033:白鷺(前編)








オレは賭けに、負けた。




かなり高い確率で、塔矢を買った奴がオレも落札すると思った。
だから自分を売ったのだけれど。

ここには、塔矢はいない。

後で聞いた話では塔矢を落札したのは中国系の古いマフィアの頭で
碁狂いのジジィらしい。
そして、オレの「主人」の家とは因縁のライバルで。


「ちょっとした、いやがらせだ。」


あいつは、嗤った。






碁のライバルで恋人でもあった塔矢アキラが消えて数ヶ月。
その直前、彼が生まれつき16歳の誕生日にはオークションで売られる「商品」なのだと
聞いていたオレは、組織に手を回して貰って翌年に自分を売った。

けど、オレを買ったのは塔矢を買ったのとは別人だった。

塔矢が居るのは地球の反対側だと知った時
オレは・・・。




そこは熱くて乾いた風の吹く砂の国だった。
とても静かだったから、多分ドンパチやってる国からは遠いと思う。

自家用ヘリに乗せられて着いたのは砂漠の中に突然現れた城。
「白亜」って字面だけ知ってて、どんな時に使うんだと思ってたけど
ああ、こういうのんか、って納得した。
そんな建物だ。

日本語通訳の濃い顔をしたアラブ人と一緒に長くて四角い池のそばを歩いて
やっと玄関みたいな所を入っても、また長い、天井の高い廊下をずんずん進んで
漸く着いた広間の床は赤とか青の石がはめ込んであって花の絵になっていた。

奥に、ベルサイユ宮殿みたいな(って知らないけどさ)ソファがあって
そこにはこれまた睫毛の濃いい若い男が座っている。
白くて長い服を着ていた。

そいつがオレの、「主人」だった。


その時のオレは、まだ塔矢に会えるんじゃないかって期待に胸を膨らませていて
通じない事が分かっていても口にせずにはいられなかった。

「トウヤアキラ」と、微笑みながらおずおずと。

ソイツは、片頬で薄く笑った。

嫌な予感に、どっと背中に冷たい汗が噴き出す。
案の定男は、「気の毒だったな」と言った。(実際日本語で言ってくれたのは通訳だけど)

話では、オレがオークションに出た時のプロフィールで
塔矢アキラを追っている事は誰にでも分かったらしい。
だから客はみんなこれはウォン(塔矢の『主人』の名前らしい)の買い物だと思って
遠慮して手を出さなかったのに、こいつが!終了直前に入札しやがったんだ。


「ちょっとした、嫌がらせだ。以前私が欲しかった宝石を
 彼が同じ方法でかすめ取ってしまった事があってね。」


悔しがってももう遅い。

オレは賭けに、負けたんだ。

男が翳した小さな鍵に、全てが崩れ去ったような気がして。
目を閉じて、首を差し出した。

その晩から、オレは奴隷になった。




それでも最初は逃げようかと思った。
かなり自由に歩き回れたからさ。
でも、敷地を一歩出ればどっちを向いても白い景色ばかりの砂漠の真ん中だ。

奇跡的に水の豊富な井戸と、石油を使った自家発電機。
多分元々オアシスと言われるような場所の上に建っているんだろう。
砂漠の真ん中に咲いた枯れない花のようなオレの牢獄。

使用人は割とワイシャツにスラックス、なんて格好もしてたけど
オレは強制的に白くて長〜いシャツみたいなん着せられて頭に布をかぶるような
アラビア風の格好をさせられた。

主人は、自分でさせておいて東洋人がそんな格好をしているのが面白いらしくよく笑う。
イスラム教に改宗しろとも言われたけど、もともと宗教なんてないし、ヤだってったら
これは意外にもしつこくはされなかった。

ただ、日に5度は礼拝?させられるし、日中何も食わせてくれない時もある。
なんか宗教上の理由みたいだけど、よく分かんない。
どうでもいい。

オレは逃げられないと、もう塔矢に会えないと、分かった時から
少しづつ死に始めていた。

心が、すり減っていく。
「進藤ヒカル」の形をした、別の何かになって行く。





言葉が分からないし、覚える気もないから主人とのコミュニケーションは
セックスだけだった。
舐めろとか、乗れとか、仕草で大体分かる。
それに基本的にオレは動かないから、主人は人形相手よろしく
変な格好をさせてみたり、縛ってみたり。
自由にオレの体で遊んでいた。

