015:ニューロン
015:ニューロン









進藤に「オマエオレのこと好き?」と聞かれた。

「そんなの分からない。」と答えた。





これは本当だ。
進藤はライバル。それ以上にもそれ以下にも思ったことがない。
格下の者は先方はともかくこちらとしては悪いがライバルとは思えない。
かといって遥か高みにいる父などは畏怖すべき対象で、ライバルなどと恐れ多い。

それに同じ年というのも大きいかも知れず、
どう考えても進藤はボクの生涯の唯一のライバルだ。

それを好きだとか嫌いだとかいうのは何か違うと思う。

「唯一」という点ではかけがえのない人だし、それは「好き」に似ているかも知れない。
でも「ライバル」だと思うと、進藤だけは好きになってはいけない人のような気がする。

そういうわけで「そんなの分からない。」なのだ。






「じゃあ、教えてやるよ。」


と進藤は言ってボクを自宅の部屋に連れ込み、ボクの中に分け入ってきた。
何事かが終わった後、彼が言う。


「なんでされるがままな訳?嫌じゃねえの?」


嫌と言えば痛いのは嫌だったが、幼い頃から嫌と言うのこそ嫌だった。
注射でも歯医者でもなんでもない顔をして耐えてきた。
「小さいのに偉いねぇ。」と必ず褒められた。


「そういうのってさ、自己主張がないってえか、何か変だよ。」


確かにボクは碁以外の事で自己主張する術を知らないかも知れない。
というか特に主張したい自己もない。
そしてそれで構わないと思っている。

我慢をすれば褒められこそすれそんなに不満そうな顔をされる謂われはない。
と言うと


「オマエって面白い。」


と言われた。


「そんなところも、好きだよ。」


と言われた。

二人の間に「好き」「嫌い」という選択肢が本当に存在することを知った。



ニューロンを思い出す。

昨夜見たテレビ。脳神経細胞ニューロンのCG。
アメーバ状の本体から枝が出て他のニューロンと繋がり、複雑な回路を形作る。
電気パルスとして枝を伝った情報は、シナプスを通り別のニューロンに伝達される。

彼とボクという二つのニューロンを繋ぐのは「碁」という名の回路だけだと思っていたのに
そしてその回路は太く強く、それだけで十分だと思っていたのに。

今日はそこを感情と言う名の情報が伝わってくる。

さっきの行為も、それを具象化したものだと理解した。
でもその複雑な電気信号を、

ボクはどう受け止めていいのか分からない。






「あのな、じゃあな、とにかく今日からオマエはオレのもんな。」


オレの・・・もんと言われても。


「ボクはキミのライバルじゃないのか。」

「うん、碁を打ってるときはライバル。でも、碁打ちじゃない時の塔矢アキラは、オレのもん。」


はあ。
一体どうしたらいいのか、何と返せばいいのか困ったが
今まで誰もボクの所有権を主張しなかったから、いいのかと思った。


「あ、でも・・・。」


ボクは他にも沢山のニューロンと繋がっている。
そして一応ボクの所有権は両親にあるような気がする。


「分かった。じゃあ、碁を打ってなくて親といない時のオマエは全部オレのもん。」


随分欲張りだ。


「もっとオマエを手に入れようと思ったら、塔矢先生にオマエを下さいって
 言わなきゃいけないのかな。」


う〜ん。そうかも知れない。でもあの父がそれで是と言うものだろうか。
何事も言ったもの勝ちなのかも知れないけれど。
と、そう言えば


「キミは誰の物なんだ?」

「オレ?」

「そう。」


今まで誰かキミの所有権を主張した人がいるのか。


「オレはオマエのもんだよ。オマエと同じで、親の取り分と碁に使う分をのけたら、
 全部オマエのもん。」


それは・・・・・知らなかった。
それとも今くれたんだろうか。


今は親御さんもいないし碁も打っていないから、この髪も、目も、指も、背中も、足も、
全部ボクの物だと思ったら、とても嬉しくなった。


微笑んでいる顔に、おずおずと触れてみる。
首から肩を撫で下ろして、二の腕を掴んでみる。
髪の毛を指に絡ませてみる。
抱きついてみる。

電気信号ではない、リアルな暖かい接触。


進藤は全然嫌がらず、にこにこしながらボクを抱きしめ、やがて押し倒した。


「もう一度、しよ。」


あの痛い思いをもう一度するのか。
でも、ボクは彼の物になったんだし、それで彼と繋がっていられるのなら、そうしたい。

またCG映像が、頭に浮かぶ。
ニューロンから出た突起の中を電気パルスが光りながら伝い走り、別の細胞に入り込む。

ボクも彼のパルスを受け取りたいと思った。


「うん。」


この肯定は、「嫌ではない」ではない。

いつもと変わらないように聞こえるかも知れないけれど、
ボクとしてはかなりの自己主張なんだ。









−了−







※説明しよう!させてくれ!

  先日チャットで盛り上がった(いやあれだけ人数が居て盛り上がってたのは私一人かも)

  「泥酔して前後不覚になって泣きながら『ひかるぅ』と言いながら入れるアキラさん」

  その後も「ってことは乙女回路な受けアキラさんが飲み過ぎてご乱心、」
  などと孤独に妄想を膨らませた挙げ句、014:ビデオショップ、今回の015:ニューロンで
  ネタ振りをして来た訳なんですが、ここに至ってやはりそれでも無理、と頓挫。

  そういう事情で無駄に乙女(というかバカ)なアキラさんでした。
 
  それにしてもなんという洒落たお題でしょう。なかなか日常で使わない言葉ですよね。
  むずかしいっちゅーの。





追記:この彼等の続きをリクエストいただきました→「開かずの間」


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