リヴォルバー 1








「・・・だから・・・って聞いてる?!」


進藤の鬱陶しい愚痴を聞き流していたら、突然大声を出された。

暦の上では秋になるにも関わらず、日向ではじりじりと灼けつく日射しに
微かに髪の焦げる匂いが漂う気がする日だった。
黒い筈のアスファルトが白い。
ゆらり。
湯気・・・いや、水分じゃない。熱が。形を持って立ちのぼっているのだ。


「・・・だから、軽い胃炎なんだろう?」

「だー!やっぱ話聞いてねえなぁ!」


隣を歩いている進藤の二の腕は浅黒く、過ぎ去ってしまった学生時代の
二学期を思い起こさせる。
鼻の頭に、いくつもの汗の粒。


「おかしいんだって!じゃあ何でこんなに何回も再検査するんだよ!」

「知らないよ」

「母さんだって、最近オレの目を見ない・・・」

「だから胃ガンだって?」


そう。
進藤は、先程から自分が胃ガンで、先が長くないと思うのだと何度も繰り返していた。
そんな事を言われても困る。
どう見ても病気には見えないし、心配ならば医者にでも親御さんにでも聞いてみれば、
としか言いようがないではないか。


「聞いても胃炎って言い張るから困ってんじゃん!」

「知らないよ。大体どうしてボクにそんな話を振るんだ」

「・・・おまえ、ホンットにオレの話全然聞いてなかったな?」


それは。
確かに暑さに頭がぼうっとして。
その暑さを忘れようと頭の中で簡単な詰め碁の問題を考えたりしていたけれど。
進藤の物言いのちょっとしたトゲに、神経がささくれ立つ。
やはり熱にやられているようだ。


「何だ。ボクがガンじゃないと太鼓判でも押せばキミは安心するのか」

「じゃなくて!オレはおまえの事ずっと・・・、あれ?」


・・・道路脇の赤い郵便ポストの口から、茶色いものがはみ出ているのは
数十メートル前から目に入っていた。
だんだん近づき、横を通った進藤が話しながら何気なく押し込もうとしたのも。

その時、ポスト側を歩いていたのがボクだったら、運命は変わっていた。
押し込もうとして入らなくても、別に気にせずそのまま通り過ぎていたと思う。
けれど、実際に押し込んだのは進藤だった。


「・・・入らない」

「封筒が厚すぎるんだな。郵便局の窓口に持っていけばいいのに」

「うん・・・」


押し込むのを諦めて引っぱり出した進藤は、裏返したり表返したりした後
また「あれ?」と小さく呟いた。


「宛名がない」

「え?どういう事?」


思わず手を触れると、ベージュ色の封筒の下は柔らかく、何か緩衝剤でくるんだものが
入っているようだった。
もう少し薄く包めばポストに入ったかも知れないのに・・・。
そう思いながら、自分で見てみようと取ろうとすると、進藤は何故かそれを拒み
腕の中に抱え込んだ。


「どうしだんだ」

「これ・・・」

「?」

「いや、ちょっと公園行って開けてみねえ?」

「何故?その辺に置いておけよ。気になるなら警察にでも届けたらいいけれど」


妙な事に関わり合いたくない。
そう思って言ったのに、進藤は有無を言わさずボクの腕を引っ張って
どんどん公園の方へ行った。
暑苦しい・・・!






「・・・・・・」

「・・・・・・」

「何だこれ」

「えっと。リヴォルバーって奴かな」


ほど近くの公園のベンチで、止めても全く聞かずがさごそと封筒を開ける進藤。
気泡の入ったビニールのクッションの中から顔を出したのは、テレビの画面越しにしか
目にした事のない金属の塊だった。

リアリティがないからかお互い平静な顔をしているからか、ボクだけでなく進藤にも
意外と動揺した様子がない。


「キミは予想していたのか?」

「予想っていうか、ほら盗まれた警察官のピストルがポストに投函されて
 返されたって事件あったじゃん?それあの近所だったしさ。
 この封筒も何か重くて中三角形みたいだったから何となく・・・。」

「・・・・・・」

「って思わないでもなかったけどまさか本当にそうだとはな〜」


無神経に銃身をべたべたと触る。
指紋がついていたら取れるじゃないか!・・・と一瞬怒鳴りそうになったが、


「・・・でもこれはモデルガンだろう?」


そう。そこらに度々本物の銃が落ちている筈がない。
日本がそんな国だったら困る。


「さあ・・・本物もモデルガンも見た事ないからよく分かんないけど」


後ろのレバーを押してカチッと音をさせ、シリンダーを出す。
映画ででも見たのだろうか。
意外にも「扱える」所を見せられて、僅かに劣等感を刺激された。
ボクならどこに触れるのも怖くて出来るだけそうっと包みなおしてしまうだろうから。


