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寒山くんと拾得ちゃん 塔矢アキラがいつもの如く頭の中で碁石を並べながら棋院のロビーに向かって 歩を進めていると、前方で何やら騒がしい気配がした。 胸騒ぎがして思わず足を早める。 カッカッカッカ・・・。 到着すると果たしてそこには、進藤ヒカルとその(自称)友人たちがいた。 少し年かさのコミヤかオジヤかいう男がヒカルを羽交い締めにしていて、 その動けない体に唇をタコみたいに尖らせたワヤヤとかいう男が顔を近づけていたのだ。 「っっ何してるんですかっ!」 ロビー中に響きわたる怒号。 コミヤとワヤヤがぎくっと振り返る。 売店のおばちゃんも振り返る。 一般客も振り返る。 しかしアキラはギャラリーには脇目も振らず、口元でだけ笑いながら真っ直ぐにワヤヤを睨み据え 見えない「動く歩道」の上を更に歩いているかの如き素早さでヒカルの元へ向かった。 「・・・何してるんですか?」 笑顔全開のまま物凄いスピードでコミヤとワヤヤを交互に見る。 そのまた異様な動きにワヤヤの腰が思いっきりひけた。 「いや、なに、ちょっとふざけてたんだよなぁ?」 「あ、ああ!」 「んじゃ、またな!進藤。」 「おう!」 笑顔で手を振るヒカルの腰の肉を、同じく笑顔で手を振っているアキラが 背後から思いっきり摘み、捻る。 「って−−−!!」 ヒカルの悲鳴がまたロビーに響きわたったが、もう売店のおばちゃんも 一般客も「一件落着」とばかりに気にしなかった。 「ひでぇ!なにすんだよ!今の、絶対痣が出来たぞ!」 「いいんだよ。見るのはボクだけなんだから。」 「バッ、こんなトコで、っつーか、一体何なんだよ?」 「あいつらには気を付けろと言ってるだろう?」 「はぁ?何の話だよ。ちょっとふざけてただけだろ?」 まったく・・・。アキラは溜息を吐いた。 このちょっと足りない所がチャームポイントの恋人は、自分が如何に可愛くて 魅力的で男を惑わせる力があるのか分かっていないのだ。 「と・に・か・く!男には気を付けろ。特に・・・」 脳裏を白スーツが過ぎったが、やはりこれは言わぬが花だ。 そんな事を言ったら兄弟子を信用していないようだし(実際信用していないが) 意外とこう見えてヒカルは緒方に懐いている。 多分食べ物に釣られているんだろうが、緒方に「ヒカルにエサを与えないで下さい」と さり気なく釘を差す方法を、未だアキラは見いだせないでいる。 「なーに言ってんだ・・・。気を付けるのは、お前だろ?」 苦笑を浮かべるヒカルはさっきとは打って変わってちょっと男っぽくて、 また惚れ直しそうだ。いや惚れ直した。 「お前はキレイだからな〜。女にもよくもてるし。」 「別に・・・。」 「嘘つけ。こないだだってえらい可愛い子に何か貰ってたじゃん。」 確かにアキラは棋士としてだけでなく、男性としても人気があったりする。 それは絶え間ない営業スマイルと雑誌などでの謙虚な受け答えの賜物だと アキラは知っているが、ヒカルには言わない。 言ってもこの馬鹿に実行できるとは思えないが、万が一そのセオリーを習って 今以上にもてて、女にまで警戒しなければならないようになったら、 自分の身が持たない、と思うからだ。 「ちぇっ。何でお前ばっかもてるかなー。」 「キミだって女の子にも人気があるよ。」 「お前ほどじゃない。」 拗ねたように背中を向けて玄関に向かうヒカルの、自分より少し低い後ろ姿に アキラは感慨を覚えた。 そう、この背中に惚れたのだ。 中学三年生のあの日、突然打たなくなったヒカルを求めて アキラは学校に押し掛けた。 しかし叱咤激励するつもりがついつい叱咤叱咤になってしまい、 気が付いたら逃げられていた。 だが、その元気よく走り去るしなやかな後ろ姿。 それを見て、もう碁がどうとかよりもとにかく掴まえたくなってしまったのだ。 アキラ、ハンター魂炸裂先祖がえり。 自分の足では追いつけないと悟ったアキラは、迷いもなく文明の利器、 タクシーを掴まえた。(ハンター魂・・・) 「あの少年を追って・・・あれ?」 