リヴォルバー 4








・・・ぶるっ、と震えが来て、目が覚めた。
どうやら気を失っていたらしい。


  ボクは・・・


意識を失う前の事を思うと、自然顔が熱くなる。
汗をたっぷりかいたまま寝ていたので風邪をひいたかも知れない。

けれど汗の引き具合や・・・腹や腰の下辺りのべたべたの乾き具合を見ると
そう長い間でもなかったようだ。

進藤は、と見ると隣で横たわっていた。
まっすぐ天井を向いて、その目は開いたままだ。


「進藤・・・?」


あまりにも動かないので少し心配になったが、進藤は呼びかけに応えて
目の玉をこちらに動かした。


「進・・・・・・その」

「塔矢」

「・・・・・・」

「ありがとな。サイコーだったよ。サイコーって言葉で足りない位サイコーだった」

「・・・・・・」


そうだろう、と思う。
彼の様子を見ていれば分かったし、ボク自身・・・。

しかしそれは伝えてはいけない。
言ってはいけない事だった。
彼に、あんなに感じただなんて。
それは、この腹の精液を見れば分かるかも知れないけれど。


「それだけ言いたくって」


けれど進藤はそんなボクには目もくれず、銃を持ったまま
散らばっていた服を身につけていく。
ボクが寝ている間にシャワーを浴びたらしい。

ボクもバスルームに行きたかったが、彼が服を着ていく様は
ごく日常的な所作にも関わらず妙に厳かな儀式めいていて、
何故か目を離すことが出来なかった。

やがて、身支度を終えた彼は、窓の前に行って東京の夜景を背にする。


「悪りぃな」

「え?」

「後のことは頼む」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・え?」


・・・聞いたようなセリフ。
進藤には似つかわしくなくて、何かのドラマみたいで笑えてしまう。
でも笑いたいのに、笑えない。

何故だ何故だと考えてみれば。

彼のような男が、ボクに感じたかどうか聞かないなんて。
自分が良かったから、それで満足だなんて。

それは、らしくなかったんじゃないか?
・・・それは、もう、後がないから?

