そして俺は途方に暮れる 後編 それから、伊角と付き合うようになった。 とは言っても偶にドライブをしたり、こうして部屋で打ったり。 ごく稀に(自分的には)巫山戯て肩を抱いたりすると、始めは身を竦めていたが 少しづつおずおずとではあるが、凭れ掛かったりしてくるようになった。 キスも徐々に深くなっている。 けれど、そこまでだった。 それ以上は距離が縮まらない。 それは主に、オレのせいだ。 進藤に近しい彼を、進藤に失恋した彼を、その身代わりにしている。 コイツに進藤を投影している。 勿論本人には言わないし、その事に後ろめたさなど感じてはいなかったつもりだが どこかに目に見えないブレーキがあるのだろう。 このまま抱いてしまうのは違う、と思う。 恐らくそれは、伊角に対する思いやりなどではない。 自分の為なのだ。 自分の・・・笑ってしまう単語だが「純情」。 進藤でなければ駄目なのだと。 進藤以外の誰も、その代わりになれないのだと。 だからせめて、伊角の前で進藤の名を出すことは極力避ける事にした。 同時に伊角にも出させない。 そして、「好き」だなんて言わせない。 言わない。 中途半端が似合いなんだ。オレ達には。 なのに・・・・・・。 「オレの手が、進藤に似ていたか?」 「ええ」 虚を突かれたというのだろうか。 咄嗟にまともな返事が出来なかった。 けれど、考えてみればない事ではない。 オレは誰よりも、奴の棋譜をよく見ている。 「そうか・・・。だとしても、いや、だとしたら、おまえの眼力も大したものだ。 それが分かるのだから」 「・・・・・・」 伊角はまた目を伏せて薄く微笑む。 大人しい男だ。 その表情は少し淋しげにも見えた。 「・・・偶然です。昨日も進藤たちとファミレスに行って、沢山の棋譜の検討をしたから」 「・・・・・・」 「その時アイツが、オレならこう打つと言っていた手に、今のが似ていたんです」 「・・・・・・」 ・・・これは・・・一体何だ? 罠か? もう進藤と、以前の友人関係を取り戻したのか? おまえはそんなに器用な奴だったか? 「緒方先生」 オレを真っ直ぐに見る事の殆どない視線が、今は睨み付けるように射すくめる。 それを、オレはいつものように軽く受け流す事が出来ない。 「誤解していらっしゃると思いました。けれど、その誤解を解くと別の誤解を 招きかねないので黙っていました。すみません」 そう、か・・・なるほど。 自分の勘違いに、笑えてしまうと同時に相手がどこまで気付いているのかと 冷や汗が流れる。 「オレが好きだったのは、進藤じゃありません」 「ああ・・・らしいな。しかし、結果としては同じだろう?」 「ええ」 伊角が告白をしたのは、進藤じゃない。 ・・・塔矢アキラだったのだ・・・。 そしてそのアキラが言った「他の好きな男」は、間違いなく進藤だろう。 なるほど、オレは伊角に対する思いを同病憐れむようなものだと思っていたが 微妙に違った訳だ。 けれども進藤とアキラ、どちらにしろ思いを寄せていれば思い知らずにはいられない。 彼等の間に、何人たりとも割り込む事など出来ない事を。 二人の、刺し合うような、殺し合うような、絡みつくような、溶け合うような棋譜。 見る者が見れば、お互いがどれ程特別な存在かが分かってしまう 危うい棋譜。 オレは、彼等の棋譜を見るのが好きだった。 マゾヒスティックな快感を覚えている訳ではない。 例えて言うならば、好きな女優のベッドシーンのようなものだ。 伊角にとってはどうだったのだろう。 彼ならばアキラの棋譜はいくらでも見ているだろうから、その中に進藤との対局も ある筈だ。 食い入るように見入っただろうか。 それとも目を逸らしただろうか。 「先生」 呼びかけられてふっと焦点を合わせる。 伊角に顔を向けてはいたが、見てはいなかった。 「・・・オレは、勘違いをしていたんですか?」 「え・・・」 咄嗟に理解できない。思考が元の路線に戻らない。 先程まで、彼は一体何の話をしていたのだったか。 好きだったのは進藤ではない・・・誤解を解くと別の誤解が・・・。 