34.雨にうたれて 「じゃあそういう訳で。ボクは買い物に寄って帰るから」 「ああ。じゃあまたな」 碁会所のエレベーターから降りて。 さて帰ろうと思ったら。 「うっそ。何これ」 「凄い雨だね」 「傘持ってねぇよ。天気予報じゃ今日一日ピーカンじゃなかった?」 「う〜ん、なら、通り雨だろう」 いい天気の筈の昼下がり。 突然の土砂降りに、塔矢とオレは動くに動けなくなった。 「しばらく待とうか」 他の人の邪魔にならないようにエレベーター前を通り過ぎて、 どちらからともなく階段ホールに入る。 オレはいつもの癖で階段を二三段上った所に腰掛けたけど 塔矢もいつもらしく、立ったまま腕を組んで壁にもたれた。 ザーーーー…… 階段の折り返しん所の小さな窓から、雨音が漏れて来る。 「……暇だな。目隠し碁でも、する?」 「そうだな。お先にどうぞ」 「マジか。んじゃ3の五」 塔矢は何故か目隠し碁が得意らしい。 オレは一色碁は練習しなくても何とかなったけど、目隠し碁は 最後まで出来た事がない。 「ええーっと。15の……八?」 「そこはボクが置いてるけど」 「だっけ?」 そこに置けないとなると、練り直さなくちゃならない。 というか、自分の記憶の盤面が既に怪しくなってきたな。 結構集中力使うし。勝てるような気がしないし。 塔矢は、涼しい顔をして物凄い集中してるんだろうか。 子どもっぽいけど、その集中を崩せばお互いぐだぐだになって 勝負ナシってなるんじゃないかと思った。 「んじゃ……あ、そうだ。さっき言ってた買い物って、何だったの?」 「この近所の古書店に、相当古い棋譜集があったんだ。 それを包んで貰うつもりだったが……三時頃には閉まる店だからもう無理だな」 「へぇ。包んで貰うって、誰かにあげるつもりだったの?」 「うん。キミに」 「へ?オレ?」 塔矢を攪乱するつもりが、オレの方が驚かされて 頭の中の碁盤が雲みたいにふわふわと散りそうになる。 「今日。誕生日だろう?」 「あ……そだっけか。よく覚えてたな」 「うん。何となくね」 聞けば、昔から自分の誕生日は周囲の人によく祝って貰えたんで 自分も周囲の人の誕生日に敏感になったんだって言う。 「そういや、去年もオマエだけがおめでとうって言ってくれたんだよな。 ごめん、オレオマエの誕生日聞いたのに忘れてて」 「いいよ。勝手に祝いたいだけだ。今年も、偶々件の棋譜集を 見つけたから、プレゼントしようかと思っただけだし」 「そんな、気ぃ使わなくていいって」 「気を使ってる訳じゃない。で?15の八じゃなくてどこなんだ?」 参った……。 これだけ会話したのに、塔矢の頭の中では碁石が整然と並んでるらしい。 でも、まだ中盤にさしかかったばかりで「ありません」なんて言いたくない。 「えっと。んじゃ15の……四」 「……いいのかそこで」 「え。だめ?」 「プレゼントが出来なくなったから、一子プレゼントするよ。 もう一手続けていいよ」 「えー。いらない」 塔矢は困ったように笑って、「15の五」と続けた。 あ……取られた? 頭の中で、ぐるぐると盤が回る。 本当の碁盤だったら立って反対側に回れば相手の目線になれる。 でも、想像だと……上手く行かない。 まずい。 塔矢が立っててオレが座ってるから、気持ち的に負けてるのかなぁ、 なんて思いながら横を見て、ふと思いついた。 「やっぱ、プレゼントちょうだい」 再度塔矢の集中を乱すべく、丁度目の前にあるジッパーに手を伸ばす。 塔矢は一瞬組んでいた腕をほどきかけて、すぐに組み直した。 「何?」 上目遣いに見上げながら、ゆっくり塔矢のパンツのジッパーを下ろす。 塔矢は困ったような怒ったような顔のまま、見下ろしていた。 「これ」 取り出すと、さすがに微かに牡の匂いがする。 こんな昼間から、こんな誰が来てもおかしくない公共の場所で。 よりによって塔矢のモノを露出させているって事に、 オレは何だかゾクゾクして来た。 「進藤……」 「いただきまーす」 汚いとか気持ち悪いとか、なんでか思わなかった。 状況と、塔矢の困った顔に、何故かオレが興奮した。 