Octopus 【後編】 夕食後は電気が勿体ないので早めに寝る事になっていた。 (発電器もあるにはあるが、ガソリンには限りがある。) 虫がいるせいか、全員分の寝袋が用意されていてそれで寝ているのだが 暑くてとても全部ファスナーを閉じて寝る気にはなれない。 蚊取り線香を焚き、ほとんどの者は足の部分だけ閉じて上半身を出している。 進藤などは全開にして敷布のように使っているぐらいだ。 だが、塔矢だけはいつも首まできっちりと閉めて行儀良く寝ていた。 そう言えばウェットスーツもロングスリーブだったし、寒がりなのだろうか。 それともそういう育ちか。 明かりを消して横になっていてもこんな早い時間にそうそうすぐに寝られる訳でもなく、 何度も寝返りを打ってしまう。 一日目二日目はみんなそうだったらしく、何人かが入れ替わり立ち替わり 外に出ている気配がした。 外で何をしているのかは定かでないが、緒方なら煙草を吸っているか 他の者なら用足しにでも行っているのか。 開け放した出入口から、月の光が射し込んでくる。 三日目ともなると皆慣れたのか、静かな夜だ。 今日はすぐ近くで寝ている進藤もくうくうと小さな寝息を立てている。 その間に潮騒が小さく小さく響いてくる。 それでも入り口近くの誰かがそうっと網戸を開けて外に出ていく気配がした。 誰かは分からないしどうでもいい。 だが、何となく気になってしまって・・・、オレも横たわった人々を踏まないように 注意しながら外に出た。 特にその人物を捜していた訳ではない。 少し外の空気を吸って波の音を聞いたら気分が落ち着いて寝られるかと思っただけだ。 だが、海の方に歩いていくと、浜辺に一つ立った岩場の上に人影があるのを見つけた。 穏やかな黒い海、その表面を月光がきらきらと光らせている。 天空には真円に近い書き割りのような月。 そんな夢のような背景に真っ黒い影を見せているのは、塔矢が似合う気がした。 昼間の人魚のようだと思った光景が記憶に残っていたせいかも知れない。 少しづつ、近づく。 影は動かない。 砂を踏む音を潜めている訳でもないが、波にかき消されてきっと聞こえないだろう。 よほど近づくと、白っぽい猫毛が見えて来た。 岩の上に座り込んで、横顔を光らせて月を仰いでいる。 社か。 どことなく失望する自分の心を訝しみつつ、話しかけようかどうしようかと思いながら また何となく近づいた。 まあいいか。気付かれたら気付かれたで普通に挨拶すればいいし、 何も話さなくても元々通じないのだから気まずくもないだろう。 そう思って、岩に足を掛けてよじ登った。 だが、大きくなった社が視界に入った時に違和感に気付いた。 胡座をかいた、その右手が小刻みに動いている。 眉が微かに潜められて、小さく開いた口から漏れる息は少し荒い。 あ、しまった・・・。 さすがにこんな所は見られたくないだろう。 女っ気はないが島に来て三日。 我慢の足りない者ならもう催しても良い頃だ。 それにしても月をオカズに、とは。 風流というか変質者的というか。 オレはそっと立ち去ろうとした、だがその時、一際息が荒くなって顎を上に向け、軽く痙攣した社。 の口から、微かに、だが確かに。 「・・・塔矢・・・。」 オレは思わず、じっと見つめてしまった。 え? 気配を感じたのか社は何気なくふと振り返り、あからさまにびくっと震えてから 「××××日煥××・・・。」 小さく息を吐いて照れくさそうに微笑んだ。 塔矢、と確かに言った気がする。 何故かその理由が少し分かるような気がして、自分が覗き見られたような気がして 耳が熱くなる。 『すまない、驚かせるつもりも邪魔するつもりもなかったのだが。』 「×××××、××××。」 いいよいいよ、という風に手を振ってまた微笑む。 あまり気にしない男で良かった。 「××××××?」 『悪いが日本語は全く分からないんだ。』 「××××、伊角×塔矢××××・・・。」 伊角、と塔矢? がどうしたんだろう。何の話だろう。 「×××塔矢×××××××××?」 塔矢の話をしているらしいが、よく分からない。 だが社は別にいい、というようにオレの肩をとん、と叩いた。 