けれど、オレは何も反応しなかった。
二人を冷たい目で眺める、もう一人のオレが居るだけだ。


主人はそれが気に食わないらしく、だんだん怒鳴り散らすようになってきた。
っつってもさ、何言ってるか全然分かんないしオレには関係ないんだけど。

その内、鞭が出てきた。
やだね、砂漠の人は気が荒くて。

剥き出しの尻や背中をひっぱたかれて、皮が剥がれたかと思うほど痛かった。
それでもオレは歯を食いしばる。
「やめてくれ」とか「助けてくれ」とか、
どんな言葉でもコイツに向かってしゃべりかけたくなかった。

だって知らないだろう、
オレと塔矢がどんなに好きあっていたか。
二人して、どんなにワクワクする碁を打っていたか。
どんな思いで惹かれ合い、心を溶かしあったか。

たった一度の間接キスが、どれ程切なかったか。

許さない。
他人の一生の恋を、「ちょっとしたいやがらせ」で終わらせたアンタを。

けど、アンタはお金を出してオレを買ったんだし、オレもそれを承知で身売りしたんだからね。
オレの身体は自由にしたらいいよ。
でも、オレの心は塔矢のもので。
塔矢に会えないのなら水を貰えない花と同じ。

だから、どうか、ただ枯れて散るままにさせてくれ。


オレが何も言わない事に業を煮やしたアイツは、その内鞭の柄をオレの尻に突っ込んで
何か喚きながら出て行った。
しばらくして自分で抜くと、ぬるぬると固まりかけた血が出てきた。




それから主人はしばらく来なかったけど、傷が治った頃にまたやってきた。
やっぱりオレが反応しないと、指を鳴らして5人ぐらいの男を引き入れる。

その時はさすがに、泣いた。
本気でヤり殺されるかと思ったじゃんかよ。
口で優しく愛撫してくれる奴もいたけど、乱暴に足首を掴んでブチ込んで来る奴もいて
結局5人共に輪姦されたと思うけど、よく覚えていない。
もう下半身が痺れて感覚がなくなって記憶に残ってるのは、ただ口をぱくぱくさせながら
早く終わんねーかな、なんて天井の端っこの飾りを見つめていた事。

やべーな。
このまま殺されるかも。

・・・まぁ、それもアリか。

だってこの砂の国には、オレに必要な水が、ない。




この国では珍しい事じゃないのか、主人の愛人はオレ一人じゃないようだ。
男か女か知らないし興味もないけど、主人がオレの所に来るのは何日かに一回。
相変わらず酷いセックスだったけど、それでも耐えられたのはそのせい。

