安楽椅子探偵の一日 6 残された僕はノートPCを持ってソファに移動し、ニトログリセリンに関して調べられる限りの事を調べた。 やはり、狭心症の薬からニトログリセリンを精製するのは素人にはかなり難しい。 しかし、不可能ではない。 知識と、ちょっとした器具があれば。 僕はもう一度被害者の写真を見る。 美しく、万人受けしそうな控えめな笑顔。 だが本当の彼女は全く控えめなどではない、野心家で冒険家だった。 そして頭脳を持っていた。 そんな彼女に惚れた男は……。 時計を見ると、いつの間にか一時間が経過していた。 いくら夜とは言え、大の男が出て行って心配する時間ではない。 だがあいつは土地鑑がないんじゃないか? 業腹ではあるが、一応念の為に電話をしてみる。 冷めたピザの載ったテーブルの上で、呼び出し音が鳴った。 ……あいつ。 携帯も持たずに出て行ったのか。 見知らぬ国で、どうするつもりなんだ? いや、イタリア語は出来た。 その辺りの通行人にジェラート店の場所を訊くくらいの事はするだろう。 だがそれにしては遅い。 物見遊山と言っていた。 この機に、街をぶらぶらと見物しているのだろうか。 今まで一歩たりとも出なかったのに? 僕に対する嫌がらせか? 金属の玄関扉に目を遣る。 こんな物が必要な程、物騒な町。 空港で一瞬でも手を離した荷物が無事だと思うなと言われた。 油断をすればすぐに身ぐるみ剥がれるという……。 僕は、舌打ちをして玄関に向かい、靴を履いた。 重いドアのロックを外し、いつも通り思い切って力を込めて引く。 と、思ったより軽く開いて、尻餅をつきそうになった。 「え?」 「どうも」 件のLが、出て行った時と同じように背を丸めて悠々と入って来る。 丁度帰って来て、僕が扉を引くのと同時に向こう側から押したのか。 「いえ……お金を忘れてしまって」 「……」 ああそうか。 こいつは当たり前だが、現金もカードも持ち歩く習慣がないんだった。 「ジェラート店に着いてから気がついたの」 「というか、この建物から出られませんでした」 「は?」 「二階の鍵が閉まっていて、ポルティーレも留守で……」 ああ、夕方六時になったら管理人室を閉じるんだったか。 だが直ぐ裏の自宅に夫婦のどちらかは居る筈だから呼び出せるじゃないか。 「いや、インターフォンあっただろ?」 「そうなんですか?気がつきませんでした」 「で、今まで何してたんだ?」 「このドアの外で待っていました」 「いやいや、ドアフォンあるだろ?」 「そうなんですか?気がつきませんでした」 「……」 時々、こいつは子どもどころか幼児以下だと思う事もある。 そんな、幼児以下の男に、僕は。 負けたのか……。 「……待ってろ。すぐに買って来てやるから」
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