032:鍵穴 「別れてくれ。」 塔矢にそう言われたとき、耳を疑った。 だって、オレ達凄く上手く行ってたじゃん! 好きだって、オレと恋が出来て幸せだって言ってくれたじゃん! 「う・・・そ。」 「・・・・・・。」 「な、何で?どうして?」 と、問い詰めながら、あいた、と心の中の棘が甦った。 そういえば・・・オレ達は、実はキスもしていない。 抱きしめれば痛いほどに抱きかえしてくれたけれど、唇を寄せれば必ず顔を逸らされた。 勿論それ以上の行為も同様で、思いあまって服を脱がせようとした事もあるんだけれど きっぱりと断られた。 オレは・・・単純に恥ずかしがっているもんだと、時間が経てばその内許してくれると、 そう思っていたけれど。 「そんなにイヤ・・・だった?」 「え?」 「その、オレがおまえに触りたがるの。」 「・・・・・・。」 「だって!仕方ないよ、好きだったらしたいもん、相手が男だって、」 「・・・・・・。」 「あ、でも!でも、おまえがイヤってんならもう絶対、しない。我慢する。好きだから。 だから・・・別れるなんて、言わないで。お願い、だから・・・。」 「ごめん・・・。」 ニベもない。 塔矢の本当に申し訳なさそう、という顔を見ると、本気なんだ・・・というのが分かって オレはいっそう呆然としてしまった。 「オレの事、嫌いになったんだ・・・?」 「違う。それはない。」 「だって、じゃなかったら、どうして・・・。」 「・・・・・・そう、だよね。納得いかないよね・・・。 本当は、僕だってキミと離れたくないし・・・・・・したい。」 え?今、なんて? 「・・・キミに、抱かれたい。キミと、セックスしたい。」 「うそ・・・。」 「・・・こんなに恥ずかしい事言わせておいて、疑うな!」 真っ赤になった塔矢に堪らなくなって、抱きつこうとしたけれどやっぱり逃げられて オレの腕はスカッと宙を掴んだ。 「だけど・・・ダメなんだ・・・。実は、最初から今別れなければならない事は決まっていた。」 「??」 「それを言えなかったのは、僕の弱さで、落ち度だ・・・。 だから、今からその理由を言うから、それが僕の精一杯の誠意だと思ってくれ。」 「・・・わけ、分かんないんだけど、言い訳するっての?」 「本当は誰にも言ってはいけない秘密なんだ。」 何を勿体ぶってんだろう、と思ったら、自分の首に手を伸ばして、ちゃら、と銀色の鎖に触れる。 そのネックレスの存在には付き合い始めた頃から気付いていた。 あんま趣味良くねぇけど意外とオシャレさん?それとも何かのお守り? 疑問に思って何回か聞いてみたけれど、笑うばかりで答えてくれたことはない。 その継ぎ目は小さい鍵で繋がれていて、それを外さなければ塔矢の頭は通らない、 そんな長さ。 鍵をなくしたのかとも思ったけれど、本気で外したければ切ればいいだけだから やっぱりつけたくてつけてるんだろう、その程度の事しか思わなかった。 だが、塔矢の口から語られたその鎖の真実は、驚くべき、というか信じられない話だった。 ・・・どこからどうやって話したらいいのか・・・。 ああ、親の話から始めようか。 実は父、塔矢行洋は僕の本当の父ではない。 ただの養い親なんだ。 本当の父親・・・?そんなものはいないよ。 とにかく父の役目は僕を育て、囲碁の技術を教えて「プレミアム」をつけること。 「プレミアム」の意味? ああ・・・芸があると、高く売れるからね・・・。 大概はプロという程にはならないけれど、それなりに芸を身に付け、自分の価値を高める。 僕みたいにプロにまでなるのは珍しいんじゃないかな。 多分元々向いていたんだろう、教えられなくても囲碁が何より楽しかったし。 でもそういう子、偶にいるよ。 幼い頃から「天才バイオリニスト」としてもてはやされたり。 メディアへの露出も別に悪い事じゃない。 そうする事によって「客」の目にも止まるし、特にヘマをしなければそれも付加価値になるだろうしね。 僕はね、多分作戦上だと思うんだけれど。 小さい頃から囲碁の腕だけを流して、顔は出来るだけ流出させなかった。 逆にそれが「客」の興味を惹き・・・そして満を持して公共のメディアでのお披露目。 自分で言うのは何だけど、僕は碁の腕以外にも幸運にもなかなか姿が良かったから、 インパクトのあるデビューではあったと思う。 ・・・え? あ、ごめん。肝心なこと、言ってなかったか・・・。 あのね・・・僕は、生まれつき・・・「商品」なんだ。 何の話か分からないって? そうだよね。うん、それが普通だと思う。 最初から説明すると・・・まぁ、そういう組織があって、世界中の金持ちに「商品」を売ってるんだ。 オークション形式で。 気が長い話なんだけど、まあ道楽っていうのはそんなものだから。 つまり、子ども達に幼い頃から芸を仕込み、それをアピールしながら少しづつ客たちに紹介していく。 「客」たちはその成長を楽しみながら、どの子を落札しようか目を付けていく。 本当に、何年かがかりの悠長な取引だよ。 それで・・・その子の16歳の誕生日に、オークションが行われるんだ。 うん、落札されたら身も心もその人の物になるし、殺されても文句は言えないよ。 まあ高い金出して買って、すぐ殺すような人もいないだろうけど。 そう、だね。「奴隷」という言い方でもいい。 いやいやまさか!父は僕に指一本触れてないよ。 