それからオレに聞かせるともなく時々何か話し続け。 やがてその声が途切れても何となく2人で岩の上に座って海を見つめ続けた。 だいぶ経ってからどちらからともなく「帰ろうか、」と言った感じで顔を見合わせ、 やはり無言でコテージに戻った。 四日目。 何気なく塔矢の蛸を見ると、やはり足が3本になっていた。 塔矢かどうかは分からないが誰かがこまめに水を換えているのだろう。 痛々しい姿ではあるが、意外と元気だ。 昨日入れて置いた貝の身もきれいに消えていた。 昼前から突然天気が崩れ、南国特有の大嵐になった。 オレ達は仕方なく全員コテージの中に引きこもり、碁を打ったり、日本人同士は ぼそぼそと話したりしている。 今日は定期便は来ないだろう。 食事も外の炊事場が使えないからドライフードになるだろうが、偶には仕方がない。 だが、辛気くさいのにだけは閉口した。 社と進藤は片隅で何やら会話している。 伊角は寝転がって眠っているようだ。 緒方は窓際で煙草を吸ったりぼうっと外を見ている。 塔矢は社達とは反対の隅で本を読んでいた。 越智はオレと折り畳みの碁盤で打っていたが、今し方投了して、 進藤が碁盤を借りに来たのを機に伊角と同じく寝袋に入って寝ることにしたようだ。 その時、視界の片隅で塔矢が本に栞を挟んだのが見えた。 そのまま出口に向かって外に出る。 だが誰も気にしない。 まあ用足しだろう。 いちいち気にする必要もない。 しかし彼はしばらくしても戻ってこなかった。 オレ以外誰も気にしていないかと思っていたが、緒方はさすがに気付いていたのか さり気なく立ち上がって外に出ていった。 探しに行ったのだろうか。 だがそれすらも他の面々は気にしていないようだ。 まあいい。その内見つけて戻ってくるだろう。 そう、思いつつオレも「用足しだ」と自分に言い訳をしながら立ち上がった。 こうして一人一人抜けていき、この嵐の中コテージに誰一人いなくなったら 「そして誰もいなくなった」だと思いながら。 しかし緒方と塔矢は、案外近くにいた。 ドアから出て横手に回ると、炊事場の所の屋根の下に二人して居た。 丸見えではあるが、雨の海に遮られてそれは陸の孤島のようだ。 最初、何をしているのか分からなかった。 緒方は吸血鬼のように塔矢の首に吸い付き、その手は塔矢のシャツを捲り上げて 下でせわしなく動いている。 塔矢の手はだらりと下がったままだったが・・・全く抵抗していなかった。 あ。これは・・・。 緒方は夢中で気付かなかったようだが、塔矢の方はふと目を上げてこちらを見た。 数年前の自分が重なるようだ。 このコテージから炊事場に行く途中で濡れたのだろう、顔を水滴が伝っているのが 雨のカーテン越しに何故かよく見える。 泣いているようだった。 だが泣いてはいまい。 ざー・・・っ・・・ 一層激しくなった雨がオレの視界を遮り、砂嵐のテレビ番組のようにうるさすぎて音が消える。 だがオレの耳には、淫声が聞こえそうだった。 曇りガラス越しに見る無声映画のようにもどかしく、だが、塔矢が頭を振り、 口を開いたり閉じたりして、強い感情を訴えているのが分かる。 その手が遂に緒方の背中に縋り付いたのを見て、オレは目を逸らした。 そのまま屋根の下を伝って反対側に行き、用を足した。 彼等に会わないようにぐるりとコテージを一周してドアに戻り、入り口付近に置いてあった 雑巾で足を拭って中に入る。 中は相変わらずだった。 雨の音が静かになり、寝たり、打ったり。話し声、咳一つ聞こえない。 片隅に行って壁に背を預け、先程見たものの意味を考える。 そうか。 彼等は元々「そういう」関係だった訳だ。 そう思うとこの面々の、仲が良いのにぴりぴりしたような妙な雰囲気の原因も分かる。 他の連中も塔矢がタイトルホルダーの「女」だと知っているから気を使い、 おもねっているのだ。 あまつさえ社などは、その塔矢に・・・惚れているのか単に欲情しているのかは分からないが 緒方と塔矢がいる同じ部屋で寝るのはそれは辛かろう。 もしかしたら伊角も少しはそうなのかも知れない。 昨夜社が言っていたのは、その事かも知れない、と思い当たる。 