もう姿が見えないヒカルを探して執念深く辺りを走り回らせる事十分。 やっと見つけた学生服にツートン頭を追い越して車を止めさせたアキラは 千円札を押しつけて「釣りは結構!」 飛び降りて呆然とするヒカルの前に仁王立ちになった。 「いや、あの、足りな・・・。」という運転手の声なんぞは全く耳に入らない。 それから拉致同然に同じタクシーに引きずり込み、自宅まで走らせたので 軽犯罪乗り逃げ罪を犯さずにすんだのは運転手にとっても本人にとっても 日本囲碁界にとっても幸いだった。 ・・・連れ込んだ自室で、ヒカルは拗ねたように膝を抱えてゆらゆら揺らすだけで アキラを見ようとしなかった。 可愛い・・・それを見てアキラは生まれて初めて他人に性的興味を覚えた訳だが だからと言ってどうしていいのかは全く分からない。 「ったく。何だってんだよ。とにかくオレは打たないんだから。」 「そんな。」 「お前いっつもゴーインなんだよ。何でこんな事するんだよ。」 「キミが好きだから。」 「・・・・・・。」 あまりと言えばあまりに唐突な速攻。即答。 ヒカルも口を開いて固まっていたが、言った方のアキラも愕然とした。 しかし口に出してみると、ああそうか、そうなんだ!これは天啓だ! もう、そうとしか思えないアキラの辞書に一般常識という言葉なし。 「あのな・・・お前な・・・。」 「何だ!」 男が男にコクっておいて拒絶されるだなんて露ほども思いつかない常識原人アキラは 勢い込んで答えた。 「そーゆー顔して、そーゆー事言って・・・襲われても知んないぞ?」 何とか受け答えが出来たのは、意外とヒカルのダメージが少なかったから。 その理由はアキラの髪型から見て何となくカマっぽいと実は前々から内心思っていた事。 そしてこういう挑発的な事を口走ってしまったのは偏に「オレが碁を拒否したからといって、 好きでもないのにそういう絡め手で来るのは一体どうなんだ、バカにするな」と言いたいのを ヒカル流に縮めたつもりだったのだ。 だが。 「結構!好きにしてくれて構わない。」 次々と服を脱ぎ始めたアキラに、本気で怯えが走った。 まさかまさか、どこまで行くつもりなんだ?マジじゃ・・・ないよな? 怯えは次第に震えへと変わり、アキラが最後の一枚を躊躇いもなく脱ぎ捨てた時点になって ガクガクと腰を抜かして入り口の方に這って逃げ出した。 勿論それをアキラが許す筈もない。 「進藤!逃げるのか!」 「逃げる!」 「許さないぞ!逃げたら大声を出してご近所を呼ぶぞ。 ボクには前にも変質者に襲われかけた前科があるんだぞ!」 何が前科なのか、とにかく 「逃げたらヒカルに襲われたと言って自分が被害者の振りをして無実の罪をなすりつける」 と言いたいらしい。 いきなりまっぱになって見たくもない物見せつけてるお前の方が変質者じゃんかよ! と言えば良かったと翌々日にしか思い付かなかったヒカルもヒカルでバカ満開だ。 とにかくそういう訳で、アキラは恐怖に竦んだヒカルの服を剥いだ。 しかしそこでそのまま突っ込んでしまったとすれば現在の彼等はない。 知識がなかった訳ではない。 入れたくなかった訳でもないが、怯えと怒りで震えながら自分を睨んでいるヒカルを見た時に、 はた、と我に返ってしまったのだ。 この表情・・・このまましてしまったら、進藤は生涯自分から逃げ続ける。 再び手に入れるのは相当困難で、犯罪まがいの事をしなければならないかも知れない。 ・・・ってこの日も既に犯罪まがいと言えばそうなのだが、中途半端に常識原人なアキラ、 そんな事には気付かない。 とまれ、アキラは手を止め、震える唇にそっと、触れるだけのキスをした。 そして自分でもとっておきだと知っている、少し気弱そうで押しつけがましくない 極上の笑顔を披露した。 「本当に・・・キミの、好きにしてくれていいんだ。」 原人、「道具」の観念に気付く。 俯瞰してみればヒカルは「じゃあ帰らせてくれ。」と言っても良かった場面だし、 もしこの時そう言えば、アキラの形相と態度が一変する世にも凄まじいビジュアルを 見られた筈だ。 