オセロ【前編】 塔矢行洋と明子にしても、有り得ない失態であった。 二人が自分たちの過ちに気付いたのは、アキラ三歳の秋であった。 「あら!あなた、どうして袴なんか?」 「・・・スーツに蝶ネクタイの方が良かったのか。」 「いえ、そうじゃなくて。・・・どうして、」 明子は確かに七五三の宮参りの衣装を、行洋に手配するように頼んだのだが。 「・・・・・・被布じゃないの・・・?」 「・・・・・・。」 二人は、不気味そうな顔をして見つめ合ってしまう。 「まさかとは思うが・・・。」 行洋は、自分の子どもに「くん」付けや「ちゃん」付けをするタイプではなかったし 明子もその頃から「アキラさん」と呼んでいた。 そして、行洋は、子どもを風呂に入れたりもしなかった。 「アキラは・・・女の子なのか?」 「あなた・・・男の子だと思ってらしたの・・・?」 信じられない。いや、信じて貰わなくてもいい。 とにかく明子は女の子で「アキラ」という名前はかっこいいと思ったのでそうしたが 行洋は男の子だと思いこんでしまった。 しかも、それで出生届も出してしまい、その間違いに実に三年間も気付かなかったのだ。 「どうしましょう。」 「うむ・・・。」 明子の両親は実はヨーロッパにいて、まだアキラに会った事がない。 一方、行洋の方は既に親戚知り合い全員に男の子が産まれたと言ってしまっていた。 「・・・仕方ないな。」 「そうね。」 二人は大して悩むこともなく、あっさりと「ま、いっか」と思ってしまった。 いつかは自然にバレるだろうし、その時はその時でごめんなさいをすればいいかと いう話になってしまったのだ。 そういう成り行きで、そのままアキラは袴を穿いて七五三の宮参りに行き 以後男の子として育てられる事となった。 物心ついたアキラは両親に「そういうわけでごめんね」とは言われたが、 彼女も何も気にしなかった。 男女の差などの知識もまだなかったし、それに彼女は如何なる女の子らしい遊びも 男の子らしい遊びも特に好まなかったからどうでもよかったのだ。 囲碁一筋。 普通に男の友だちとも遊びはしたが、やはり彼女の生活の中心は碁で 父や父の弟子と打ち続けてすくすくと育って行った。 男の子にしては長身と言われながら幼稚園に行き、小学校に行き、 何と驚くべきことにプールにも水泳パンツで入っていた。 それは、小学校六年生まで続いた。 アキラは身長はぐんぐん伸びたが、胸はぺたんとした女の子であった。 しかしその頃になるとさすがに、自分でももうそろそろ限界か、と思わなくもなかった。 男で全く不都合がなかったのと、性別を公表する事によって起こるであろう 諸処の煩わしさから逃れたくてそこまで来てしまったが、さすがに中学生ともなれば 自分の体も女の子らしくなって来るであろうと。 その頃は既にアキラが女の子である事を忘れてしまっているらしい両親に 小学校卒業と共にカミングアウトする旨を告げようと思っていた矢先。 少女は、衝撃の出会いを経験してしまう。 生まれて初めて同じ年の少年に囲碁で負けたのだ。 「塔矢はプロになるつもりなのか?」 「 アキラにとって囲碁は何よりも大切なものだった。 それを、笑い飛ばした少年が許せなかった。 二度目に負けた時、絶対にコイツは将来プロになると思った。 必ず立ち向かわなければ、そして越えなければならない壁。 舐められたくない・・・! 今までも女の子になったからと言って女流に納まるつもりはないとは思っていたし 「女だから」などと言わせない、男性棋士も力で押し伏せてやるとも思っていたが。 同じ年で、始めて自分を負かした少年。 これからもずっと絶対軽く見られたくない。 それだけの激しい思いこみで、アキラは「男」を通すことにした。 詰め襟を注文し、水泳授業のない海王中学へと進んだ。 時は過ぎ。 第一回北斗杯より少し前、塔矢行洋が中国に渡る直前の塔矢家。 「それで、お相手のお嬢さんは。」 「は・・・それは、ですからまだ決まったわけでもありませんから・・・。」 行洋の穏やかな声と、緒方の珍しく歯切れの悪い台詞である。 うららかな昼下がりであったが、聞いているアキラの顔は青ざめていた。 アキラは男として生きることを決意してはいたが、心まで男になりきった訳ではない。 アキラは、恋をしていた。 