それに緒方に、あのイギリス人と同じ雰囲気を感じたのにも合点がいった。 ゾッとした。 二度と味わいたくない嫌悪、恐怖、痛み。 それを、塔矢がいくら兄弟子とは言え唯々諾々と受け容れているのだろうか。 いや、それはあるまい。 彼の棋風からしてそれは考えがたい。 では、彼も緒方を・・・とても理解しがたい事だが、愛しているのだろうか。 そうとしか考えられない。 と思うと、胸の何処かが痛んだ。 オレは、今まで同性愛の行為を暴力と同義だと信じてきた。 認める事なんて出来なかった。 だが、塔矢がそうだとするならば・・・、認めるか彼を否定するしかない。 2人をこれからも同じ目で見ることが出来るかどうか自信がなかった。 そして自分の心の痛みは、今まで信じてきたものが崩れる痛みだと、思いたかった。 その晩、オレは塔矢の寝袋の隣に誰かの寝袋もあるのを見てしまった。 そう言えば塔矢は常に皆から離れて寝ているが、今日はその結界の中に。 緒方が、耐えられなくなったという事か。 まさかこの中で事には及ぶまいと思ったが、オレは早々に目を閉じて 出来るだけ早く寝ることにした。 翌日、五日目。 少し寝過ごしたらしく、コテージの中には伊角と越智とオレしかいなかった。 その2人は朝食前の一局か、ぼうっとした顔で盤を挟んでいる。 外に出ると早速緒方に出会ってしまった。 「オハヨウ。」 思ったより、我ながら動揺していない。 普通に朝の挨拶だと思ったので「オハヨウ。」と返した。 緒方は何故か笑っていたが屈託もなく、恐らく昨日見られた事にも気付いていないのだろう。 塔矢と話したいと思った。 勿論昨日の事を問い質す気など更々ないが・・・。 自分が塔矢とも普通に接することが出来るかどうか確かめたい。 しかし朝食後、塔矢の姿は消えた。 そう言えば食事中も元気がなかったような気がする。 他のメンバーが三々五々散っていった後、海岸線近くを探していると、 木の間にちらりと白い物が見えた。 近づいてみると、塔矢が具合悪そうに横たわっていた。 倒れたという感じではなく、静かに休める所を探してコテージではなく敢えて ここに来たという様子だ。 しかしその隣には既に進藤が立っていた。 ペットボトルに移した水をごくりと飲み、塔矢の隣に寄り添うように横たわって片肘を付く。 「×××、××。」 「××××××××××。」 苦しげに何か言う塔矢に笑いながら答えていたが、その笑顔はどこか暗かった。 「××××・・・。」 「×××、××××××××××××・・・。」 やがて進藤はまた水を口に含み、少し転がしてからごくりと飲み込む。 それを下から塔矢が熱っぽい目で見つめる。 また進藤が水を口に入れ・・・そして今度は、そのまま塔矢に口づけた。 塔矢は避けなかった。 それどころか進藤の耳を掴んで引き寄せる。 2人の口の合わせ目から透明な雫が垂れて、液体の移動が知れる。 一旦口を離した進藤は、また水を含む。 今度は塔矢の方から引き寄せて、激しく口づける。 だがオレは、性的な接触を楽しんでいる進藤に比べて、塔矢が必死すぎる気がした。 そしてある事に気付いて、構わず2人の元に踏み込んだ。 『おい、何をしている。』 「×××、×××××!」 驚いた進藤が、だがすぐにオレを睨んで何か喚く。 塔矢を抱き起こして額に手を当てると微熱があるようだった。 唇は、進藤の唾液でぬらぬらと濡れているものの、ひび割れた痕がある。 『・・・脱水症状を起こし掛けているじゃないか・・・!』 「××、×××塔矢×カラダ×××××。」 何か言っているが知った事ではない。 すぐに塔矢に水を与えようと思ったが進藤からペットボトルを借りるのも業腹で 肩を貸してコテージの方へ引きずって戻る。 自分のタンクの蛇口を全開にしてその下に塔矢の頭を突っ込むと、 直接蛇口に口を付けて、赤子が乳を飲むようにゴクゴクと呑んだ。 溢れた水が口の横を伝い、喉の方に流れていく。 鎖骨を伝って開襟のシャツを濡らさずに肌を伝っていく。 しばらくして落ち着いてからも、赤い舌を出して愛おしそうに蛇口を舐めていた。 塔矢のタンクを持ち上げてみると案の定空だった。 