だが、双方が既に全裸であるという事実がその選択肢に目隠しをしていた。 それがヒカルにとって幸いだったのかどうなのか、歴史に「もし」は存在しない。 「・・・本当に、いいの?」 「ああ。」 「後悔、しないか。」 「しない。」 恐らくヒカルは潜在的に同性愛傾向を持っていた。 あるいは、深層意識で女性じみた囲碁幽霊に性欲を持っていた。 そして変質者だった。 そうでなければ、数える程しか合ったこともほとんど会話らしい会話もしたこともない 同性にこんな事が出来る訳はない。 と言えばアキラもそうなのだが、変質者同士のこの幸運な出会いは良い方向に転んだ。 その後もアキラは自分の体で正体の分からないヒカルの無柳を慰め続け、 皮肉にも自分が関しない別のきっかけでヒカルが碁を再び始めたのに多少口惜しい思いはしたが そこは碁は碁、恋は恋、意外と簡単に割り切って「追ってこい」なんて事も 口にすることが出来た。 そしていつしかヒカルの中にも感情が生まれ、それは恋愛くさいものに発展して 日々周囲の常識概念を覆しつつ現在に至る。 「よっ!アキラくん、進藤。」 玄関の外で声を掛けられ、出た・・・と思ったのはアキラだけで、 ヒカルは脳天気に「緒方先生!」と振り返った。 今日は何食べさせてくれんの?くれんの? ハッハッと息も荒く見上げる犬のように緒方にじゃれつく。 そう。「ヒカルを餌付けている」というアキラの推測は間違いではなかった。 最・要注意人物、緒方精次。進藤を狙う鬱陶しい変態の一人。 と、自分の事など全く棚の上に上げてアキラは心の中で眉を顰めつつ笑顔を浮かべた。 「こんにちは。緒方さん。(進藤に近づくな変態。)」 「ああ。どうだ、調子は。(放っておけ。人の勝手だろう。)」 「いつも通りですよ。(進藤はボクのモノですよ。)」 「常に同じという事はないだろう。(誰がそんな事決めたんだ。)」 「そこそこ調子がいいという事です。(ラブラブなんですよ、ボクらは。)」 「油断は禁物だな。(油断は禁物だぞ。)」 水面下で鍔迫り合いの応酬をしつつ、にこやかに会話を続ける兄弟弟子。 今日は仕事も終わってるし、このまま塔矢とオレを何か食べに連れていってくれるかな〜と ニコニコ聞いていたヒカルは、ふと、首を傾げた。 普通の会話をしている筈の二人に、どうも親密な空気が感じられるのだ。 まあ昔から親しい兄弟弟子だし、それに不思議はないとは思う。 でも、言外に、何かを伝え合っているような。 いや実際伝え合っているのだが、それが自分の事だとは全く気付かない所が進藤ヒカル。 「こんにちは。緒方さん。(会いたかったです緒方さん。)」 「ああ。どうだ、調子は。(オレもだ。寂しかっただろう。)」 「いつも通りですよ。(何とか耐えてますよ。)」 「常に同じという事はないだろう。(本当に耐えられるのか。)」 「そこそこ調子がいいという事です。(いじわる・・・。バレないように頑張っているのに。)」 「油断は禁物だな。(油断は禁物だぞ。)」 とそこまで具体的に妄想逞しくしていた訳ではないが、 何となくそれっぽい事を想像してしまって。 今まで全く気付かなかった疑念に一度火が点くとこれがもう止まらない。 確かに緒方先生はよくオレを連れだして飯を食わせてくれたり可愛がったりしてくれてる みたいだけど、もしかしたらそれはオレが塔矢と付き合ってるから? いや、もっと考えれば、塔矢から引き離すため?? ・・・最後の所だけしか合ってない。 しかしヒカルは一度追うと決めたアキラを、二年も諦めずに追い続けてやっと掴まえた男。 とほぼ同時にアキラにも別の意味で捕まえられたのだがその事には気付いていない男。 思いこみの激しさと鈍さには折り紙が付いている。 ・・・塔矢はこの所きれいになった。色っぽくなった。 それはオレのせいだと思うんだけど(確かにヒカル、というかヒカルの目のせい。恋は盲目。) そんな塔矢を他の男が狙わない筈がない! てゆうか塔矢、もしかして浮気してる? 確かに緒方さんはオレより背も高いし、オトナだし、金持ってるし、付き合いも古いだろうけど、 ってオレって全部負けてる?