その相手は兄弟子で、そう、気が付いたら好きになっていた。 緒方はアキラを年の近い息子のように、弟のように、可愛がって育てた。 アキラも兄のように慕っていたつもりだが、しかしその感情はいつしかアキラの 心拍数を上げるものになり、独占欲を伴うものになっていたのだ。 ところが今日、その緒方がスーツを着てやってきて。 「あまり仰々しい式などもしないと思います。」 「そうかね・・・ところでアキラ。」 「・・・・・・。」 「影が映っている。立ち聞きなど行儀の悪い真似はやめなさい。 障子紙に穴を開けるのも。」 真っ赤になって障子を開けたアキラに、それでも緒方は笑いかける。 その笑顔は、今まで見たこともない程に優しいものに見えた。 しかしアキラは人知れず奥歯を噛みしめた。 ・・・結婚?緒方さんが? 許せない。 そんな事を思うことこそ許されない事だとは分かってはいたが、どうしても笑顔を 作ることが出来なかった。 具体的には何も考えていなかったけれど、いつか自分が大きくなって。 緒方に勝てる程に碁も上達したら、自然に結婚出来るのではないかなどと。 薄ぼんやりと見ていた夢があっさりと打ち砕かれたのだ。 何とか顔色は治まったが。 頬の筋肉はどうしても言うことを聞かない。 それにも気付かず目の前で談笑している父と緒方が憎らしく思えた。 ・・・それにしても師匠である父に報告に来て、しかもその名前を言わないだなんて。 相手は一体誰だ? というか、どういう事だ? 「どういう事だ・・・。」 「へ?」 北斗杯終了後の表彰式。 アキラがまた緒方の相手について考えてしまい、ついつい呟いてしまったのを 隣にいたヒカルが聞きとがめた。 その目はまだ赤く染まっていて、その手には何もない。 アキラの手にはチームとしての三位の楯、そして個人賞が握られている。 「何か言った?」 ヒカルが不審そうな顔で見る。 彼は今や自他共に認めるアキラのライバルではあるが、 勿論お互い恋愛感情などは全くなかった。 ヒカルはアキラが男だと思っているし、アキラは緒方以外目に入っていないから当然だ。 「いや、楯が重くてね。」 「・・・ケンカ売ってる?」 「売られる覚えがあるのか?」 「そりゃ・・・!そりゃ、大見得きって高永夏に勝てなかったのは悪かったけど!」 「ボクはテレビを見ないから最近の言葉はよく知らないんだけどね。」 「んだよ。」 「そういうのを『逆ギレ』って言うんじゃないだろうか。」 「おまえ、いつかブッ殺す。」 ふん、と鼻で笑って背を向けたアキラの後ろ頭を張り倒したい衝動を抑えるのに 一苦労したヒカルだった。 彼とてアキラが嫌いな訳ではない。 目標だとも思うし良いライバルだとも思うが、しかしその高圧的な態度は いただけなかった。 ・・・碁がなかったら、一生関わり合いたくなかったタイプだな・・・。 しかし今は、きっと一生関わっていく相手だと思う。 いつか、いつか完膚無きまでに叩きつぶしたい。 ヒカルの人生に於いて主人公は当然ヒカルで、そして塔矢アキラは完全に敵キャラであった。 そういう相手がいるのは悪くない。 だからこそ頑張れるし、多少憎まれ口を叩いてくれる方が張り合い甲斐がある。 ヒカルにも勿論その辺りは分かっているので嫌いというのではないが、 小憎たらしい奴、には違いなかった。 表彰式が終わり一旦解散となった時、アキラの視界に見慣れた白いスーツが 飛び込んできた。 「緒方さん。」 「おめでとう。快勝だな。」 「ええ・・・。」 「まあチームとしては残念だったが、君は勝ったんだ。」 仕事が終わってから見に来たらしい。 その隣では、ヒカルの祖父とあかりがヒカルの元にやって来ている。 「ヒカル!」 「あれ、おまえも来たのか!」 「その言い方はないじゃろう、わざわざ部活を休んで応援に来てくれたんだ。感謝しなさい。」 「途中からだけどね。ヒカル、残念だったね〜。」 「仕方ねーよ。ま、次は負けないさ!」 二組の小さなグループは隣同士で語り合い、しかしあかりの視線はこっそりと アキラに向けられていた。 その視線にふと、アキラが気付いて会釈をすると、あかりは「あの、」とおずおずと アキラに声を掛ける。 「あの、おめでとうございました!凄かったです。」 「んだよ、あかり、おまえ塔矢のファンだったの?」 