顔の横を汗が流れ落ちていく。
まさかまさかと思いながらも、ひやりとした予感。


案の定進藤は、ボクを見つめたまま
自分のこめかみに銃口を押し当てた。
その目は全く巫山戯ているようではない。


「進藤!」


・・・彼は、自分の命が長くないと思っている。

最初から、そのつもりだったのだ。


最後の望みを、無茶な望みを叶えて死ぬつもりだった。


だからこんなにも強引に、事を進めることが出来たのだ。
ボクに罵られても騙されても、折れる事なく。

・・・本気だ。彼は。

短時間にそこまで理解して、けれどそれ以上全く思考が進まない事が
焦燥感を募らせる。


「・・・じゃーな」


人生の最後なのだからもっと話すんじゃないかと期待したけれど。
進藤はそれ以上何も言わず、ただ微かに笑ったように思う。


ボクはそれを見てもやはり動くことが出来ず。
何か言わなければ、と強く思いながらも口にすべき言葉を見つけられず。

魅入られたように目を見開くばかり。


百万の光の粒を背負った、シルエット。


引き金に掛かった指に、力が入った。






カチ。





「・・・・・・」

「・・・・・・あれ?」


カチ。カチ。


「あれ?あれ?」

「・・・・・・」


・・・どっと全身から力が抜け、再び汗が噴き出す。

数度引いても引き金は作用せず、
驚いたような顔をしていた進藤は、やがて気まずそうな笑みを浮かべた。


「ダメだったみたい・・・」

「・・・・・・」


何と返そうかと考えたいが、混乱のあまりまだどう考えていいのかすら分からない。
進藤も自分から沈黙を破るつもりはないようだった。

動きのないまま数十秒経った時、進藤のポケットから電子音が流れてきた。


「あ、電話だ」


そんな事分かっている。


「・・・はい・・・あー、なんだ。・・・・・・え?ケーキ?ステーキ?マジ?」


どうも自宅かららしい。
言葉の端々から、家族に対する特殊な馴れ馴れしさが滲み出ている。


「うっそーー!・・・・・・ううん、今日は友だちん家に泊まる事になっちゃって、
 ・・・置いといて!お願い!」


それにしても何と切り換えの早い。
母親の声という物には、人の足を地に着けさせる力があるのだろうか。


「・・・・・・はいはい、お小言は明日聞くから。うん、ホントごめん。
 ありがとな。・・・・・うん・・・うん、マジ。んじゃね。・・・あ、ちょっと待って」


進藤はそこで、一旦受話器を離して大きく息を吸った。


「あのさ・・・オレに、来年も誕生日来るかな」


ハンズフリーをonにしたらしい。


『あんたまーだそんな事言ってるの!馬鹿馬鹿しいわね。
 それならあなたの好きなお医者さんに検査してもらいなさい!
 ただし母さん一円も出しませんからね!』


突然部屋に響きわたった年配女性の怒号、そしてプツ、と回線を切られた気配。
ツー、ツー、ツー、と虚しく流れる通信音。

進藤のお母さんはだいぶ機嫌が悪いらしい。
察するに、御馳走を用意して待っていたのに息子がいきなり外泊すると
宣言したのだろう。


「・・・・・・」

「・・・・・・で?」

「えっと、今日オレ誕生日で、」

「・・・お母さんの態度が不審だって?だから胃ガンだって?」

「・・・違うかもな・・・って今初めて思った」

「・・・・・・」


ボクは最初から思っていた。

と、そこで進藤の身体が突然異様にガクガクと揺れ始める。
何事かと思って見ているとやがてかくんと絨毯に膝を突いた。


「・・・ってオレやっべーーっ!今、今、本気で死んじゃうとこだったじゃんよ!」


それは、そのように見えたが。

進藤は瘧のように震えながら今更恐ろしいもののように左手で銃を掴み、
けれど強張っているのか上手く引き金から指が抜けないらしい。
しばらくして漸く離せたリヴォルバーを、出来るだけ遠ざけたいかのように放り投げた。
が、丁度ソファに当たって跳ね返り、上手く進藤の近くに着地する。

彼はそれをもう一度投げようかどうしようか迷うように数秒見つめていたが
結局自分の方が離れる事で解決したらしい。
ようよう震えを収めて息を吐き、そしてやっとボクの方を見た。


「あ・・・」

「・・・・・・」

「あの!でも!オレが、おまえの事好きだってのは本当なんだ!」

「・・・・・・」

「オレ、ホントに死ぬと思ってたし、このままじゃ死に切れないって・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


ボクはベッドから降りて立ち上がり、腕組みをして睨み付ける。
進藤は当然ながら、凄まじく慌てふためいていた。


「で、このリヴォルバー拾った時に、きっとこれ、最後の誕生日に神様が
 プレゼントしてくれたんだって思ったんだ。
 これを使って塔矢を手に入れろって、この世の未練を断っておけって、」

「・・・・・・」

「てか、だからおまえも、さっきのはホラ、あれだ、誕生日祝い、とか、」


彼の前までゆっくりと歩いて行き、
そして無言のままその顔面を殴った。
指が骨折したかと思うほどに。
力一杯。


「って〜〜!」


進藤は勢い良く後ろに倒れ、リヴォルバーと同じようにソファでワンバウンドして床に転がる。
歯が折れたかも知れない。涙目で顔中を押さえていた。


「それがボクからの誕生日祝いだ!」






それからボク達は、勿体ないので豪勢な夕食も食べた。
勿論進藤の奢りだ。
ボクは怪我をした上顎が気になって今ひとつ満足に味わえなかった気がするが
彼は胃を悪くしているとは思えないほどよく食べ、食べている間に
自業自得の頬をどんどん腫らしていた。

その後部屋に戻り、協力してシーツを備え付けのスペアに取り替える。
汚れた方はどうしようかと思ったが、事務的に回収してくれる事を祈って
部屋の隅に丸めておくしかない。

それからベッドとソファに別れて座って、


「はあぁ〜〜・・・」


同時に大きな溜息を吐いた。

・・・腹が満ちやるべきこともやってしまうと、気持ちも妙に穏やかになる。
落ち着いている場合じゃないと頭では思うが、もう怒鳴れるようなテンションでも
雰囲気でもなかった。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・あ」

「ん?」

「おめでとう。一応」

「へ?」

「誕生日なんだろう、今日」

「ああ・・・、うん、そうなんだ。ありがとな」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


・・・何と言ったらいいものか。

彼の仕打ちを、恨む気持ちも勿論ある。
いくらボクの事を好きだと言っても(好きって・・・)もう少しやりようがあるだろに。
銃で脅して犯すなんて最低だ。

かと言って単に口頭で頼まれたら間違いなく断っているが。

それでも「先が短い」という大義名分も武器も失った進藤はやけに悄然としていて
どうも今更責めにくい。

それに、ボク自身彼を憎むことが出来ないのだ。

もう、何もかもが一度に押し寄せて、男に好かれて気持ち悪いとかそんな
初歩的な感情はどこかに飛んでいってしまったし。

というか、命を賭けてボクを抱き、本当に引き金を引いた彼には
少し感動させられてしまったし。

・・・正直、生まれて初めての体験に今でも身体のどこかが甘く疼く気がするし。


結局ボクは、キミを嫌いにはなれないらしいよ。
「好き」に変わるかどうかは分からないけれど。
偶には碁を打つ以外に、こうして夕食を奢られてやってもいい。


と、今言ったらきっと「誕生日プレゼント」だと思われるから、
だから日付が変わってからにしよう。



床に転がったままのリヴォルバーを拾い上げ、
進藤に狙いを定める。


「うとうか」

「え?」


思わず、といった風に手を上げるのに、こちらも思わずくくっと笑いを漏らす。
これが神様からのプレゼントだと言うのなら
随分人が悪くて、そして冗談好きな神様だ。


「碁だよ」


バン、と言って銃口を跳ね上げると、進藤は大げさに撃たれたフリをして倒れた。





その晩、ボク達は碁会所を求めてホテル近くを散歩し、
途中の掘にリヴォルバーを投げ捨てた。

だからあの時弾が出なかったのは、本当にモデルガンだったからなのか
それとも火薬が湿っていたからなのか、結局の所は分からない。







−了−







※ヒカ碁なので発砲はなし。

  この後またホテルに戻って一緒に泊まります。
  ヒカル的には結果オーライというか、良い誕生日になったという事で。

  おめでとう。ヒカル。

  






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