んなバカな! 今まで「(エサをくれる)いいお兄さん」だった緒方が嫉妬という眼鏡を掛けるだけで「恋敵」に変貌する。 別の眼鏡を掛ければ自分を狙う「狼」になるのだが、 勿論バカ盛りのヒカルはそんなことには気付かない。 突然メラメラと燃える瞳でヒカルに見つめられた緒方は、その熱い視線を何と勘違いしたか いつになく緩んだ笑顔を浮かべた。 そして「この後三人で夕食・・・」と言いかけたのをアキラに 「いえ!この後、進藤と碁会所で打つ約束をしていますんで。」 勢い良く遮られ鼻白みかけたが、そのアキラの余裕のなさが愉快で、 やはり底意地の悪そうな笑いを殺せない。 「そうか。残念だな。ではまた今度。」 白い肩を揺らして、大人の余裕綽々と去っていった。 一方、取り残された二人は双方別の理由で心中穏やかでななかった。 自分も同じ事を言うつもりだったヒカルは、しかしアキラに先に言われて 引っかかる物を感じたのだ。 「・・・なあ。何で断ったんだ?」 「え?それは。」 「もしかして、長いこと一緒にいたら何かバレるから?」 首を捻ったアキラに、ヒカルの思いが爆発する。 「もしかして、お前緒方先生とも付き合ってる?もしかしてオレよりアイツの方が好き? もしかして、二人でオレの事笑ってる?もしかして、もしかして・・・オレに飽きた?」 アキラは呆気に取られた。 そしてその後彼には珍しく爆笑した。 「し、し、進藤!何言ってるんだ!ボクがキミに飽きるなんて有り得ないよ。」 目尻に浮かんだ涙を拭う。 「緒方さんなんか好きじゃないし、向こうだってボクの事は何とも思ってない。 食事を断ったのは、キミが心配だからだよ。緒方さんと話すキミを見たくないからだよ。」 「ホント?」 「ああ。ボクが好きなのはキミだけだ。」 「緒方さんに抱かれてないよね?」 「天地天明に誓って。」 ヒカルはやっとにっこりと微笑んだ。 自分がヒカルを好きなのは、そして上手くやっていけるのは、彼のこの天衣無縫さのお陰だと アキラは思う。 疑問はすぐに口にし、説明すれば信じてくれる。 進藤を騙すのはきっと容易い。だからこそ自分は絶対に彼に嘘を吐かないだろう・・・。 と、アキラが今日二回目ヒカルに惚れ直している間に、ヒカルは別の事を考えていた。 ・・・ということは、緒方先生は塔矢を一方的に狙ってる訳か・・・。 アキラの科白の後半部分、「キミが心配だからだ」とか「緒方さんと話すキミを見たくない」とか そんな部分は全く耳に入っていないヒカルである。 そしてその事が、彼を窮地に陥れる事になるのだった。 翌日の夜、ヒカルは緒方とホテルのレストランで向かい合っていた。 相変わらずヒカルの熱い視線を勘違いしっぱなしの緒方精次。 地道に餌づけて来たのがやっと功を奏したか、と最上階のスウィートを押さえてあるという 暴走ぶり。 対するヒカルは、実は今日は緒方を牽制する目的でこの席に着いたのだ。 そう言えば、自分は緒方先生に塔矢と付き合っていると言っていない・・・。 言わなくても棋院中で知らない者とてないのだが、やはりヒカルは気付かない。 気付かない事が多すぎて日常生活に支障をきたさないか心配な程の彼、 とにかく!今日はガツンと、「オレと付き合ってるんだから塔矢に手を出すな。」と 言おうと思って・・・、 思っていたのだが、食欲に負けた・・・。 いつも以上にゴージャスなコース。「んまんま!」と頬張るのに必死で 結局食事が終わるまで何も言えなかったのだ。 「たひゃ〜!ごちそうさまでした!」 しまった・・・。これから宣戦布告しようと思っていた相手に奢られてしまった。 そして満足させられてしまった・・・。 だが。ここで引き下がっては『男がすたる』!(使用方法間違い) 「これから・・・。」 「緒方さん!」 「何だ。」 「その、お話があるんです。」 睫毛を震わせながらの上目遣いに、キターーッ!緒方碁聖、心の中で会心のガッツポーズ。 「上に部屋を取ってあるんだ。」 「はぁ。」 「そこで話をしようか。」 「はい。」 