裏盲日8
裏盲日8






進藤が変わりはじめたのはいつからだろう。

進藤が、妙な嗜好を持っていると気付いたのは、いつからだろう。


先日ボクに、ゴムを、買いに行かせた。
それだけならまだしも、彼はその様子を物陰からずっと見ていたらしい。

酷く、おかしいと思う。
不気味だとも、思う。


いや、思えばその前にも、誰かが見ていると知りながらボクの体に触ったり、
シャツを脱がせようとした。

まるで見られている事を楽しんでいるように。


見られることを楽しむと言えば、北斗杯の時だって、わざわざボクの目の前で
高永夏とキスをしたじゃないか。

単純にボクに対する当てつけだと思ったが、それならそこまでする必要は、
ない。
やはり楽しんでいたのだろうか・・・少なからず。



進藤が変わりはじめたのはいつからだろう。

・・・だが考えてみれば、小学生の時に初めて出会って以来、
彼が変わらなかったことがあるか?

圧倒的な力でボクを制圧したかと思えば初心者のように弱くなり、
ボクから逃げ回っていたかと思えば、追いかけてくる。
碁をやめると言ったかと思うと、一生この道を歩くと言い、
やっと本当のライバルに・・・友だちに・・・なれたかと思った途端に、
その関係を壊すような事をした。


変化し続ける進藤。

ボクはそれに振り回されっぱなしだ。

そして、その事を、楽しみ始めている・・・?






「いや、今日は腹の調子が良くないから勘弁してくれないか。」

「そう。」


棋院の廊下の端で、進藤はあっさり引き下がる。
ここまで来る人はいないから良いような物の、十メートルほど先は
ひっきりなしに人の通る階段だ。
万が一にも誰かに聞かれたくないなら、もう少し声をひそめるべきだ、と
自分でも思う。


「オマエ・・・変わったな。」

「そう?」


キミには言われたくない。
それにボクが変わったとしたら、それは、キミのせいだ。





・・・何の会合だろう。
また、扉から人が出てきた。


「先週の二次予選さ・・・。」


やっと人に聞かれても構わない会話に戻ったかと思えば、
進藤はボクの肩に手を回す。


「オレ昔、あの人と対局したことあるんだよ・・・。」


・・・顔が近い。
院生だろうか、若い男がちらりとこちらを見てから、部屋に入っていく。


「調子に乗ってて絶対負けないと思ってたからさ・・・。」


進藤の人差し指が無造作にボクの唇に触れる。
不覚にも背中をぞくりとした感覚が走り抜ける。
また一人部屋に入っていったが、今度はこちらに全く気付かなかった。


「びびらせてやろうと思って初手に、」


進藤の指は時折口内に入りたそうにしながらボクの唇の上を執拗に這い回る。
二人組が部屋から出てきて、こちらに気づき、一瞬顔を見合わせた後、
素知らぬフリでエレベーターホールに向かう。


「でもアイツも意外と気が強くて・・・。」


指は親指に変わる。

友だち同士のふざけあいと、言ってぎりぎり通るか通らないか。
わざと人前で。
そんなスリルを、楽しんでいる。
進藤。

・・・と、ボク。





進藤はしばらく指でボクの唇を弄んでいたが、その内誰も通らなくなった。
と、指を触れたまま、進藤の顔が近づいて来る。


動悸が、激しくなる。

激しくなって、苦しくて。

進藤って目も大きいけれど、虹彩も大きいんだ。

一つ、瞬きをする。

一瞬開いた瞳孔が、す、と狭まる。

自分の呼吸の間隔が短くなっているのが分かる。

苦しくて、逃げ出したくなる。

指が唇からゆっくりと離れていく・・・。



・・・その時、進藤の前髪に頬を打たれた。
突然思いっきり振り向いたらしい。

え?と思って同じ方を見ると、遠くに見知った顔があり、本当に背筋が凍った。



芦原さんが、立ち止まって首をこちらに向けていた。



他の人のように見て見ぬ振りをせず、まじまじとこちらを見つめている。
おいどうする、と進藤に声を掛けようとしたらいきなり、

かすめるように一瞬の出来事、でも確かに

進藤の唇がボクの唇に押しつけられて。


ボクは腕を伸ばして、進藤の体を押しやった。



よりによって、ボクの知人の前で!
こんな時にも露出趣味を発揮するのかキミは!

進藤を見ると、口元だけで笑いながらもう顔を横に向けている。
その視線の先にいる芦原さんが、どんな表情をしているのか・・・。

見るのが怖い。

呆れているだろうか、怒っているだろうか、誰かに言うだろうか、
・・・お父さんに言うだろうか。


恐ろしさにすくむ首を無理矢理ねじ曲げて芦原さんを見ると。




・・・爆笑していた。




体を折って大笑いした後、こちらにブンブンと手を振ってから、
何事も無かったように部屋に入っていった。







しばらく固まった後、進藤と顔を見合わせる。
進藤も鼻白んだ表情をしていた。


「よく・・・分かんねえ人だな。」

「・・・ああ。」


混乱が去った後、また進藤と目があって、頬が熱くなる。


「あの、さっき。」

「あ、ああ。人目の、ない所に、行ってもう一度しようか。」


進藤も少し赤くなって、目を逸らす。
彼がそんなに可愛い様子を見せたのはほとんど初めてで、
思わず微笑が漏れた。


「あ・・・オマエが笑ったの見たの、ほとんど初めてかも。」


キミには言われたくないな。
それに、ボクがこんな風に笑うってしまうのは、きっとキミのせいだ。

進藤も、弱ったように笑った。



今まで何度となく体を合わせて来たが、

進藤とボクが唇を合わせたのは実にこれが初めてだった。









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