中毒症 7 進藤は小さな悲鳴を上げたと思う。 それでも動かなかったし、逃げなかった。 「佐為は、キミの中にいる。それで十分だと、以前に言ったよね?」 膝立ちで近づき、ゆっくりと押し倒すと金色の髪が広がった。 花が、咲いたようだ。 佐為・・・。 「おまえ、塔矢か・・・?それとも。」 黒い欲望を、解放する。 そうだね、そんな自分に名前を付けてもいいけれど。 残念ながら僕はそこまでロマンチックな人間じゃないんだ。 ・・・進藤は僕が記憶を喪失したか、それとも多重人格だとでも思っているようだが、 「塔矢アキラ」はいつも寝てなどいない。 寝た振りをして、キミだけに心の奥底の汚物を見せつけて、 昼間は知らない振りをして口を拭っていられる程の狡さを持った男なんだ。 これからも「僕には性欲なんてありません」なんて。 聖者のような顔をして生きていくだろう。 ・・・でもそれって、誰もがやっている事なんじゃないか? 進藤は青ざめたが、僕から目を逸らしはしなかった。 僕が何者か、注意深く観察しているようだ。 別にどう想われようと構わないけれど。 ボタン、ボタン、ボタン、ジッパー、 少しづつ剥き出していく、体。 「佐為に会わせてよ。佐為を、引きずり出すよ。」 そんな事を言いながら。 嘘なんだ。 もう「佐為」に拘っている訳じゃないんだ。 どんどん自分の中で、佐為と進藤が混ざっていく。 その体も、喘ぎ声も、打ち筋も、全てがもう区別が付かない。 最初は佐為だけが欲しかったのに。 今はもう、どうでもいい。 ただ打ちたい。 入れたい。 独占したい。 どうしようもないこの欲望をキミに受け止めて欲しい。 中身はもう、キミであっても佐為であっても関係ない。 そう、僕は、ただ欲情しているんだ。 「佐為・・・。」 囁きかけると、手を突っ張って抵抗を示した。 弱い癖に。 その手首を掴んで畳に貼り付けると、ロザリオのよう。 結果として僕の頭は進藤に近づき、その顎辺りに鼻が触れそうになる。 「佐為・・・。」 目の前にある肌の中で、唯一湿っていない耳に舌先で触れる。 「っ・・・!」 進藤の体が跳ね上がりそうになったが、体重を掛けて抑える。 彼が感じていると思うだけで、僕にまで痺れるような快感が訪れた。 前回初めて覚えた不思議な経験だ。 荒くなる息、その端々に混ざる細い喘ぎ声。 もっと聞きたくてしつこく攻めていると、きつく閉じた進藤の瞼の間に涙が浮かんできた。 「嫌なの?」 「おまえ、『塔矢』じゃねぇよな・・・?」 そうだね、普段の「塔矢アキラ」とは別モードのつもりだから そう思いこんでいてくれていいよ。 「でも、な。」 遂に進藤が目を開けたので、その目尻からほろほろと水滴が零れた。 でも様子に反してその笑顔は随分禍々しい。 「オレも、『佐為』じゃねーんだよ。」 「・・・・・・。」 「『おまえ』は『佐為』とヤッてるつもりかも知んねーけど、オレは『進藤ヒカル』なんだよ。」 そう言って不意打ちで僕の手を逃れると、自分でぐいぐいとジーンズや下着を下ろした。 「『おまえ』結構上手いよな。本気で感じちゃったよ。 何、普段碁を打ったりしてる時は『塔矢』の後ろに隠れてるわけ?ちっちゃくなって?」 「・・・・・・。」 「『塔矢』は『おまえ』の事、知ってんの?知る訳ないよな? 知られたくなかったら、もっと感じさせてよ。『佐為』じゃなくて悪いけどさ。」 異常な饒舌は、先日初めて体を交えた翌朝の彼を思い出させた。 あの夜は進藤の中に色濃く「佐為」を見てしまい、僕の中の何かが壊れた。 最初はただ、「sai 」の事が知りたかっただけなのに。 そこに性的なものを持ち込んだのは進藤だ。 それに彼が佐為のパーソナリティについて教えてくれなかった以上、 僕がそれを進藤自身と同一視してしまったのは仕方がない事だろう。 だから恐らくあれは、柄でもないが進藤の優しさだと思う。 僕が、「佐為」には欲情しても「進藤」には出来ないと彼は思ったから。 