三千世界の烏を殺し 3
靴を脱がせると、緒方氏はゆるゆると抵抗らしきものを見せた。
察したのか。オレがしようとしている事を。
だとしたらあなたはやっぱりオレの鏡だ。
「待て・・・まだ・・・。」
「勝負はついています。盤面は置いてありますから明日の朝にでも確認して下さい。」
馬乗りになってシャツに手を掛けると、少し悲しそうに見える表情をする。
多分そう見えるだけだろう。
「おまえが・・・こんな事をする奴だとは思わなかった。」
「ええ。オレもです。」
でも約束でしょ、と言うと、目を閉じて体の力を抜いた。
オレもよくやる、と思いながら作業を続けた。
行為自体には大した意味はなかった。
快楽を求めているのかと言えば、そうでもないというか
男の体でイけるのかどうかも分からないし、やり方が合っているかどうかも心許ない。
ただ、支配欲。
オレが緒方氏を征したという証が欲しかっただけ。
そういう意味ではただ素直に、「負けました」と言ってくれれば
なくて良かった行為かも知れない。
うつ伏せにして足を開かせ、入れようとしたがどうしても入らず、一旦ベッドから降りて
洗面所にローションを取りに行った。
自分の物に垂らして、改めて押しつけると驚くほどつるりと先が入る。
「ぐっ・・・!」
「痛いですか?」
「うご・・・くな・・・!」
「すみません。不慣れなもので。」
自分の下でぴくぴくと震える、筋肉質な背中を撫で下ろす。
尻の辺りを押すと、びくん、と緊張した。
「・・・慣らしもせずに、いきなり入れる奴があるか・・・。」
「知りませんよ。あなたと違って未経験者なんですから。」
「・・・・・・。」
やけに残酷な気分になる。
こんな体勢になってさえ、上から物を言ってくるのが逆に愉快だ。
征服し甲斐があるというもの。
もう少し押し込むと、緒方氏はまた呻いたがもう何も言わなかった。
同時にオレと同じ事を考え、自分の不利さに気付いたのだろう。
それにしても緒方氏の内壁は、キツくて熱い。
排泄器官には違いがないはずなのに、性器官かと思うほどの快感を伝えてきた。
そうでなくとも絶対に誰にも触らせないであろう場所に、よりによってこんな物で
触れていると思うだけで妙に興奮する。
オレに、こんな面があったなんてね。
これから男を見る目が変わりそうだ。
あぶないあぶない。
そんな事を思いながらも、じわじわと腰と動かす。
緒方氏が声を出さなくなってきたので少し早めに動かしてみたが、
これが「慣れた」状態なのか、もう痛みを訴えなくなった。
・・・というか、オレももうマズい。
動かしたい。
逞しい腰骨を掴んで腰を揺らしていると
目の前の背中の筋肉の陰影が複雑に動く。
枕に伏せられた顔は、
冷徹なタイトルホルダー。
シーツを掴んだ白くて骨ばった指。
見事なハンドル裁きを見せ、幾つもの名局を生み出してきた指。
背中の上に覆い被さり、手首を掴んでシーツから外させた。
突き上げながらも後ろ手に捻り上げるように引くと、最初とは違う声色で
「うっ、」と痛そうな呻き声を上げる。
浮き上がった肩胛骨が美しい。
顰められた横顔に引きずり出される、サディスティックな快感。
「・・・何か、ペットでも飼ってらっしゃるんですか?」
体を曲げて指先を口に含むと、また入り口がぴくり、と締まった。
昨日初めて出会った時に気になった指先の傷。
あの時はまさかこんな形で尋ねるとは思ってもみなかったが。
「ハムスターとか。」
舌で探ると、少し辛くて少し苦い煙の味がする。
「ああ・・・魚だ。」
意外な答えに、金魚車を思い出して思わず笑いそうになってしまったが
緒方氏が飼うなら恐らく高級な熱帯魚だろう。
「魚に、噛まれたんですか。」
「ああ。」
「じゃあオレは魚と間接吻してしまった訳ですね。」
緒方氏は苦しそうな体勢のまま、くっくっ、と笑った。
「もう少し足を開いて、腰を落として下さい。」
オレは言った。
「・・・で、結局何だったんだ。」
「何がです?」
済んだ後は気怠い。
シャワーを浴びなければと思いながらも、ついベッドから抜け出せない。
緒方氏も同じのようで、シングルベッドだし二人とも決して小柄ではないし、で
殆ど折り重なるような状態だった。
「何か聞きたい事があると言っていただろう。」