で、勘違い? やはり繋がらないじゃないか。オレのせいじゃない。 「オレが好きだったのは塔矢アキラでした」 「ああ」 「何故それを言わなかったかと言えば、」 伊角は一瞬目を逸らし、下唇を噛んでから、また真っ直ぐにオレを睨み付けた。 「塔矢の兄弟子だから、あなたに近づいたと思われたくなかったからです」 「・・・・・・」 オレは不審げに眉を顰めたと思う。 そしてこの表情が相手を怯えさせる事を知ってはいたが、やめなかった。 伊角はそれでも、勇を鼓するようにじゃら、と殊更音を立てて碁笥に指先を入れ 「あなたを塔矢の身代わりにしていると、思われたくなかったからです」 ぱち。 辺りに、場違いな乾いた音が響いた。 岡目八目とはよく言ったもので。 他人の事はよく見えても自分の事となると見えないものだ。 目の前の碁盤を見る。 伊角の黒。オレの白。 いつの間にか、ノビた黒が白を絡め取っていた。 そう、盤上のあちらこちらで。 有利不利に関わらず、黒は自分の手を作らず執拗なまでに白に絡んでいる。 それは淫靡な程に。 と、突然その石は、じゃらっと高い音を立てて散った。 伊角が盤に手を突いて、こちらに身を乗り出して来ている。 「行儀の悪い真似をするな」 言った途端、手を掴まれて横に引き倒された。 ドッ、と肩から絨毯の床に叩きつけられて思わず小さく呻く。 「誤解をしても、くれないのですか?」 上からオレを睨む、伊角の目はいつもより光っていた。 水分が多い。 まるで最初に、雨の中で拾った時のようだ。 ・・・そう。オレは誤解もしなかっただろう。 もしも彼が最初から、塔矢アキラが好きだったと言っても。 けれど、伊角は悲しいほどにそれを恐れ、願った。 何故なら、彼の方はとうに気付いていたのだ。 オレが本当に愛しているのは進藤なのだと。 自分はその身代わりに過ぎないのだと。 それでもずっと側にいた。 辛抱強く待っていた。 「けど、オレは、もう、」 待てない、その言葉は吐く息だけで、声にならない。 なんて苦しげな、なんて切なげな・・・。 オレは、あまりにも気付いていなかった。 伊角が好きだった男。 伊角が知っていた事。 伊角が、次に好きになった男。 キスをしたのに、付き合っていたのに、まさか自分に惚れているとは思いも寄らなかった。 淋しいからオレの所に身を寄せているだけだと決めつけていた。 大型のペットを飼った程度のつもりだった。 そのペットがオレを押し倒し、首筋に噛みつく。 けれどその凶暴な仕草に似合わぬ弱々しい腕に、オレは抗うことが出来なかった。 「どうして、」 伊角の顔がオレの顔にぶつかり、唇を隔てて歯同士がぶつかった。 口の中に鉄の味が広がる。 「どうしてこんなに好きになってしまったんだ・・・!」 手が下に伸ばされ、ベルトがかちゃかちゃと音を立てる。 「恋に、歳の差なんて関係ない、」 シャツが捲り上げられ、肋骨にキスをされた。 「例え、」 ボタンを外さないまま頭の上まで引き上げられ、眼鏡が飛んだ。 曝された上半身に、伊角が所構わず舌を這わせる。 「う・・・!」 時折掠める感触に、勝手に背骨が反り返る。 「例えそれが一方通行であっても」 思いがけない強い力で、ぐいっとズボンを下げられた。 オレはやっと彼が、それでも男だった事を思い出す。 進藤じゃないこれは、進藤じゃ・・・ 中途半端に脱がされたまま、いきなり後ろに指を這わされた。 ぞくりとした感触に襲われたが、オレが彼にしてきた仕打ちを思えば さしたる事でもないだろう。 オレは今まで彼を、一人の人間として見ていなかった。 進藤の身代わりにしても大丈夫だと思っていた。 中途半端な関係のままでも平気だと思っていた。 「いやだ・・・!もう、一方通行は嫌だ」 彼の心の叫びに、全く耳を傾けなかった。 「・・・っ!」 そして訪れた痛み。 オレを貫く、伊角の凶器。 オレを引き裂く、言葉にならなかった千の思い。 大人しげな仮面の下に、ずっと隠し続けていた炎。 オレも、自らをも、焼き尽くす天国にも似た業火。 