この決まり切った科白でその意味が分からなければどうかしている。 でもヒカルはそのどうかしている人だった。 万が一誰かがそこの所を突っ込んだとしても「だってオレ男だもん!有り得ねえ。」と答えるであろう。 自分がその同性であるアキラと付き合っている事、そしてそんなアキラに手を出さないように 牽制する目的でこの場にいる事などすっかり別腹というか、そこから類推できる可能性などには 全く、やはり気付かないのであった。 その部屋は自分が今まで仕事で泊まったどの部屋よりも広くて、ヒカルは驚いた。 何で一人でこんな高そうな部屋に泊まるんだろう・・・やっぱり緒方先生は変わってるなぁ、 まあメシ奢ってくれるからいいけど。 無邪気に辺りを見回してぽてっ、とベッドに腰掛けたヒカルに、 そのまま襲いかかりそうになった緒方は危うく理性を取り戻す。 「・・・先にシャワーを浴びて来るがいいか。」 見よ!大人の余裕。 ネクタイを弛めるこの姿に、悩殺されろ進藤ヒカル! だがヒカルは、不思議そうな顔をしただけだった。 「へ?あ、ああ、いいけど。」 ヒカルは不思議そうなというか、心底不思議だった。 話はちょっとで済むのに、何で人待たせてシャワー? 緒方はヒカルのその訳の分かっていない無邪気な顔に、失望するというよりは 欲情した。 そうだ、その足りない所がチャームポイントのヒカル。 後で思う存分可愛がってやる、アキラが教えてくれない世界を教えてやる。 鼻歌が出そうになるのをまた危うく我慢して、自分では苦み走っていると思っている 渋い顔を維持したままバスルームに突入した・・・。 体を洗いながらふと、ヒカルがやっぱり怖くなって逃げてしまったらどうしよう、 と気付いた緒方が出てくるのは早かった。 「あれ?もう出たの?早いですねぇ。」 その言い回しと、相変わらずヒカルが居た事に対する安堵との合わせ技で しゃがみ込みそうになった緒方だが、そこは「大人の余裕」で何とか立て直す。 「では次はお前が浴びてこい。」 「へ?オレ?」 「他に誰がいる。」 「いや、何で?」 何でって別に構わないと言えば構わないし、多少体臭があるのも悪くはないが。 何でって、今までの女は必ずといって良いほど事前にシャワーを使わせてって。 というか、え? よもや。まさか。 「・・・念のために聞くが、お前何の為にここにいるんだ?」 「えっ?だから話が。」 「・・・・・・。」 緒方精次、目の前真っ暗。 ・・・そうかそうか、そうだよな。ちょっとあまりにも急だったかな。ははは。 緒方精次、愕然。 そうか・・・。まさかとは思ったが、 強姦しなければならないハメになるとは。 という発想自体が「まさか」なのだが、緒方は別にそれを不自然とも思わず、 それはそれで楽しいんじゃないか? 怯えて涙を流し、許しを請うヒカルを想像して、いや、そっちの方が楽しいかも! 頭も股間も快晴である。 「・・・では、その話を聞こうか・・・。」 バスローブを押し上げる物もそのままにゆっくりと近づき、ベッドに座ったままの ヒカルの脇に膝を突く。 「えと、あの・・・。」 「言いづらいなら体に訊くが。」 囁きかけながら、ヒカルの首に手を伸ばす。 五本の指先で撫で、その滑らかな感触と怯えた(というか引いた)表情をじっくり楽しんだ。 だがしかし。ヒカルも負けっ放しではない。 気の強い目でぐっと睨み返し、 「お、脅したって無駄だぞ!」 「ほう。」 睨む顔も可愛いなぁ・・・。もう勝利を確信している緒方。 投了してもいいだろうに、食い下がってくるのがまた可愛い。 「あのね、塔矢はね、」 「アキラくん?」 「・・・塔矢はオレのもんなんだから、手を出すなーー!」 遂に言った!言い切った! やっと目的を達成して、ふんっ!と鼻息も荒いヒカル。 だが今度は緒方が戸惑い顔を隠せなかった。 アキラに・・・って。手を出すなんて状況をあまり想像したくもないが。 しかしさすが年の功、そのまま口に出す前に、ヒカルの言動を考察してみた。 進藤ヒカルは、自分に抱かれるつもりでここへ来たのではない。 進藤ヒカルは、自分が塔矢アキラに手を出そうとしていると思っている。 