だから佐為を演じてくれたのだ。 分かっていても、はまった。 でもそれが、僕が今まで大切に守ってきた物を破壊した。 目の前の肉に理性を全て飛ばす、 自分がどうしようもなく「オス」だと思い知らされた。 許せなかったんだ。 だから僕は「佐為」を忘れた振りをした。 キミに対する報復でもあり 自分に対する制裁でもある。 けれども。一度目覚めたオスは、 「オレは『佐為』じゃ、ないんだよ。」 「・・・・・・。」 「おい。」 僕の体の中の熱は、一向に去らない。 それどころかますます熱く脈打ち、喉元から迫り上がってくるようだ。 「とう・・・や・・・。」 欲望が、指の先々まで、毛先に至るまで充満し、 色々なところから溢れ出そうとする。 例えば勃起した突起の先から糸を引いて、進藤の下半身を汚し、 目の端から零れて・・・進藤の頬を濡らす。 ・・・塔矢ごめん 進藤が、やけに苦しそうな顔をしていた。 どうしたんだ、僕はまだ入れていないぞ。 「佐為じゃなくて、ごめんな。でもオレ、本当におまえが好きなんだ。 おまえが『塔矢アキラ』じゃなくても、同じ体に抱かれているだけで幸せなんだ。」 だから僕は多重人格者じゃなくて『塔矢アキラ』なのだし。 恋愛とかそんなのはよく分からないし。 それでも少し引いた僕の顔からは相変わらず水が溢れて ぽたぽたと進藤の胸に垂れていく。 「佐為じゃ・・・ないんだよ・・・。」 どうしてキミは、そんなに辛そうな顔をしながら泣きもしないんだ。 ずるい。 まるで僕一人が泣いているみたいじゃないか。 僕がキミに泣かされているみたいじゃないか。 だから僕は無理矢理唇の両端を上げる。 「そんなこと、知ってるよ。」 そう言って一旦体を離し、目を見開いた進藤に構わず 力の抜けた足を持ち上げて、ねじ込んだ。 進藤は死にそうな声を出した。 前回は本当に滅茶苦茶で、ただ少しでも自分が気持ちイイ方に 腰を動かしていただけなのであまり記憶がないのだが、 今回は進藤を観察する余裕もあった。 突き動かす度に進藤が、苦しそうな顔をしたり気持ちよさそうな顔をしたりするので それを観察して角度や深さを絞っていく。 「や、と・・・や、そこばっか、」 「ここが一番よさそうなのに。」 「やらし・・・っての!・・・あっあっ・・・」 微妙に抵抗しながら、それでも声で仕草で絶頂が近いことを知らせる。 僕が少しでも動きを弛めると、自分で腰を揺らし始める。 「ねえ・・・セックスしてるみたいだね。」 進藤は一時まともに僕の目を見て、頷いたようだった。 でもはっきりそれに答える前に二人の思考力は熔けて流れて 動きはまるで機関車の車輪みたいで。 揺れる瞳。 低い方に流れる汗。 上気した肌。 に貼り付いた髪。 「・・・はっ・・・!」 マラソン選手みたいな息をしながら進藤がぴくぴくと震えた後、 僕も彼の中に放った。 済んだ後、進藤はしばらくぼうっとした顔で荒い息を整えていたが ふいに、く、と唾液を呑み込んだ後 「塔矢が、んな事、言うなよ・・・。」 「え?」 「だから。イイとか。セックスとか。」 言いながらふてくされたように赤い顔を逸らす。 そんなあからさまな物言いはキミの専売特許なのにね。 「言わないよ。普段は。」 「それに。」 布団に肘を突いて、半身を起こす。 その背中の肩胛骨。今まで気づかなかったけれどちょっとセクシーなラインだ。 「ヤッてっじゃん。」 「?」 「だから・・・。」 「ああ・・・。」 セックスしてるみたい、と言ったのを、彼は取り違えたようだ。 「実際はしていないのにしている様だ」という意味ではなく、 「佐為だの僕の第二の人格だのじゃなくて、ちゃんと進藤と僕でしている」という 確認だったのだが、それをくだくだしく説明するのも馬鹿らしいので素直に謝ることにする。 「悪い。他意はなかったんだけど、出来てるな、とつくづく思って。」 