『ありがとう・・・少し楽になったよ。』 『どうしたんだ?』 『一昨日、ここに運んですぐに蓋をせずにひっくり返してしまって・・・。』 ドジなことだ。 『実はその前の日も、洗濯で水を使ってしまってなかったんだ。そして昨日は船が来ないし。』 『じゃあ、』 そう言えば、皆が持ち歩いているペットボトルを塔矢は持っていなかったし ドライフードを食べている間も何も飲んでいなかった気がする。 『この三日でボクが飲んだのは、雨水数滴と他人の精液だけだよ。』 急にさらりと言われて、その言葉が頭に届く前に顔が熱くなった。 『見たでしょ?昨日。』 『・・・ああ。』 見たが、それは基本的に抱き合っている所だけでそこまでは想像していなかった。 汚い。 まさか水分が欲しくてそのような事をした訳ではあるまい。 今すぐ塔矢を突き飛ばしたい気持ちと・・・何故か逆の気持ちが起こって、 頭の中が混乱する。 『さっきは進藤が、口移しなら水をやると言ったんだ。』 『・・・ひどいじゃないか。』 『彼は偶々ボクが水を零した所を見ていたからね。』 『・・・進藤じゃなくても誰かに言えば、水ぐらい貰えたのに。』 そして「オレも知っていればやったのに」と続けようとしてこれは 意味ありげに取られても仕方ないと思ってやめる。 『そういう男なんだよ、ボクは。』 『・・・・・・。』 何とも答えず、その場を離れた。 炊事場に行って蛸を見た。 足は、あと二本。 あと二日。 早く過ぎ去ってくれと思った。 その夜、明かりを消した後も珍しく塔矢が寝場所を決めあぐねているようだった。 どこか片隅に丸まった後、皆の寝息が聞こえ始めた頃になって、何と オレのすぐ後ろに移動してきた。 自分が寝付きがいい方であったら良かったのに、と思う。 それから更にしばらくしてうとうとし始めた頃、今度は誰かが塔矢とオレの間に 入ってきた・・・。 「日煥×××××・・・。」 「×××××。」 その者が囁き声でオレの名前を出して何か言うのに、塔矢が同じく囁き声で短く答える。 寝返りを打つ振りをしてそちらを向き、目を開けると、月明かりに光る 四つの目がこちらを見ているのと目が合った。 塔矢と話しているのは、進藤だった。 それを確認して知らない振りをして目を閉じると、くすくす、くすくす、と押し殺した 笑い声がする。 昼間は仲が悪そうだったが、考えてみれば進藤の方は塔矢に そういう気持ちを持っている訳だし・・・。 チーッ。 静寂の中、ファスナーを開ける音が恐ろしい程に響く。 いや、側にいるオレだけだろうか。 開いたのは、塔矢の寝袋だ。 進藤は寝袋を袋として使っていないのだから。 進藤が開けたのだろうか塔矢のファスナーを。 ごそごそ、ごそごそ、 くすくす、くすくす、 塔矢の狭い寝袋に、進藤が、ほとんど裸の進藤が潜り込んだのだろうか。 ごそごそ、 「あ・・・んっ・・・。」 「はぁ、は・・・塔矢・・・・」 オレは、耐えきれなくなって起きあがり、コテージの外に出た。 そして月明かりの中、いつか社が座っていた岩に来た。 自分が固くなっているのが分かり、あの時の社と同じだと苦笑してから ぞく、とした。 そうか・・・。 本当にあの時、同じだったのかも知れない。 あの夜の塔矢の相手は、緒方だったのか、進藤だったのか・・・。 いや。 六日目。 今日で漂流ごっこを終えて明日には東京に戻る。 それからオレは韓国に帰るがその前に少しだけ観光もしたい。 土産も買わねばならないし。 日常を思う。 永夏、秀英・・・韓国棋院のみんな。 身の回りの人全てと言葉の通じる世界。 ソウルの雑踏。 懐かしい。 だが、きっとソウルに帰ればこの場所が、海の中の世界が懐かしくなるのだろう。 オレは今日ばかりは単独行動を貫く事に決め、一人で海に入った。 色鮮やかな魚、珊瑚。 青い青い、海と空。 昼飯を食べに戻った時に、塔矢の蛸を見ると足があと一本だった。 あと一晩。 あと一晩何も見ずに過ごせれば、明日の朝には船が迎えに来る。 大きな頭に一本だけの足を残した蛸は、蛸とも思えぬ歪な生き物だった。 さすがに弱っているようだが、塔矢は殺さないと言っていたし 明日になれば恐らく放して貰えるだろう。 