「ファンっていうか、男の子でも女の子でも塔矢くんに憧れない囲碁部員はいないよ。」 それを機に、「じゃ、後でな。」と手を振って立ち去った緒方の背から、まだ 目が離せないアキラにあかりが話しかける。 「ヒカルが中学の囲碁部にいた頃、葉瀬中に来た事ありますよね。」 「え、ああ、はい。」 緒方の結婚相手で頭が一杯のアキラが返したのは生返事だった。 ・・・市河さんあたりならありそうだけど・・・でもそれならお父さんに隠したりしないよな。 それに、ボクから見てそんな風には見えなかったし。 かと言って、父もボクも全然知らない人なら、それはそれで名前ぐらいは言うだろう。 ・・・もしかしたら父もボクも知っていて、けれど言いづらい人・・・。 他の門下の女流とか? ライバルと言われてる(先方が一方的にこちらをライバル視してるんだけど)の 森下門下とか。って女流の人いたかな。 「・・・わたし、その時あの理科室にいて・・・。」 「そうでしたか。すみません、覚えてなくて。」 「いえ!いいんです。そんなの。あの、ヒカル、やっぱりまだ塔矢くんに失礼な事・・・?」 あかりは、祖父と話し込んでいるヒカルの背を少し睨んで小声で言った。 「いや、まあ、気になりませんよ。あなたは・・・進藤の彼女・・・さんですか?」 「私?!違います!全っ然!違います!」 そんなに力一杯否定しなくても、と思わず笑ってしまったアキラに、更に重ねて 「ヒカルは幼なじみなんです。同性みたいなもので、全然そんな。」 「同性。」 進藤が女の子みたいか? と思ってまた笑ってしまったアキラの、笑顔が途中で固まった。 ・・・ボクだって、女の子には見えないんじゃないか? あかりが不審そうな顔をするのにも気付かずに、突然頭が現実を離れて フル回転を始める。 ・・・ボクと背もほぼ同じくらい、いや、進藤の方が少し低く見える程だ。 それに、顔だって・・・つるつるしていて、目が大きくて、自分より女の子っぽいかも知れない。 目の前の、ふかふかしていそうないかにもな女の子と並べば進藤も男っぽく見えるが もしスカートでも穿いて、自分と並べば・・・ 実際ヒカルはアキラより体格も良かったし筋肉もしっかり付いている。 スカートなど穿かせたら誰でも笑ってしまうに違いなかったが、 アキラの中でヒカルはまだ出会った頃の小柄なイメージが強かった。 そして、アキラの頭の中で、ヒカルと並んでいるのはいつの間にか自分でなく 緒方にスライドしていた。 突飛だ。突飛すぎる。 しかしアキラの頭の中で、色々なパズルのピースが猛スピードで 無理矢理組み合わされて行ったのだ。 ・・・森下門下で。 公には出来なくて。 そう言えば、緒方さんと進藤の間には、以前から自分に伺い知れない 秘密めいた空気があった。 それに、正反対な筈のヒカルと自分に、どうも言うに言われぬ 共通点があるような気もずっとしていたのだ。 ・・・それが、性別を偽っているという事だったなんて・・・! 塔矢行洋と明子の息子、塔矢アキラである。 思いこんだらもう覆すことなど出来ない。 まだ祖父と話しているヒカルが、もうどう見ても男装している女の子にしか 見えなくなってしまった。 「あの・・・?」 すっかり忘れられていたあかりが薄気味悪そうに、アキラに話しかける。 「あ、すみません!いや、いい事に気付かせて貰いました。」 あかりはアキラの様子のおかしさに驚いたが、少し考えて、自分との何気ない会話で 碁の良い手でも思い付いたのだろうと思った。 そして天才とは実にエキセントリックなものだ、と半ば畏れ、半ば不気味に思いながら 曖昧な笑顔で会釈をしてアキラの側から離れた。 一方アキラは、ニヤリとした笑いを堪えることが出来なかった。 緒方の結婚相手が、いかにも緒方に相応しい大人の女性が相手ではどうしようもないが、 相手が進藤ヒカルなら。 年も同じだし、正直自分の方が美人だとも大人だとも思う。 緒方の趣味が、ああいった男装趣味のある女の子だというのなら。 勝てる・・・! そう思ってしまったのだ。 自分も女の子だとバラせば、緒方はきっと自分を選ぶ。いや選ばせてみせる。 進藤が結婚できる年齢、16歳に達するまで、まだ時間はある筈だ。 それまでに余裕で奪うことが出来る。 ・・・いや、でも善は急げだな。決行は今夜か。 アキラ、いきなり夜這いを決意した15の春であった。 その頃緒方はゾクリと悪寒に身を震わせた。 同ホテルに与えられた自室に到着している。 その夜は確かに緒方もこのホテルに泊まる事になっていた。 夜予定されているスポンサーを交えての懇親会に、ゲストとして招かれているのだ。 「・・・・・・。」 もう一度ぶるりと震えてから、黙って白スーツのポケットに手を入れ、 丸い小さな板を取り出す。 そこには細かい文字が沢山書き込まれていた。 「三碧木星中宮で庚寅、か・・・。」 小さく呟くと、今度は方位磁石を取り出す。 「む・・・・・・。」 眉を顰め、煙草に火を点けた。 それからもう一度羅盤と磁石をじっくりと眺めた後、意を決したように立ち上がった。 その夜の懇親会は和やかに過ぎていったが、スポンサーが帰ってからは 異様な盛り上がりを見せていた。 倉田vs林日煥のわんこそば対決が、意外にも白熱した戦いを見せたからだ。 スタートダッシュの凄まじさで会場を一気にひかせた倉田であるが さすがに250杯を越えると段々とペースが落ちてきた。 ところが日煥は一杯目から淡々と延々とペースを落とさず、その食べっぷりは あたかもマシーンの如し。 みんな息を呑んで見守り、会場はだんだんと静まり返っていった。 しかし、その内に追いつかれそうになった倉田にヒカルが「ニッポンチャチャチャ!」を始め、 それに永夏が食ってかかったので揉み合いが始まったのだ。 それで緊張の糸が切れた周囲も騒ぎ始めて、そして現在の喧噪状態になっている訳である。 アキラは、その狂騒を虚ろな目で見つめ続けていた。 わんこそばもヒカルと永夏の取っ組み合いもどうでも良かった。 自分は今夜、処女を失う。 緒方さんに捧げるのだ・・・! そんな事を繰り返し繰り返し考え、しかし今まですっっかり自分でも忘れていた 女性であるという事実に、なかなか馴染めない。戸惑いが消えない。 それでも、緒方を手に入れる為ならホモくさい真似(違うのだが)も厭わないつもりだった。 猪突猛進。 本人は認めていないがアキラの座右の銘だ。 とにかく、緒方をヒカルに取られるのだけは絶対に嫌だった。 もしこのまま何もせずに指をくわえて眺め、見事緒方とヒカルがゴールイン!などという 事になったら、きっと自分は二人を刺してしまうと思った。 会場のもみ合いはエスカレートしてプロレスごっこになり、ヒカルの首を締めようとする永夏の 内股にヒカルが足を引っかけて倒そうとしている。 秀英はそれを止めようとしていたが、ぐらりと揺れた永夏に頭突きを喰らわされた格好になって キレてしまい、今や三者何がなにやら団子状態になっている。 ・・・ああ進藤。キミ達バカ同士で実にお似合いだよ。 その勝負、そのまま韓国に持ちこして、永夏の所へでも秀英の所へでも 嫁に行ってくれないか・・・。 「・・・まったく、騒がしいな。」 隣で、緒方が内ポケットに手を入れながら呟いた。 「ええ・・・。」 アキラは眩しそうに緒方を見上げた。 こうして、兄弟子と弟弟子としての時間を過ごすのはきっとこれが最後になるだろう・・・。 「アキラくんは。食ったのか、わんこそば。」 「いえ。」 「君はもう少し食べた方がいいな。細すぎる。」 何気なく肩に置かれた手に、心臓が跳ね上がる。 「・・・細いのは、お嫌いですか。」 「え?」 「いやその、例えば女性の好みのタイプとしてグラマーな方に比べて。」 「いや、嫌いではないな。女女しているよりどちらかというと中性的な方が・・・、 って何故そういう話になるんだ?」 「何でも。何でも、ないんです。」 やっぱり・・・。 アキラは髪を揺らして俯き、目を閉じた。 「おかしい。」 「どうされたんですか?」 さっきとは別の意味で動悸が高まった。 一歩、そしてまた一歩、引き返せない道を進んでいく。 「いや、内ポケットに入れて置いた筈の煙草がないんだ。」 「じゃあお部屋でしょう。ボク、取ってきますよ。」 「いやいいさ。部屋を出た所に自販機があったし、」 「いえ!折角あるんですから!取ってきます。」 激しい剣幕に押されて、緒方は部屋のキーを渡してしまった。 勿論、その煙草は事前に抜き取られてアキラの内ポケットに入っていた。 その夜。 