そして暗転。 ・・・それから、伊角と疎遠になっても良かった筈だがそうはならなかった。 済んだ後、自分のした事が信じられないかのように目を見開いて部屋の隅で震える彼に オレは怒りも失望も見せず、我ながらぎこちない微笑みを浮かべて見せたのだ。 しばらくして伊角はおずおずと近づいてきた。 オレはその頭をくしゃくしゃと撫でた。 以降はよく二人で進藤とアキラの棋譜を見るようになった。 伊角がどの程度アキラに未練を持っているのかは知らない。 けれどオレは、今は自分が進藤に未練を持っている事を隠しはしない。 彼には悪いが己の心を偽るつもりはないのだ。 今は伊角は、ちゃんと人の形をもってオレの側にいる。 ペットでもなければ進藤の身代わりでもない。 だからオレは、彼に気を使うのをやめた。 伊角も・・・。 「いやらしいですね、この進藤の手」 「そう言うのならこのアキラの囲い方だって」 以前に比べて遠慮のない物言いをするようになっている。 こんな風に奴らの対局を再現しながら忍び笑いを漏らしていると、 昔惚れた女と男の濡れ場を、今の恋人と覗き見ているような心苦しさと 倒錯的な快感があった。 そんな濡れた棋譜を作っている本人達に自覚がない所がまた質が悪い。 「あの、緒方先生。オレ・・・、」 それにこれ位で欲情し、それを隠そうとしない伊角も。 まったく。オレを何だと思っているんだ? 確かに最初の一回は許したが、それを続けていいと言った覚えはないのだが。 そうやっておまえが押し倒そうとしているのは碁聖だぞ? 「進藤の棋譜なんかより、オレが感じさせてあげますよ・・・」 それでも顰めた顔から眼鏡を取り上げられ床に横たえられると 自分でも信じられない事だが体の奥が勝手に熱くなり そしてオレはただ、途方に暮れる。 −了− ※25万打を踏んで下さいました明日欄さんに捧げますキリリク文。 内容は スミオガ18禁と、そしてやっぱり、ヒカアキだけが好きなので、 せっかく書いて貰うのにヒカアキ話がないのは、寂しいので、それも絡めて お願い出来ないかと。 先にスミオガですが、緒方さんは、最後まで肉体的には受けでお願いします(笑) 伊角さん、ヘタレに見えますが、緒方さんを押し倒せるかな? 緒方さんの反撃は無しでよろしくお願いします。 二人の原作での接触は車に一緒に乗っただけですね。 二人の間には、愛があっても、なくてもどっちでも良いです。 二人の間に快楽位は欲しいですが。 どうやって、そうなったのか、二人してヒカアキに失恋?なんて、なんか 想像もつかないですね(笑) 馴れ初めは、お任せします。 そして、ヒカアキですが、正統派ヒカアキでお願いします。 二人は純粋に思いあっていて、少年っぽさを仄かに感じる物がいいかなあと思います。 こちらは、密かに思いあっていて、その思いが成就し、その後の姿もあればと。 ちょうど良い所で終っていると、続きが読みたくなるので(笑) あっ、この二人には、他のキャラとの肉体的な付き合いは無しでお願いします。 正統派ヒカアキ純愛に対して、スミオガ大人め(18禁ありで(笑))でドライでクー ルだけど、ドロドロ見たいな? 緒方、飼い犬に手を噛まれるの巻。 ってすみません・・・ヒカアキが薄すぎますか。 緒方さんは自分ではクールな人でなしと粋がっていますが 実は意外と気ぃ使いーで情に流されやすい…という感じに結果としてなってしまいました。 緒方受け、禁じ手(無反撃)一つでめっさ難しいっす。 伊角さんは、何というか自分の中ではかなり無色透明な人で ついつい勝手に色づけしたくなってしまう。 今回は極力それを控えたつもりなんですがどうでしょう。ここまで小心じゃねいですか(笑) タイトルは昔の流行歌のアレンジ。偶々ラジオで掛かってました。 どうでしょう、こんなんで良かったかな? 明日欄さん、キリ申告&珍しい(笑)リクありがとうございました! |
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