「もう・・・おまえって開き直ると、」 「言っておくけれど対外的にはクリーンなイメージのままで行くから。」 進藤は折角起き上がったのにまた突っ伏して、くっくっ、と笑った。 「おまえって思ったよりしたたかってか・・・面白い奴だな。」 そう言えば出会った頃にもそのような事を言われた覚えがある。 それからどうなったかと言うと、特に僕達の仲に変化はなかった。 ただどうも進藤も開き直ったらしく、折に触れ佐為の事を色々と教えてくれるようになった。 どんな容姿だったか。 どんな話し方をしたか。 どんな消え方をしたか。 とても不思議だった。 あっさりと口に出された、佐為の最後。 そしてその後僕と対局した夜に見たという夢。 進藤の中にいると思っていた佐為が、本当にもうどこにもいないだなんて。 とても不思議だ。 もともと実在感はないものだし、どう受け止めていいのかも分からなくて。 何というか、全体に佐為の話はまるで自分が転校してくる前に転校していった クラスメイトの話のようで、面白くはあるがどうしても現実感の湧きにくいものだった。 あれほど焦がれていたというのに、実際聞いてみると欲情する事もなく 普通に相づちを打つ自分がいる。 佐為とは、自分の中で一体何だったのだろう。 父の心と人生を大きく動かした人で、 僕にとっては限りなく聖域で、 それでも侵したくて触れたくて知りたくて仕方が無くて。 もし『佐為』を「持って」いたのが進藤でなく別の誰かだったら、 その人が僕に何も要求することなく佐為の事を話してくれていたら・・・。 いや、考えても無意味だ。 実際佐為と関係があったのは進藤で、だから現在の僕達がある。 佐為の欠片は、それでも積み重なれば僕の中でもどんどんまとまった形を取り始め いつの間にかまるで僕も見ていたような気さえしてきた。 そして進藤が彼をどんなに大切に思っていたかも伝わってきて、 胸の底がうずうずする。 そんな時は無性に進藤が欲しくなり、しかし抱けばすぐに治まった。 進藤に言わせればこれは「嫉妬」というもので、 僕は彼に恋をしているらしい。 「馬鹿馬鹿しい。」 「でもおまえのケッペキ症直したの、オレだろ?」 僕の股間に顔を埋めて、ぺろぺろと忙しく舌を動かしながら、 器用に進藤が言う。 「偶然だろう?それに関係ないというか・・・あっ、」 彼に暴き出された僕の欲望は、案じられたように留まることを知らぬという 事はなく、上手く進藤が制御してくれていた。 性というのは、知ってしまえばどうという事はなく、 自分を劇的に変化させる程のものでもない。 そういう意味で、佐為の情報に似ている。 どうして彼の棋譜だけでなく、その人となりや消え方まで知りたがっていたのか、と同じく どうして性的なものをあれ程までに嫌っていたのか、今となってはよく思い出せない。 それでももうそろそろ第二回北斗杯の予選が、などという話を聞くと 寂しい気もする。 「sai の秘密を教えてくれるなら、何でも投げ出す」と。 きっと進藤がたじろぐほどに清々しい目で言い切った 穢れない少年はもう何処にも居ない。 それでも僕は、過去に戻りたいだなんて思わない。 結局「sai」に会うことが出来たのは幸せだと思うから。 進藤と共有する佐為の思い出は、とても美しく温かいから。 「あ・・・初雪。」 「本当だ。」 「佐為に・・・。」 「そうだな。見せてやりたいな。」 見上げる雪が、千年前と同じだと佐為は言っていた。 「きっと千年後も同じ雪だよなぁ・・・。」 ああ・・・そうだね。 ああ、そうだね。 そして三人の時間は、降り積もっていく。 −了− ※お読みいただいてありがとうございました。 今回はちょっとややこしい感じになってしまった・・・ 最初は、実は救いのない短編でした。 そのままの方がまとまりが良かったかな? |
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