「ああ・・・。」
進藤くんと何があったか聞いてみたいと思ったのだが、もう意味のない問いだ。
いや、そうだ・・・
「何故、わざわざ名刺を取りに来たんです?」
これも気になっていた。
いらないと言っていたのに、急にホテルまで来るから。
「それは・・・オレの名刺を渡したし。」
「?」
「名刺を渡すっていうのは名前を渡すという事だ。自分の一部を渡すようなものだろう。」
「はあ。」
「なのに自分だけ渡して、おまえに貰っていないのが何だか不公平だと後で思えて来たんだ。」
不公平って。
何だ何だ、その子どもっぽい論理は。
「・・・今、ガキだと思っただろう。」
「はい。」
あまりに図星だったので素直に頷くと、緒方氏はまたくっくっ、と顔を伏せて笑った。
「ったく。最初から気に食わない奴だったよ。」
「そうですか。」
それはお互い様だと思いながら、最近どこかで聞いたセリフだと思う。
「そう言えば、あなたの質問は何だったんですか?」
「・・・・・・。」
「勝ったら一つ質問に答えろと言っていたじゃないですか。」
「ああ・・・。」
緒方氏はぐるっと仰向いて、困った風でもなく眉間に皺を寄せた。
「大した事ではないんだが。」
「いいですよ。勝ちましたが特別に伺いましょ。」
「ヤロウ。」
苦笑を見せて、少しだけ考えた後こちらに顔を向けた。
「・・・どこで会った?」
「え?」
「昨日より前に、どこかで会った事があるだろう。」
「・・・・・・。」
「最初に見た時から気になっていたんだ。いつどこで会ったんだろうと。」
自分で言うのも何だが日本語が堪能だから、緒方氏はオレがよほど
日本に来ていると思っているのだろう。
だが実際は数える程しか来ていない。忘れようがない。
また緒方氏が公式対局で中国に来たのも二回だけだ。
今日のイベントの合間に調べた。
緒方氏とオレは、間違いなく昨日が初対面だ。
思わず笑ってしまった。
そうかそうか、同じ事を考えていたか・・・。
「何だ。」
「いや、オレも同じ事を考えてたんですよ。」
「思い出せないのか。」
「いや、分かりました。」
「どこだ?」
「毎朝、鏡の中で。」
姿も性格も全然違うのに
正反対で、うりふたつ。
相手はタイトルホルダーだ。無論ライバルだなんておこがましい。
もっと身近な相手も、棋力や棋風が似通った碁友もいる。
また、緒方氏と似た個性を持った男も何人も知っている。
なのに何故、他の誰でもなくこの人なのか。
それは分析不能であり言うに言われぬ部分なんだが。
オレはきっと、遠からず棋力でもあなたに追いつく。きっと捕まえる。
訳が分からないという顔をされる事を覚悟していたが、緒方氏は意外にも
「なるほど、」と頷いてベッドから起き上がり、素っ裸のままテーブルの所に行った。
カチ。
煙を吐き出すと、灰皿を持ってベッドに戻ってくる。
「寝煙草はやめて下さいよ。焦がしたら面倒だし。」
また辺りが煙の匂いで満たされる。
緒方氏は、笑い掛けた横顔を見せたまま、黙って煙草を吸い続けた。
何回かゆったりと吸って、半分まで灰になった所で灰皿に押しつける。
「なるほどな。」
「・・・・・・。」
「オレとおまえは似ているか。」
「や、すみません、失礼は重々、」
「いや。確かによく似た部分がある。」
「?」
「スカした顔をしていても、分かるさ。」
「・・・・・・。」
「オレも支配欲が強いんだ。それにさっきも言ったが、不公平も嫌いでな。」
「いや、あの、酔いは醒めたんですか・・・?」
・・・それからどうなったかは、語りたくない。
それでもその一夜ほど満たされた気持ちになったのは、久しぶりだ。
異国で自分の半身を見つけたような。
今までのように唯自分が強くなりさえすれば自動的に勝って行く、というのではなく
具体的な目標を得るというのが何と嬉しいことか。
初めて知った。
オレは強くなる。
中国の緒方精次と言われるように、なってみせる。
久しぶりに囲碁に対する熱い思いに浸ることが出来た。
「・・・どうした。寝られないのか。」
「ええ・・・。」
カーテンの隙間から見える空が白んできた。
狭いベッドの上ではなかなか眠れない。
でも、もうすぐ日本を発たなければならないと思うと、恐ろしく貴重で
幸せな窮屈さだ。
