安楽椅子探偵の一日 5 夕食にはピッツァを焼いた。 こちらのスーパーマーケットは乳製品コーナーがやたら充実していてチーズには事欠かない。 生イーストと水で捏ねただけのシンプルな生地にチーズとソースを乗せ、作り付けのオーブンで焼く。 それだけでやたら旨いので、三日に一度はピッツァを作っていた。 「ワイン飲む?」 「ベーレンアウスレーゼ、まだありましたっけ」 「……あるよ。ピッツァには合わないと思うけど」 そんな老境に入った夫婦のような会話を交わしながら。 「まず、おまえは爆発物は何だったと思う?」 何の前置きもなく始めたが、Lも一切動じなかった。 「一人で扱える量であの威力ですから、ニトログリセリンでしょうね」 「同じ結論だ」 まあ、この位は想定内だ。 今回は単純に、僕に爆薬の知識がなかったから調べる手間を掛けただけ遅かった。 「あと、釈放された男子学生は容疑者から外して良いか?」 「問題ありません」 「で、残りは医学生と妹だが、アリバイに関しては調べようがないから、その辺りは平等とする」 「はい」 やけに素直だな。 Lの推理の中でもそこは重要ではないのか。 「やはり、絞れるのは爆発物の入手先だけだ」 「How done it ですね。私の言った通り」 「……調べてみたんだが、医学生が爆薬を入手するのは不可能に思える」 「ほう。普通に消去法ですか?」 「凡庸で悪かったな」 些か苛々しながらも、否定されない事に気を良くして続ける。 「で。残るは妹なんだが。 彼女には、細くはあるがニトログリセリンを入手する手段があったんだ」 僕は妹のブログから辿って狭心症の祖父が亡くなっている所まで伝えた。 Lは溶けたチーズの上に生クリームを載せて、ニヤリと笑う。 「知ってました」 僕は動揺を抑えて、椅子に背を凭せ掛けた。 「そう。なら、結論は一つだな。犯人は」 「妹」 「被害者自身」 「……」 僕は思わず背もたれから背を浮かせ、それを誤魔化すようについピザに手を伸ばす。 「被害者にも、妹と同じくニトロを手に入れるチャンスがありましたよ」 「……自殺だって言うのか」 「いいえ。事故です」 僕はピザの角を囓りながら眉を顰めた。 「根拠は?」 「言ってもいいんですか?」 「は?何故?」 「私が答えを言ってしまったら、夜神くん口惜しいんじゃないかと思いまして」 「……」 本当に、嫌な事を言う奴だ。 唇に付いたバジルソースを舌で舐め取ると、Lの舐めるような視線を感じる。 「なんだよ。やけに自信満々なんだな」 「私にもあなたにも情報が十分でない以上、完全に正確な推理は望めません。 正しいか否かを判断するのは我々二人です。 しかしそれでも私は、あなたは私の推理に賛成すると考えます」 そういうLの長い指も口の周りも、白いクリームでべたべただ。 僕は黙って濡れタオルをLに差し出した。 「夜神くん。去年ラスベガスで、マジックショーを見たのを覚えていますか?」 「勿論」 ああ。 あの時は確かに、おまえの方が洞察力も知識もあると認めざるを得なかったけれど。 今はおまえの仕事を手伝って、経験値も知識も増えたつもりだ。 元々頭脳では負けてない。 僕は、今朝からのLの台詞を回想してみた。 “被害者の彼女、環境学科でしたよね?何の研究をしていたんですか?” “……何故彼女は、夜明けの実験室で一人で実験していたのでしょう?” 植物から……石油製品を、作る。 具体的に言えば……プラスティック?パラフィン、タール……。 一人で実験……。 僕は加害者に呼び出されたものと思っていたが……他に可能性があるのか? 自殺? ……人に見られたくない実験を、していた? “去年ラスベガスで、マジックショーを見たのを覚えていますか?” 舞台の上では完全に女に見えた、男。 被害者の妹は……妹だよな。 昔の彼氏、男子学生、が、元女性だった可能性はあるかも知れないが、かと言って。 いや、蜘蛛の巣、か? アラミド繊維よりも強い、人工の天然素材。 繊……維? 爆発……繊維……ニトロセルロース? ……ニトログリセリンは、14度で融解する。 とすると。 ニトログリセリンを使って繊維を作る……危険な実験。 “食べ物の好みは?” 「夜神くん」 ……そんな、バカな。 でも。 「夜神くん」 僕には有り得ないが、世間では無い事ではない……。 それで辻褄が合う、のか? 早朝、の、実験室。 吹き飛ばなかった、右の耳。 「夜神くん、ピザはもういいです。 ジェラートのお代わりありませんか?」 「……」 「夜神くん」 「……うるさい」 「はい?」 「うるさい!ちょっと考え事してるんだ! 自分で買って来いよ!いい大人だろ!」 「しかし」 「それともやっぱり僕がいないと外にも出られないのか?」 「……そんな事はありませんよ」 「……」 ああ、こちらこそ大人げなく大きな声を出してしまった。 と思ってLを見ると、背中を丸めたままぺたぺたと玄関に向かい、置いてあって踵の潰れたスニーカーを引っかけてドアを開ける。 「では」 そして最後に振り向いて、僕の顔を見て「怒ってませんよ」とでも言うように口の両端を上げると一言だけ発して出て行った。
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