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裏盲日3 オレを避け回る塔矢を、棋院の廊下の端で漸く捕まえた。 「離せよ!」 「やだ。話くらい聞けよ!」 「話なんか、ない。」 「オレはあるんだよ!セミナーの時、」 「ボクにとってはどうと言うことはない。」 「ホントに?誰かに言ってもいいの?」 「言いたければ言うがいい。困るのはキミだ。」 「そりゃそうだけど。じゃあ、緒方先生に言っても?」 緒方さんの名前を出したのは勘のようなものだ。 兄弟弟子、という以上の親しさのような物を感じて、何となくムカついてただけ。 なのに思いがけず塔矢の瞳が突然揺らいで、 「・・・緒方さんにだけは、言わないでくれ・・・。」 「何だよ。オマエ、緒方さんのもんなの?」 「バカかキミは!」 「『緒方さんにだけは』ってったら普通、そうだろ。」 「キミと一緒にするな。小さい頃からお世話になってるから 心配掛けたくないだけだ。」 ふう〜〜ん・・・。 「お世話に、ねえ。」 「キミにはわからない。」 「・・・・・。」 「彼がどれ程ボクの面倒を見てくれたか、どれほど打ってくれたか、どれほど」 怒っているのにどこか泣きそうな顔に見えた。 「可愛がってくれたか・・・・!」 能面を崩して今にも叫びだしそうな塔矢を見たくなくて、 オレは背を向けた。 緒方さんは、今日は講師で2階にいるはずだ。 がやがやと一般が去った後の部屋に入ると、緒方さんと二、三人の棋士が 雑談をしていた。 「緒方先生。」 「お、進藤か。何だ。」 「少し話が。」 と他の人を見ると、「じゃあまた・・・」と言って去ってくれた。 「・・・で、人払いまでして何の話だ。」 「塔矢の事なんだけど。」 「アキラくんか。彼がどうした。」 「オレ、塔矢をモノにしました。」 「・・・何だって?」 驚くほどの素早さでこちらに顔を向け、その早さを誤魔化すように ゆっくりと中指で眼鏡を押し上げる。 「塔矢と、寝たと言ったんです。」 「・・・・・。」 緒方さんは視線を逸らして灰皿を引き寄せ、煙草を取り出した。 火を点ける。 目を細めて煙を吐き出す。 その表情を見て、分かってしまった。 緒方さんの想い。 きっと、この人は塔矢を手中の珠のように大切にしてきたんだろう。 ・・・食べ頃になるのを待ちながら。 そして、もしかしたら塔矢も心のどこかで手折られるのを待って・・・。 知らずに油揚げをさらってしまったかも知れない。 緒方さんが一本の煙草を根元まで吸い尽くすのをオレは初めて見た。 必要以上に執拗に吸い殻を灰皿に押しつけ 「・・・オレの知ってる店がある。続きはそこで聞こうか。」 低い声で言い、先に立って背を向ける。 あ〜あ。オレ、腹いせにヤられちゃうかもよ?別にいいけど。 いつも通り胸を張って歩いているのにどこか悄然として見える背中を見ると 申し訳ないような気持ちも湧いてくる。でもやっぱり。 油断した、アナタが悪いんですよ。 |
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