その日までいかなる性交渉も持ってはいけないし(それもプレミアムだからね) 異性と付き合う事も許されないっていう規定もあるんだ。 だからキミとの付き合いは・・・本当にギリギリだった。 キミが異性だったら付き合えない所だったし、あの抱擁も・・・性的な意味はない、って 自分に言い聞かせて言い聞かせて、やっと、だったんだ。 他の子どもたちは、恋の一つも知らずに売られていく。 僕は、キミと恋愛できて、本当に幸運だったんだよ・・・。 ・・・碁? ああ、プロとして続けていけるかどうかっていうのは新しい主人次第だ。 でもどこの国の人に落札されるか分からないし。 そりゃあ、僕を使ってお金を稼ごうが、その人の自由だけれど。 碁打ちの収入程度が問題になるような人は、きっとそのオークションに参加もしないと思う。 だから、多分プロではいられないんじゃないかってね。 覚悟はしている。 さっき言ったバイオリニストね。 テレビで映ったとき、これと同じ鎖つけてたから同類だなって気付いたんだけど。 将来を嘱望されていた割りに、最近全く噂を聞かないんだ。 多分、スランプとか才能が枯渇したとか、そんなんじゃない。 今も世界のどこかで誰かのために、たった一人のご主人の為に、演奏してるんだ。 きっと。 あと一ヶ月だ。 前評判では、僕は東洋人では久々に高額取引になりそうな気配らしいよ。 嬉しそう、って。まあ、自分に高い価値があると言われたら嬉しくない訳もないし。 狂ってる? うん。そうかも知れない。 でも小さい頃からそのように仕込まれていたし、諦め、という程のものでもなくて そういうものだな・・・って。 だから最初から誰かに恋愛感情を持つ事も、性欲を覚える事もない、と思ってたんだ。 ただ碁だけに打ち込んでいればいいって。 なのにキミと初めて打ったとき、凄くどきどきした。 これは恋愛じゃない、碁に対する執着だけだって自分に言い聞かせながら追いかけ続けた。 でも後で思えば、あれは恋以外の何者でもなかったな・・・。 自分の中にあんな情熱があったなんて、知らなかった。 舞い上がったり、落ち込んだり。 キミのお陰だよ。 楽しかったよ。とても。 ああ、勿論付き合あえるようになってからも。 触れ合う事は出来なくても、天国のような毎日だった。 ありがとう。 本当に。 ・・・そりゃあ売られたら無事ではいられないだろうね。基本的に性奴隷だろうし。 願わくばあまり乱暴な人や飽きっぽい人には落札されたくないな。 ああ・・・それは無理だよ。 世界中のどこに逃げたって必ず捕まる。 それだけの力を持った組織じゃないと、こんな商売していられないよ。 鎖? ああ、別に爆弾とかGPSじゃない。 単純に「新品」ですよ、っていうタグみたいなもので。 落札者は僕と、組織からこれの鍵を受け取る。 そりゃ切ろうと思えば簡単に切れるさ。タグだって言っただろう? でもやたら切ってわざわざ自分を「新古品」みたいな扱いにしなくてもいいじゃないか。 ごめん・・・それも、無理だ。 僕の知る限り、そのオークションに参加できそうな程の財力を持った人は父ぐらいだ。 多分、父でも落札は難しいんじゃないだろうか。 うん・・・だから。無理なんだ。 ・・・好きだよ。 本当だよ。 誰よりも、誰よりも、好きだった。 けれど、 さようなら。 ・・・・・・・・・・・・・ その翌月の師走。 突然塔矢アキラの消息が絶えるまでに、オレ達はもう二度ほど会った。 「前は飽きっぽい人に落札されたくないって言ったけど、やっぱり飽きっぽい人がいい。」 「どうして?」 「飽きたらね、転売するっていうのもよくある事らしいんだ。 勿論最初よりだいぶ値が下がるから・・・その頃にはキミも、僕を落札出来る程の 財力を持っているかも知れない。」 だから、碁をやめないで。 うんと強くなって、沢山のタイトルを取って。 そういって白い息を吐きながら、アイツは笑った。 最後に会った時は、何も言わず缶コーヒーを買って、一口飲んでからくれた。 最初で最後の、間接キス。 飲みながら、目尻から涙が溢れた。 飲み終わるのが怖くて、いつまでもその缶に口を付けていた。 ・・・・・・・・・・・・・ 塔矢の居ない世界は、まるでモノクロームの映画。 たった一つの色彩のような、恋だった。 ・・・・・・・・・・・・・ 数ヶ月後。 行洋先生を、どうやって強迫したのかは、言わない。 先生がどういったコネクションを使ってどう立ち回ったのかも知らない。 けれど翌年の誕生日の今日、オレは鍵の掛かった鎖を付けて裸でベルベットの椅子に座り、 中継カメラに向かって笑いかけている。 飛び入りの「商品」だが、オレのプロフィールは既にテロップで流れているはずだ。 17歳だから、開始価格は低い。 「・・・碁ってのはね、一人じゃ打てないんだよ。」 モニタの向こう側にいる大勢の参加者、観客に向かって話しかける。 でもオレのターゲットはたった一人だ。 碁に、興味がない筈はない。 「ソイツ」が酔狂な奴だったらいいんだけど。 「等しい力量を持った者が打って初めて『神の一手』が極められるんだ。」 いずれにせよ、行方不明の棋士が、一人増える。 −了− ※最初貞操帯の鍵にしようかと思ってたんですが笑えてしまったのでやめました。 一応ヒカル誕生日企画・・・ちょっと違いますか。 |
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