに慣れていない。

逆に夜神は、どんな形であれ自分の意思を通すために、
友人でも目上の者でもこうして操作して来たのだろう。
従順な振りをして、小さな反抗をする振りをして、本人にもそうと気づかれないままに、
好きなように操り、利用して来た。

扱いづらい日本警察より質が悪い。
この程度の事ならいいが、今後もっと重大な事でこれをされては困る。


「月くん。起きてますよね?」


再び声を掛けるが、夜神は当然のように動かない。


「今回は、私の負けです」

「……」


ぴくりとも動かない。
だが、ほくそ笑んでいるのではないかという気がして面白くなかった。


「でも、同じ手は二度通用しませんよ?」

「……」

「明日は、必ずします」

「……」

「首と、」


夜神を背から抱くようにして、パジャマのシャツを捲り上げる。
さっき見た腹筋の辺りに触れると、びくっと震えた。
そのまま指を下に滑らせ、やわらかい毛を搔き分けてやわらかい肉に触れる。


「ここを洗って待っていて下さいね」

「……」


夜神は、私の腕の中で突然回転してくるりとこちらを向いた。
無表情を保っているつもりだろうが、これ程近いと目の奥に憤怒が
透けて見える。


「……You want nursery tales,My king. don’t you?」


英語でも切り口上というのだろうか、無表情のまま取り付く島もない物言い。
シェハラザードを気取るなら、もう少し媚ても良いだろうに。

私が軽く頷くと、夜神は少し考えて、「渡辺綱と酒呑童子」の話をしはじめた。
美貌の少年が、袖にした女たちの怨念で都に仇為す鬼になる所から始まる、
とてもnursery taleとは言いがたい物語だ。


夜神より先に寝るわけには行かない。
と思っていたが、敵もさるもの、疲れた様子も見せず、淡々と話を続けて行く。
時には自分の解釈や注釈も交えながら、夜神は話し続けた。

結局お互い相手が寝るのを待ちながら、夜が明けてしまった。





翌朝、早い内に発注しておいた荷物が届いた。

と言っても注文するのは夜神で、食料や足りなくなった日用品を
インターネットで指定してまとめて届けてさせている。

例によって配達人が夜神の顔を知っている可能性を考え、
カメラで監視している無人の場所に置かせて印判も自分で押して貰う。
日本の、判がサインの代わりになるという慣習は如何なものかと思ったが
こうなってみるとなかなかに便利だ。


「取って来るよ」

「お願いします」


配達人が去るのを待って、夜神がダンボールを取りに降りる。
戻ってきて開いたダンボールを、何気なく覗き込むと見慣れない物が入っていた。
ヘアダイだ。
黒髪を、一旦脱色してアッシュブロンドに染めなおせるらしい。


「何ですか?これは」

「……染髪剤だよ」

「あなたが使うんですか?」

「……」


答えがないのが、答えだろう。


「変装するつもりですか?変装して何をするんですか?
 まさか外に行こうというのではないでしょうね?」

「……ちょっとした買い物にも、出られないようでは不便だろう?
 ニアに行かせる訳にも行かないし。
 僕の髪は東洋人にしては赤っぽい栗色だから、かなり印象が変わる」

「どうでしょうね。日本の若者はよく髪を染めるようですから
 髪の色であなたを認識する人は少ないと思いますよ」

「ならパーマもあてる?せっかく伸びて来てるし」

「だからそういう前提で話をしないで下さい」


だから日本に夜神を連れて来たくなかったのだ……。
信用に値する人間ではないが、数日なら何とか抑えられると思っていた。

夜神の事だから、外に出ても金髪に尻尾を掴まれるような事はすまいし
知り合いに会っても上手く誤魔化せるかも知れない。

……だが、ニアと私の危険は少しでも回避したい。

次に外に出るのは、出国の為に空港に向かう時、というのが望ましい。


「L……僕からこんな事を言いづらいけど、」

「整形は許可しません。あなたは良いでしょうが、金髪の動画が流出したら
 全世界の前で夜神月を処刑して見せる必要がありますから」

「……」

「月くん。本当は、どこに行きたいんですか?
 その内容如何によっては許さないでもありませんよ」

「……父の……墓参りに」


夜神は、少し俯いて小さな声で言った。


「あなたにしてはしおらしい事を言いますね。
 大体、あなたのせいで亡くなったんでしょう?」

「そう言われると思ったから、言いたくなかったんだ」

「まあ、一番断りにくい理由を出して来たな、とは思っています」


本当だとしたら、図々しいとは思うが納得は出来る。
嘘だとしたら、上手いな、と思うが卑怯だとも思う。


「疑うならお前も着いて来たらいいよ」

「そうですか。では、久しぶりに手錠デートと行きますか」

「……火口を捕まえた時以外、手錠で外に出た覚えはないけど」

「はい。今回もヘリで行きます」

「いやいや、ヘリが止められるような所じゃないから!」

「ならば諦めてください。人目に触れる可能性が高くなります」


言い争っていると、ニアから連絡があった。
やはり、金髪も教授も捕らえられなかったらしいが、マフィアは全て
捕捉したらしい。

金髪や教授とはどういった関わりだったか、少し質問をしてみたが
常に取引の当日しか会わなかったらしく、姿以外何の情報も残していなかった。






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