「今から寝たら起きるのが辛いかな。」
「そうでもないだろう。一時間でも寝ておくと違うぞ。」
なら、空いている隣のベッドに行けばいいのだが。
二人とも、それをしない。
「・・・このまま、起きる時間を気にせずゆっくり朝寝がしたいもんです。」
「それはオレも毎朝思う。」
「今、一つ願いが叶うなら。」
「・・・何だ?」
「成田に爆撃機を飛ばして全部の飛行機を破壊しますね。」
緒方氏は噴き出した後、
「羽田からでも韓国行きはあるぞ。経由で帰ってこいって言われるんじゃないか?」
「なら羽田も。」
「中部は?関空は?」
「全部。」
日本中の鉄の鳥を、ことごとく撃ち落とし破壊する。
そして復旧するまでここで朝寝をする。
「・・・なんてガキな発想。」
呆れたように言う緒方氏に、アンタと同じくらいですよ、と思いながら
オレは漸く浅い眠りについた。
目覚めた時には緒方氏は既にいなかった。
こんなものだろうと思ったが、頼み損ねたと思っていたモーニングコールが鳴ったのは
彼にしてはかなりの親切なのだろう。
碁石も片付けてある。
負けた碁を、眺める苦々しい顔は見てみたかった。
倉田は眠そうな目を擦りながらそれでも律儀に迎えに来てくれて
東京駅でこっそり買った菓子を渡したら驚いていた。
「どーしたんだ?こんなにマトモなものくれるなんて。」
「文句あるか?」
「貰えるもんは貰っておくけどさ。おまえがくれるのいっつもイロモノじゃん。」
「今日は機嫌がいいんだよ。」
実際そうだと思う。
今回の短い滞在では色々な発見があり、色んなものが満たされた。
「ふーん。ってどうせオレに渡すつもりだった土産を誰かにやっちゃったんだろ。」
・・・コイツも油断できないな。
「そうそう、んでさ、昨日の晩進藤から電話があって、おまえに伝言してくれって。」
「何だ?」
「えっとな、『緒方先生はああ見えて意外としつこいから気を付けろ』って。
『もう遅いかな?』って笑ってたけど。」
「・・・・・・。」
「意味分かる?」
「・・・ああ。オレも似たようなもんだ。」
「そっか?よく分からないけどおまえ、緒方さんだけには喧嘩売るなよ〜。」
それから一人で高速バスに乗り、空港に着いてから後輩達への土産に
倉田にやったのと同じ菓子を買った。
飛行機が離陸して低く旋回しはじめた時、まだ車の少ない駐車場の真ん中に
ぽつりと赤い点が見えたような気がする。
気のせいかもしれないが、気のせいじゃないかも知れない。
−了−
※20万打踏んで下さいました
葱さん
に捧げますリクエスト文。
リクエスト内容は、以下。
あの落ち着きはらってるオトコがカオにも出さずに やっためたらに
ヤケクソ乱暴になってるところがみてみたいような……。ということで。
「三千世界の烏を殺し 主と朝寝がしてみたい」な楊さん…できましたら
リバで」というのはご無理でしょうか。
お相手は緒方さんあたりがいいですが、しかしどういう設定なのか
わたしにもまったくわかりませぬ。なんかで賭けて負けたんか。勝ったんか。
ベツにいいけど忙しいんだよね またにしない?と子鬼なヒカ・アキを
かわしたオトナな楊さん、体術にはオボエがある楊さん、の 後日でも
よろしゅうございます。
おお!大好きな二人〜v
今回は敢えて行洋さんを挟んで、という構図は避けました。
んで、折角なのでドッグファイトの後日談。
でも雰囲気はだいぶ違うことになってます。
「三千世界の烏を殺し」、何となく深情けな遊女が詠んだ都々逸かと思っていたんですが
調べてみたらなんと高杉晋作なんですね〜。豆知識。
素敵なのでそのままタイトルに頂戴しました。
その解釈としては「めっちゃ恋してる楊海さん」を設定してみた。
・・・むずい。
自分で決めておいて何ですが自分の中の楊海さんは恋に溺れるタイプではないのだと痛感。
ゆっくりと緒方さんに落ちていく楊海さん・・・を描きたかったんですが、結局筆力足らず
最後の方は強引な事になってしまった。
しかし楊海さんを中心に据えて描いたのは初めてで、設定とか色々考えてて
とても楽しかったです。
葱さん、大変素敵なリクありがとうございました!
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