この状態で海の中で生きていけるかどうかは分からないが。 その時、一本の足の切り口に、小さな小さな足が生えているのを見つけた。 生まれたての子蛸のような、足。 切り口の方がぎざぎざしているのを見ると、これは最初にオレが食いちぎった足だ。 手を突っ込んでひっくり返して探してみると、あと二本にも小さな足が 生えかけていた。 何故だかかなりホッとした。 『何を見ているんですか?』 突然後ろから声を掛けられて、思わず肩が竦む。 足音もなく塔矢が立っていた。 今日は、出来るだけ緒方と進藤と塔矢には近づかないようにしている。 どうしても、受け付けないのだ。 男を抱き、抱かれている男を。 加えて今、塔矢に新しい足が生えて来ているなどと言ったらまた切って食べるなどと 言い出すのではないか。 今晩の最後の夕食に本体も食べようと言い出すのではないか。 いや。 馬鹿馬鹿しい、高々蛸だ。 塔矢も、緒方も進藤も国に帰ってしまえば関係のない人間だ。 『新しい足が生えて来ている。』 しかし塔矢は、心底嬉しそうに目を細め 『あ、本当だ。良かったぁ。これで海に戻ってもやっていけるね。』 子どものような声ではしゃぎ、しかし次の瞬間。 『また来年食べに来ようかな。』 夕食は、せっかくだから島で採れたものばかりにしようと言う事になったらしく 釣った魚や貝や、森で見つけたきのこ(大丈夫なんだろうな)や木の実ばかりだった。 それでも旨い。 『みんな美味しいと言っているよ。』 『ああ、美味いな。』 『タダでこんなに美味しい食材が手に入るなんて、ここは楽園のようだったと。』 タダより高い物はない。 というのがオレの信条だったが、この島は別にしていいかも知れない。 キャンプファイヤーのようだった毎日とも今日でお別れだ。 多少不自由はあったが、それでも景色は美しく、空気は美味く、 本当に楽しかった。 言葉が通じればもっと、などとは言わない。 オレは元々無口な方だから。 だが。 塔矢や緒方や進藤の事がなければ、もっと心底楽しめたかも知れない、とは思う。 明日は移動が多いし、みんな小中学生でもないので、それでも夜はいつも通りに 電気を消した。 最後の夜。 だが深い感慨はない。 一抹の寂しさと、故郷に戻れる喜びを上手く相殺出来る程の年は重ねている。 いつも通り寝ようと思った。 もう、塔矢の場所は確認しなかった。 だが、深い眠りに入る前に鼻にふ、と風が当たるのを感じて、目を開けてしまった。 そこには、塔矢の顔があった。 寝袋に入っていつも通り首までファスナーを閉め、顔をこちらに向けて見つめている。 無視して寝てしまおうと思ったが、それにはあまりにも不自然な程目が合ってしまっていた。 周囲からは既に小さないびきや、寝息が聞こえている。 『・・・何だ。』 塔矢は答えずに微笑んで、蓑虫のような格好のまま不自由に擦り寄って来る。 『どういうつもりだ。』 『抱いて下さい。』 はっきりと言われて、眩暈がした。 目の前で塔矢の寝袋のファスナーのタグが、僅かな明かりにちらちらと揺れる。 返事が出来ないでいると、塔矢はもう一度笑って『ボクにこんな事を言わせるなんて』と呟いて 体を曲げ、歯でオレの寝袋の途中まで上げられたファスナーを、下げようとする。 チーッ。 『やめろっ!』 押し殺した声でその音を隠すように遮る。 『オレにはそういう趣味はない。緒方や進藤と一緒にするな。』 『本当に?』 本当に? それは自問でもある。 水棲生物の身を食う塔矢の口元に、白い顔に胸元に、欲情しなかったか? 緒方や進藤に抱かれている、塔矢を見て興奮しなかったか? 否!否否! そんな筈はない! オレは、男と交わる嫌悪を、苦しみを、忘れたくて忘れる為に、 『試してみもしないで?』 ・・・抱く方を。 塔矢の肌を、体の中を、味わいもしないで。 『何故・・・そんな、事を。』 『あなたの、番だから。』 ? 『あなたの、順番だ。』 『あなたは、手強かったから最後になっちゃったけど。』 ・・・・・・! 『ほら、あと一本だから。』 ・・・歪になった、蛸の。 一本残った足。 あれは。オレの。 『食べさせてよ・・・。』 残りの、足は。 