だが、ある時から、耐えられる自信がなくなった。
日本語が出来る通訳の男を伴って来るようになったんだ。

どういう神経してんだか。
主人がオレを組み敷いているベッドから少し離れた椅子に座り、
その眼鏡の生真面目そうな通訳はかしこまっている。


××××××、××××××××

「?」

「『アキラも今こんな事をしているかも知れない』、言っています。」

「!!」


今まで出来るだけ目を逸らそうとしていた事。
塔矢も遠い国でこんな痛みを、屈辱を味わっているかも知れないと思うと気が狂いそうだった。


『でも彼は、頭が良さそうだったから今頃狎れて一人前の男娼になっているかな?』


ぷつ、と。
頭の中で血管が爆発した音が聞こえたような気がした。
オレが男に言い返したのは、それが初めてだ。


「今度塔矢を侮辱したら、許さない。」


躊躇いながら通訳された言葉を聞いて、男は大笑いした。


『あのヒヒジジィはいやらしいんだ。』

『自分のモノは役に立たなくても、』

『こうやって、ねっとりと可愛がって、』

『おまえのオトモダチもきっとヒィヒィ言ってよがってる。』


オレの身体を塔矢に見立てて、老人のように力を抜いた指で肌の上を撫で回し
乳首を押したり尻に尖らせた舌を突っ込んだりした。


『アキラのあの取り澄ました顔も、きっと今のおまえのように、』


ゾクリ、と鳥肌が立った。
オレは初めて感じて、男の手の中に飛ばしてしまった。




それからは地獄の日々だった。

主人は必ず通訳を伴ってきて、ベッドの上で塔矢やその主人の話をするようになり、
オレを「アキラ」と呼びながら犯すようになった。

オレは、どうしようもなく興奮した。
だんだん自分が塔矢になって、抱かれているような気さえしてきたんだ。

いつもここに、塔矢が居る。
自分の中に。

よく分からない、何考えてんだオレ、と思いながらも、
嫌になるほど身体は反応して。
拙い事に生きる気力まで湧いてきてしまったんだ。

そんな所へ、主人が長旅に出ることになった。

・・・寂しいとかそんなんじゃなくて。
オレを「アキラ」と呼んでくれるのは、奴だけだから。

主人がいなくなってからオレは決して鏡を見なくなった。
一人でヤる時、「進藤、」と呼んだ。

変態だと思った。







何でこんなに暑いのに、長袖に頭にも布かぶってんだと思ってたけど、
外に出ると分かる。
日射しが痛い。

空気が乾燥しているから肌と布の間に湿気が溜まって暑いって事もなくて
もう服が日傘って感じ。
頭の輪っかは鬱陶しいけどな。

愛人って辛いな。
性奴隷の方がまだ良かったかも。

次々使用人がやってきて、やたら世話を焼こうとするのが鬱陶しくて
オレはよく庭の木陰に逃げた。
水辺に広葉樹が茂り、砂漠の中だってのに虫がいる。
ビオトープみたいにこん中で生態系が出来てんだろうか。

白い布をかぶって丸まって寝ていると、さなぎになったような気がする。
目が覚めて布を捲ったら、オレの部屋か近所の公園で、
塔矢が「起きたか?」って笑いながら覗き込んでくれて。

なんて妄想にひたってたら、肩を揺すられた。
目を開けると、眼鏡に黒の大きなチェックの布。
主人の通訳だ。


「・・・帰ってたの?」

「さっき戻りました。」


あー、そういやヘリの音がしてたか。


「ご主人様が呼んでいます。いい知らせがあると思います。」

「いい知らせ?」

「はい・・・いや、いい知らせとも言えないかも知れませんが・・・。」




広間に行くと、主人がいた。


『イカールを付けて置けと言っただろう』

「だって頭が締め付けられて痛いんだもん。」


それでも何故か、上機嫌で招き寄せる。
子どもか人形のようにオレを膝の上に抱き、突然


『アキラに会ってきたぞ。』


・・・固まってしまった。

急に、何を、言うんだろう、
今ってそんな、
塔矢の名前出すような、
タイミングじゃない、じゃん。

なんて変な事考えて一瞬本当に息も止まった。
手がぶるぶると震えてきて、みっともねー。
けどどうしようもなくて、ただ布をぎゅって握って。
ああこれじゃマジコドモみたいじゃん、って。

思考が逃げる。
現実から離れたがっている。
もうちょい、猶予が欲しいんだよ、そういうのって。


塔矢に。
会ったって。

『塔矢』が、現実世界にいるだなんて。


時間が一気に戻る。
棋院の廊下、塔矢先生の碁会所、
塔矢と過ごした場所が空気が匂いが甦って
オレは一瞬ここがどこか忘れた。


そうだ、塔矢はオレの恋人だった。

・・・会いたい。



『・・・が自慢げに連れ歩いていたよ。美しいペットだ。
 中国語も覚えたんだろうな、もうまるで生粋の中国人のように・・・』


ぺらぺらとしゃべる主人の言葉を、訳していた通訳の言葉が止まった。


・・・会いたいんだ。


「ヒカル様。ご主人様が、アキラに会う方法があると言っている。」


・・・え?






塔矢に会う為なら、何でもするとオレは意気込んで言ったけど、
その条件は簡単なことだった。

囲碁の対決で、勝つというもの。

オレは碁盤と碁石、そして手に入る限りの棋譜を用意して貰って
久しぶりに碁の勉強に没頭した。

相手は誰だろう。
主人は全く碁が分からないみたいだし、プロのオレと対局させるってんだから
弱い奴ではないだろう。
でも誰であっても関係ない。
塔矢に会う為なら塔矢先生にだって勝ってみせる。


「負けたらどうなる?」

『私の顔に泥を塗るというのなら、おまえの命で贖え。
 しかし、勝てばアキラをここに呼べる。』


ああ・・・、そういう事か。
いいよ。
また塔矢と一緒になれる可能性があるのなら、命を賭ける価値がある。




久しぶりに触った碁石はひんやりしていて、初めて碁石に触ったときの事を
まざまざと思い出した。
ぴし、と盤に打ち付けると、涙が出る程懐かしくなる。
空気が乾燥しているせいか、記憶にある音より少し高いような気もする。

佐為。
どうか、力を貸してくれ。
見守っていてくれ。




「ヒカル様。勝てる自信はありますか?」

「ああ。勝つよ。」

「・・・もしかしたら、ヒカル様より強い相手かも知れませんよ。」

「だとしても、勝つ。」


通訳は、何とも言えない、痛々しそうな目でオレを見た。
多分相手を知っているんだろう。
もしかして、ホントに強い奴なのかも知れない。
本来なら、オレが勝てる相手じゃないのかも知れない。

でも、関係ないよ。
やるだけだ。







−続く−







※冬なのに暑苦しい。
  塔矢誕生日企画なのに、誕生日が出てくるのは次回。






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