「まさかと思うが・・・お前達は、そういう関係じゃないのか?」 因みに「そういう関係」とは、「アキラ」が「ヒカル」を抱いている、という関係。 「そういう関係だってんだよ!」 オレと塔矢にはニクタイカンケイがあるの! しかし緒方にはもう、訳が分からない。 だが、だが、ということは、こうも言えるよな? 「では、とにかくアキラくんに手を出さなければいいんだな?」 ぶんっぶんっ! ヒカル、やっと分かって貰えた喜びに力強く頷き、満足げににかっと笑った。 そこで、緒方の理性の糸が、切れた。 がばっとヒカルを押し倒し、膝で押さえ込みながら慌ただしくシャツを捲り上げる。 「え!え!」 「お前ならいいんだろうっ」 「ぎゃー!いや、いくらなんでもそれって、」 「大人しくしろ。」 「いや、いや、」 「・・・・・・。」 「やーめろー!オレは男だぞーっ!」 いくら塔矢に手を出せないからって、代わりに男のオレをどうこうしようなんてあんまりだ! ではアキラは何なんだ、という話なのだが、仮にここに第三者がいたとしても もう突っ込む気力も失せているだろう。 緒方がシャツを脇まで捲り上げる。 ぎゃははっ!くすぐったい!って笑ってる場合じゃなくて! ジーンズの(特に指定されなければ、場所がどこであれヒカルは自分スタイルを崩さない) ボタンを外され、中に手を入れられてガシッと掴まれた時に初めてヒカルは マジヤバい!と焦った。 「お、緒方先生!緒方先生!やめて下さい!お願いします!」 「今更じたばたするな。」 「いやもう、ホントに、他は何してもいいから!塔矢をどうしてくれてもいいから!」 ヒカル、結構酷い。 だが一回くらいアキラを譲っても、自分の体を譲るよりはマシだと本気で思ってしまったのだ。 アイツなら慣れてるし!後でオレが慰めてやるし! 「そのアキラにいつもされてる事だろう?」 「へ?」 「オレにもさせてもいいじゃないか。アキラより上手いぞ。」 ちーがーうー! もう、色々違う!上手い下手じゃないんだこういうのは! ってか、そうじゃなくて!何でそういう訳分からない勘違いしてるんだ?この人は。 それは見た目とキャラ。 しかし自分を客観的に見るという習慣のないヒカルの中ではアキラはあくまでもキラキラお姫様で 自分は男らしい王子様なのだった。(この勘違いの原因を作っているのはアキラでもある) 「違います違います!してるのは、おーれ!」 「何だと?」 「だから!オレが突っ込む方なの!だからオレはケツ処女なの!」 さっきまで付き合っている事すら知られていないと思っていた相手にこれは言っていいのか。 しかしそこで緒方の手が止まった。まだヒカルを握りしめたままではあるが。 緒方は思ってもみなかった展開に、ヒカルの言葉をもう一度反芻する。 だが、それはショックというよりは、「へぇ〜」という感じだった。 へぇ〜あのアキラを進藤が抱いてるのか、へぇ〜。意外〜。 そしてもう一度「ケツ処女」まで来た時に・・・やはりこの男らしく興奮を新たにした。 ということは進藤の処女はオレがイタダキか! 可愛い顔をして向こうっ気が強い所もあると思っていたが、それはそれでイイッ! 余計に征服欲をそそられるというものだっ! 更に激しく動きを再開した緒方に、ヒカル半泣き。 自分的には必殺最終兵器を投下したと思ったのに、それが効かないどころか 火に油状態らしいのだ。 「わーっ!わーっ!いーやーあーっ!」 さすがスウィート。最高水準の防音設備。 広さもあって、自分の声がどこかに届いているような予感すらしない。 ああ・・・オレ・・・このままこのキチガイに掘られて・・・死んじゃうかも・・・ 今まで散々奢って貰った相手にそれはあんまりというか、 そんな死んじゃいそうな事をホイホイアキラに対してしてたのか。 だが勿論・・・そんな事にも気付かないヒカルのチャームポイントは足りないおつむなのであった。 「わーん!誰かーっ!」 コ、コ・・・・ 「誰かっ・・・たすけ・・・っ!」 コンコンコン。 「誰っ・・・え?・・・緒方さん緒方さん!誰か来たよ!」 