皆が寝静まった頃、ひたひたとホテルの廊下を進む姿があった。 アキラである。 緒方が気付くかどうか、賭であった。 煙草を取りに行く振りをして緒方の部屋のオートロックの鍵に爪楊枝の先を押し込んだのだ。 ドアを閉じても鍵の歯が出ないように細工したつもりだが、もし気が付いて取り去られていたら 緒方の部屋のドアは開かない。 その場合も勿論ノックしてドアを開けさせるつもりではある。 しかし初めての経験でもあるし、出来れば明かりをつけず、静かに静かに事を進めたかった。 カチ・・・。 祈りながらドアをそっと押すと、すっと音もなく開いた。 アキラは大きく息を吐いて素早く中に滑り込み、また音もなくドアを閉める。 そして窓からうっすら差し込む月明かり以外は真っ暗な室内に視線を移した。 目が慣れてから、そろりそろりとベッドルームに入る。 緒方は熟睡しているらしく、盛り上がったベッドはぴくりとも動かず 枕元に短い髪が見えていた。 アキラは、そっと服を脱ぎ始める。 ドキドキと、胸の鼓動が自分で聞こえそうだった。 ボタンを外す手が、震える。 微かな衣擦れに、緒方が起きてしまわないかと冷や汗が流れる。 それでもようよう全てを取り去った後、頭を一つ大きく振って髪を整え、 ドレッサーの鏡の中の自分の影を少し見遣った。 細い、体。 胸の膨らみは微かだが、腰は細く下肢に掛けてなだらかな線を描いている。 悪くない。悪くない、はず。 そう自分に言い聞かせてから、ベッドに向かい、カバーをそろそろと引き上げた。 「緒方さん・・・。」 「う・・・。」 小さな呻き声を上げるだけで、動きはない。 アキラは少し大胆になって、マットレスと掛け布団の間に手を突いた。 「アキラです・・・。」 体重を掛け、それでも目覚めないのに安心して、少し焦れて、するりと布団の中に 潜り込み、ぴたりと体を寄せる。 「好きです・・・。」 言いながら手探りでその体に触れ、温もりを確認すると何故か胸が詰まった。 そして今日までの長い月日を思い、少し感慨に耽ったあと思い切って パジャマのボタンを外し始めた。 「な、に・・・。」 「ボク、実は女なんです・・・。」 パジャマをはだけ、抱きついて肌を合わせると、気が遠くなるほど幸せだった。 服の上から想像していた通り程良く筋肉の盛り上がった胸、想像していた以上の暖かみと肌触り。 「ん〜・・・誰・・・。」 「アキラですってば。」 「アキラ・・・。」 掠れた声は、また眠りに落ちかけているらしく、弱々しくなっていく。 それでもアキラが身を寄せると、意識を回復させたのか、ぎゅ、と抱きしめてくれた。 しばらくそうした後、大きな手が布団の中で細い腰をなぞり始める。 なだらかな丘陵を何となく、といった風情で繰り返し撫でた後、不意にその間に 忍び込んで来そうになった指に体全体がピクッ、と震える。 ・・・緒方さんは、完全に起きたのだろうか。 思いながら我知らず身を離そうとしてしまったが、熱い手はそれを許さず 今度は正面からアキラを抱きしめた。 アキラの頭部を枕辺りに残したまま布団の中に潜り込み、鎖骨の下に唇を付ける。 アキラは息を呑んで、首に押しつけられた少し煙草の匂いのする髪を、 指でくしゃりと抱きしめた。 そうする内に髪はさらに下降し、桜色の蕾が温かく濡らされる。 温もりが離れると気化熱を取られて一気に冷えるが、また弄られると今度は 体全体がむず痒いような、このまま砕けてしまいたいような気持ちがして。 甘やかな呪いのような、初めての感覚にアキラは指一本動かすことが出来なかった。 熱は、蛞蝓の這い跡のように、きっと七色に光る筋を残して白い肌を徐々に征服して行く。 どんどん白くなって行く意識の中、足の間に乾いたものが忍び込んできて、 それがあの煙草を挟んだ白い指だと思った瞬間、眉間が熱くなった。 息が、苦しくなる。 一度だけ乗った事があるジェットコースターの、かたんかたんという音が、 なぜか幻聴で聞こえる・・・・・・。 ・・・体の中心で何かが爆発したような衝撃の、余韻が細くなって消えた後 アキラの意識はどろりとした熱い闇の中に呑み込まれていった。 −続く− |
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