ぱく、と口に含み、また見上げると塔矢は相当ひいた顔をしている。 当たり前だ。 目隠し碁がどっか行っちゃえば、それでいいや。 萎えたモノに、何としても勃たせてやる!って何か意地になっちゃって AVを思い出しながら裏をゆっくりと舐め上げる。 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、 わざと音をさせて何度も繰り返すと、塔矢のモノが ぴくり、ぴくりと堅くなってきた。 「ふふっ、感じる?」 「進藤……キミは……」 何だろう。 自分が舐めてるのに、自分が舐められているような感じというか。 ちょっと高いところから見下ろすと、これってAVのワンシーンみたいというか。 興奮する。 自分のジーンズの前も、きつくなってくる。 「キミは、こういう、趣味、なのか?」 苦しげな声に首を振り、自分のモノも取り出した。 塔矢はどんどん大きく堅くなって……萎えていた時からは 想像もつかない程になって、若干コンプレックスを刺激される。 自分のモノもさすりながら、塔矢を銜えて頭の動きを早くすると 「……っ!」 声にならない悲鳴を上げて、塔矢がオレの髪を掴んで引き剥がした。 イッたかと思ったけれど、塔矢のモノは膨れ上がったまま オレの前で揺れ、先から一滴の涙を流していた。 「……もうやめよう」 「どうして?」 「だって。こんな所で、こんな事」 カバンから取り出したティッシュで拭われ、痛そうに収納されていく 塔矢のモノをつい未練がましく見てしまう。 まあ、確かに最後までしてしまうのはリスキーだし色々大変そうだけど。 でも。あー、オレももうちょっとでイけそうだったのにな。 「まだ、途中だったのに」 「それを言うなら目隠し碁もね」 「うー」 忘れてなかったかー! 「……じゃ、続きはオレの部屋でしねえ?」 「キミの部屋だったら、碁盤があるから目隠し碁の意味がない」 「それもいいけど……誕生日プレゼントの方の続きも、くれるんだろ?」 「……」 「オマエとオレと初めて出会って、丁度12年じゃん。 人生の丁度半分、記念して特別なプレゼントがあってもいいんじゃね?」 立ち上がって、階段の壁に手を突いて至近距離で見つめると 塔矢はまた困った顔をした。 「36歳の誕生日にも、そんな事を言いだしそうだな」 「かもね」 「……ボクにはそういう嗜好は、ないんだけど」 「オレもだよ。でも、しっかり勃ってたくせに」 「それは」 迷ってる。 戸惑っている。 自分でもびっくりするくらい、男に拒否反応が出なかった事に。 オレも同じだから、よく分かる。 「行くぜ」 迷いを断ち切らせるように先に立って歩き出すと、 少し置いて、エレベーターホールに革靴の足音が響き出した。 「……まず、碁だぞ」 「ああ」 「キミが、目隠し碁の盤面を正確に碁盤に再現出来たら、だぞ」 「逃げるなよ。そこは、まあプレゼントって事で」 音で着いて来てんの確認してたから、顔見てなくて信じらんないんだけど 後ろで小さく「チッ」という音がした気がした。 塔矢が、舌打ち? 「……誕生日おめでとう」 首のすぐ後ろで囁かれてびっくりしてると、塔矢がオレを追い抜いて スタスタと躊躇いもなく土砂降りの中へ歩き出して行く。 振り返りざまにこちらに手を差し出して、 「キミこそ、逃げるなよ!」 蘇る、12歳のあの時と同じ雨。同じ凄烈さ。 塔矢の思い切りの良さに、今更「惚れそうだ」と思いながら オレも、滝のような雨の中に飛び出して行った。 -了- ※2010の進藤ヒカル誕生日おめでとうございます。 進藤ヒカル誕生日祭に遅ればせながら参加させていただきたくて 書きました。(大津さん今年もありがとうございます!) 最後のヒカルのセリフは「惚れてまうやろー!」とどちらが良いのか未だに悩んでいます。 因みに、この69題でもう一つ祝ったりもしました。 27.冒涜的行為長い、雰囲気暗い、ラブラブじゃないの三重苦ですが。 よろしければ、どうぞ。
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