「来るもんか。」 ドンッ!ドンドンドンッ! 「?」 やっと顔を上げ、いい感じに剥けたヒカルを前に頭を捻る。 「Don`t Disturb」の札を掛けておいたから従業員ではないと思うが、 もしかして隣人に声が漏れたのか? ダンダンダンダンダンダンッ! 「うるさいな。」 緒方は面倒くさそうに体を起こし、何故か慣れた仕草でもってヒカルを縛り始めた。 足を縛って最後にシャツで猿轡を噛ませ、 「いいか。静かにしてろよ。」 ガウンの合わせ目を直しながら相変わらずダンダンうるさいドアに向かう。 カチ・・・。 ガチャ。 「ああ。うるさかったら謝るが、」 「っしんどおっっっ!!」 ・・・黒い疾風が飛び込んできた。 そのスピードによって実際よりも質量を増加させた固まりは、思いっきり突き飛ばされて 足を「V」の字にひっくり返った白ガウンになど目もくれず真っ直ぐに部屋の奥に向かう。 そして蓑虫状態の恋人を抱きしめる。 「ああ、進藤!可哀想に!」 そう思うなら取り敢えず解いて欲しいヒカルであったが、それでもアキラの登場に 助かった・・・という安堵感が溢れ、思わず涙ぐみそうになった。 なったが、手足や猿轡を外して貰っている間に感謝の気持ちより疑問が湧いて来た。 喉元過ぎれば熱さ忘れる・・・早さにも程がある。 よって第一声は「塔矢っ!」でも「ありがとう!」でもなく 「・・・何でお前来たの?」 ・・・もう。いやいや・・・。 「キミが緒方さんとホテルにいるだなんて言うから、居ても立ってもいられなくって。」 どうも緒方がバスルームにいる間に携帯で連絡を取っていたらしい。 「でもそんなんじゃないから来るなって言ったじゃん。」 ・・・普通のアキラなら切れる。いやアキラじゃなくてもこの言い草には切れる。 でも、取り敢えずこのアキラは常識原人。 日常生活では論理立てて話をするという事のない男。 「すまない・・・。でもとにかくキミが無事で良かった。」 会話が成り立っていないという事に気付かないのは、こういう時に便利だ。 ヒカルも、ちょっと疑問に思っただけで別に言いつけを守らなかった事を怒っている訳でもなく、 格好悪い所を見られて恥ずかしいので逆切れ、という程の思考もなく。 「うん、助けてくれてありがとな。」 手を取り合ってにっこりと微笑み合ったのであった。 そして 「おぉーがぁーたぁーさぁーんん!」 Vの字のまま起きあがって、ぬいぐるみのくまさん状態で座り込んだまま呆然としていた 緒方がこの後どうなったのか、知る者は少ない。 後日。 「よう、進藤。中華の旨い店を見つけたぞ。」 「ホント?連れてってくれる?」 「ああ勿論。」 あんな事があったにも関わらず、今もヒカルは緒方に飛びつかんばかりに 尻尾を振り続けている。 「だってぇ。もうあんな事しないって約束してくれたし、ホテルにも行かないし。」 と言うのが彼の言い分で、それはアキラが何を言っても 覆る事はなかった。 仕方がない。彼のこういう純粋な所も好きなんだ・・・。 そういう訳でアキラは作戦を変え、こんな時には何処からともなく現れる。 「ボクもご一緒してもいいですか?」 「あ、ああ。構わないが・・・いたのかアキラくん。」 何でアキラにまで奢らねばならんのだ・・・眉間に皺が寄りそうになるが 師匠の息子でもあるし、あんな事をしでかした手前断るに断れない緒方。 着いて来い、とばかりに肩を怒らせて踵を返すしかない。 可愛いペットを二人も引きつれていいご身分だな・・・ 知らない間に棋院中の嫉みを買いながら、今日も白いスーツは風を切る。 −了− ※リクエスト @ ヒカル×アキラ A ヒカル、アイドル状態 B ヒカアキだけど、周りはアキヒカだと思っている。 G ヒカル自覚無し。 狙われてるのはアキラだと思いこんでて、牽制をかけるつもりが、危険な目にあう。 それをアキラに助けられるv のボツ。やりすぎ。 タイトルの寒山と拾得は、二人とも奇行が有名な高僧。特に深い意味なし。 |
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