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裏盲日4 電車の中で偶然進藤の幼なじみの女の子に出会った。 何故か懐かしそうに向こうから話しかけてくれる。 元々同世代の人としゃべるのは苦手だが、女の子となるとその上乗せだ。 でも彼女は、話題を考えなくても自然に会話が続くような人なつっこい人で さほど疲れなかった。 そしてこれも多分偶然、流れの中で笑っている進藤の写真を見せてくれた。 彼に「緒方さんに言っちゃった。」と笑いながらさらりと言われたとき、 ボクは生まれて初めて人を殴った。 許せない。 それなのに・・・ボクは見つめすぎてしまったんだろうか・・・ その写真をくれると言った。 何故。とも思うが屈託無く笑っているという、ボクの中ではレアな進藤を 見ていると、くすぐったいような気持ちも湧いてきて複雑だ。 などと思っていると。 「私、本当はヒカルのこと、好きだったんだよ。」 突然告白されて、頭が白くなった。 何故ボクに今そんなことを、いやそれよりあんな酷い男をボクは知らない、 その進藤をキミは。 分からない。 自分の気持ちが分からないのと同じく彼女の気持ちが分からない。 でも彼女と少し話せば何かこの感情の正体が分かるような気がして。 内心随分迷ったが、またしても生まれて初めてボクは女の子を 自分から食事に誘った。 ・・・・・・・ ・・・何故そんな話をするのか。 こんなに明るくて可愛い女の子に、そんな陰があるようにとても見えなかった。 男に乱暴されたという友だちは、表情から見て恐らく彼女自身の事だろう。 憐れむような表情にならないように、随分気を遣った。 同情、はする権利がボクにはあるだろう・・・。 奇しくも彼女を同じ立場に、ボクもある。 いや、彼女以上に人に言えないという点でボクの方が悲惨かも知れない。 ・・・奇しくも・・・? 瞬間に。 はたと思い至ってしまう。 彼女が好きだった男。 他人の気持ちなぞ斟酌せず幼児のように乱暴に振る舞える男。 胸が、苦しくなる。 進藤は・・・ボク以外にも繰り返しているのだろうかあんな事を。 彼女の震える細い肩に、ほんの少しだけ心がざわめいた。 聞いてみてもいいだろうか・・・。 そんな事を聞いたら失礼だろうか。 彼女を余計に傷つけてしまうだろうか。 傷口に塩を塗ってしまうような行為だろうか。 決定出来ずに迷っていたつもりだったのに、気付かない間に唇の間から 漏れてしまった言葉。 「その・・・相手は、進藤?」 「え?ううん!違うよ。」 意外にもあっさりとした否定の言葉に心が凪いだ。 彼女が被害者であるのには変わりないのに、加害者がボクの知っている 男でないと分かった途端また純粋な憐れみが戻ってきて自分が嫌になる。 分からない。 ボクにこれ以上ないという程の屈辱を与えた男。 何故、下らない・・・嫉妬などするのか。 あんなに非道い男。 それなのに 何故進藤を、独占したいと思ってしまうのか。 ・・・店を出てからも彼女はとても心細げに儚く見えた。 信じていた者に傷つけられて、帰る場所を失った小鳥。 今だけは。 彼女が好きだったという進藤、きっと明るく屈託のない、あの写真の中の 進藤の代わりに彼女を・・・守りたい。 これも無意識だった。 どうかしていた。 生まれて初めて味わう女の子の唇。 「ご・・・め・・・と、やくん・・。」 ・・・謝るのは、ボクの方だ。 進藤の代わりにと言っても実際してしまったのはボクだから、 さぞや驚いたことだろう。 それでも縋り付いて来た彼女が怒っていない様子なのに 心の中で胸を撫で下ろした。 肩に手を回すと細くて、柔らかくて、髪から汗とシャンプーの混ざったような いい香りが漂って来て、くらりと来た自分に罪悪感を覚える。 腕の中の生き物の体温が、上がってきた。 泣いている。 身も世もなく、泣いている。 彼女が、泣いている。 違う。 泣いているのは、ボク。 辺り構わず、幼児のように身を震わせて、泣いているもう一人のボク。 泣けないボクの代わりに涙を流すもう一人の被害者。 もっと、泣いてくれ。 そしてこの屈辱を、この苛立ちを、この感情を洗い流してくれ。 しかし彼女は涙と矛盾した事を繰り返す。 「彼のこと、好きなの。」 あ。 確かに彼女は傷ついている。 でも、 帰る場所を見失ってはいない。 「ヒカルの代わりなんかじゃない。」 ・・・・・・・・・・・キミは 恋を、しているんだね。 相手がどんな酷い奴だと分かっていても、止めようがない。 まっしぐらに墜ちてゆく、 どこまでも。 そんな、そんなもの、なんだね。 「彼じゃないとダメなの。」 ・・・そう。 分かって、しまうあなたの気持ち。 痛いほどに。 いくら分からないフリをしていても、 自分の心に目隠しをしていても。 「好き、なのよ。」 もしキミが好きなのがまだ進藤だったら、 ボクはキミを奪ってしまったかも知れない。 進藤からキミを。 いや。 ・・・キミから、進藤の思い出を。 でも、そうではなかったんだから 明日から生まれ変わって、また彼を愛すればいい。 だから、今は涙が涸れるまで泣いて。 抱きしめてあやすように髪を撫でると、自分まで浄化されるような気がした。 |
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