伊角・・・越智・・・社・・・・・・。 みんな。 昼間、言葉は通じなくても共に海に潜り、碁を打ち、子どものように遊んだ。 面々が、一つづつ浮かぶ。 オレに分からない言葉で「アキラ」と言っていた緒方。 恭しく塔矢の髪を持ち上げた越智。 塔矢のウェットスーツを脱がせた伊角。 塔矢を呼びながら達した社。 口移しで水を飲ませていた進藤。 ・・・そして六日目の、今晩。 オレは違う。 オレは、ノーマルだ。 男となんか関係したくない。 オレの信条は、「タダより高い物はない」だ・・・。 ・・・目の前でまた塔矢のファスナーが揺れる。 その首もとから、喉仏と鎖骨が少し覗いている。 チーッ・・・ ファスナーを下ろせば、きっと下には何も着ていない。 あの日見た、眩しい肌があるはずだ。 チーッ・・・ 目の前の、魚をさばけば、その下にある肉は、 チー・・・ッ・・・・・・ 耳の中で何度も、ファスナーの音の幻聴が響いた。 −了− ※おくとさんに頂きました!ぎゃあ。水もしたたるいいアキラ! クリックでモノトーンバージョンも見られます。 色気の権化v 日煥じゃなくてもくらっと来ますて。 下の萌えすぎるリクといい、今回は私の方がプレゼントを頂いた気分です。 本当にありがとうございました! ※10万打踏んで下さいましたおくとさんに捧げます。 リクエストはこちら。 もうリク自体が一つの作品というか、可愛すぎて萌えすぎてv 私がプレゼントを頂いた気分v(NG例の方もラブすぎる!・涎) しばらく着ぐるみヒカアキ以外何も考えられませんでした。 「普段は中々、そんなモノ着ないだろう」って(笑) 今回はウェットスーツと寝袋です。そんなアキラさんで萌えられるかどうか心配ですが。 あと「アキラ受」と「アキラモテモテ王国の国民」の大フォントにも笑った(笑) ここまで念を押しておかないとうっかり攻めさせてしまいそうだからだと思うのですが ここまでされて案の定凄く攻めくさくなってしまった・・・。えへ☆(え。) 国民の皆さんは、せっかくなのでイラと同じメンバーにさせて頂きました。 最後に蛸・・・死んでません!海に放されてまた元気になります。 リク主さんの足を切るだけでちょっと勇気いりましたが、まあアキラさんに食べられるなら 許していただけるかと。 おくとさん、御申告&ステキリクありがとうございました! 追記。おくとさんに頂いたステキコメント! ちなみに、私の個人的妄想を書かせていただきますと、 イルファン、多分、アキラさんに手を出していないのではないかと。 あれです。最後の最後でふんばったんですよ。ファスナーを開けた段階で、 「否、否、否!」みたいな。 それで、蛸は、足を一本残したまま海に返されて。 「今度は、全部食べてあげるからね」とかアキラさんは言ってるんです。 イルファンはイルファンで、「俺は、あいつらとは違う、普通なんだ!」と勝利を かみ締めたつもりなのに、アキラさんに手を出さなかったことが、かえって悶々となってしまったり。 手を出さなかったので、逆にいろいろと想像したり、夢に見て下着ぬらしちゃったりするんですな。 これならあの時、アキラさんと一線を超えてしまっていたほうが「男なんてごめんだ」と 思えたかもしれなにのに、とか。 アキラさんは、アキラさんで、一本足で弱っていると思っていた蛸に、食べる寸前に墨を吐かれて、 砂をかけられて逃げられてしまったも同然なわけで。 イルファンに、独特の碁とは違った執着を持ってしまったり。 イルファンが逃げたら、アキラさんが追って、イルファンがもうだめだ!とアキラさんの腕をつかんだら、 今度はアキラさんにするっとかわされて、二人には追いつ、追われつしていただきたいです。 キッスくらいは勢いでしてしまっても、いつまでも一線を越えない二人。 そして、また一年が過ぎて、夏がやってくるのです…。 蛸の足は生えたのかしらー、みたいな。 ありがとうございます!ええ、ええ、リク主さんに萌えさせていただきました! どうでしょう、一年過ぎて・・・ |
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