「弾は三発・・・」

「ニセモノさ」

「かもな」


それでも構えられると、おいおい、誰かに見られたらどうするんだと思うし
その銃口を滑らせてこちらに向けそうになると思わずムッとして腕を払ってしまった。


「やめろよ」

「何で?ニセモノなんだろ?」

「ニセモノでも。銃口を向けられたらいい気はしないだろう?やってやろうか」


銃を取ろうと伸ばした手は、あっさりと空を切る。
進藤は銃を持った方の手をすばやく引っ込めると、だぶだぶしたズボンのポケットに
突っ込んだ。

そのまま・・・真ん中の、少し横あたりが天幕を張ったように尖る。


「手を上げろ」


どうもズボンの中で、銃口がこちらを向いているらしい。
しかし直接こちらを向いているのは見えないから、先程感じたような(ああ確かに感じたのだ)
毛穴がちりちりと灼けるような恐怖はなかった。


「手を上げろ」


相変わらずニヤついたまま。
尖端を動かして繰り返す。
ボクは馬鹿らしくなって目を逸らし、鞄のファスナーに手を掛けた。
詰め碁集を取り出す為だ。


「おい!手ぇ上げろっつってんだろ?」


不意に、進藤が大きな声を出した。
驚いて見返すと、さっきのニヤつきはどこへやら、一転険しい顔になっている。
どうしたんだろう、目が・・・?


「言うこと聞けよ。引き金引くぜ?」

「・・・引いても弾は出ないだろう」

「かもな。でも、この感触と重さは・・・本物っぽいよ」

「本物な訳ないだろう」

「試してみる?」


・・・人がこれ程短時間に変われるものだろうか。
驚く程雰囲気を豹変させた進藤に、馬鹿らしい、という思いと
万が一、という思いがせめぎ合う。

勿論それでも巫山戯ているのだとは思った。
進藤が引き金を引いてもきっと世界は何も変わらず、
ボクは溜息を吐いて鞄から詰め碁集を取り出すだろう。
彼は気まずそうにポケットから銃を取り出して、口で「ばん」と言いながら
鳩でも撃つ真似をするだろう。

と、思いながらも。
万が一、万が一、という考えが捨てられない。

実際、確かに警官の銃が盗まれた事件があったのだ。
無造作に郵便ポストに放り込まれていた事も。

進藤が引き金を引いたら。
弾は本当にボクに当たるかも知れない。
彼の脚を血まみれにするかも知れない。
冗談じゃない。
彼が一人で拾って自分で怪我をするなり何なりするのは自業自得だが
ボクを巻き込んで欲しくなどない。
死ぬと言うことはないかも知れないけれど。
ピストルで撃たれて怪我をするなんて、なんて外聞の悪い。
そうじゃなくても、撃った進藤もそれを見ていたボクも軽い法違反者に
なってしまうのではないか?

ボクは進藤を睨んだ。
睨みながら、ゆっくりと手を上げた。




進藤は、ボクを先に歩かせて公園から出、後ろから着いてきた。
手を下ろす事は許可されたし自然に歩けと言われたが、


「ちょっとでも変な事しようとしたらぶっぱなすぜ」


何様のつもりだ。何の映画に入り込んでいるんだ。
後ろから右だの左だの行き先を指示されるのも、自分がラジコンカーにでも
なったようで不愉快だ。

やがて。
到着したのは、都内でも有名なホテルだった。


名前は知っているし仕事の関係で来た事はあるが、宿泊した事はない。
どうするんだろうと思っていたが、進藤が止まらずに進めと指示して来るので
仕方なくそのまま自動ドアをくぐり抜けて広いロビーに入る。

中は落ち着いた色の絨毯、高い高い天井近くまで開いた窓から明かりの差し込む
大人の為の空間。
ボク達は明らかに浮いていた。


「どうするんだ?」

「そのままフロントまで行って、好きな部屋取って。
 そだな、ダブルかスイートがいいな」

「え?冗談だろう?」


尻の辺りに、硬いものが押しつけられる。


「・・・大丈夫。金はオレが払うし」

「そういう問題じゃなくて」

「残しても仕方ねーもんな・・・」

「分かった。だが、部屋を頼んだらもう帰らせて貰うぞ」

「何言ってんだよ。おまえも一緒に、泊まるんだよ」


頭がくらくらする。
振り向いてはいないが、背後の進藤の目はきっとやはり普通でないだろうと思った。


「何故、そんな」

「おまえヤッたことないだろ」

「は?」

「初エッチが、ショボいラブホってのも気の毒だと思ってさ」

「・・・・・・」


どうも進藤は、余計なお世話をしてくれようとしているらしい。
察するに、このホテルで女性と・・・金を払うつもりなのか進藤の知り合いか分からないが
誰かとボクを、その、同衾させようとしているようだ。

何が目的か分からないが、悪趣味な企画だ。


「悪いが結構だ」

「断るなんて、許さないよ」


また、硬いもの。


「自分がすればいいだろう」

「勿論させて貰うけど」



そう言えば、「おまえも一緒に」と言っていたな。
ということは進藤も同じ部屋に泊まるつもりか?


「ああそっか、おまえ誤解してんのな」

「・・・・・・」

「さっきもちらっと言ったけど、もう一度言うよ。・・・オレ、おまえと
 ヤリたくて仕方ないんだ」

「・・・・・・」

「死ぬ前に一度でいいから、だからさせて」

「な・・・何を、言って、」


思わず振り返ってしまう。
進藤のズボンのポケット部分が尖っているのが目に入るが。
それでも耳に血が昇るのを止められない。

恥ずかしい。
恥ずかしい。
何を言っているんだと思うし、笑えない冗談だと思う。
けれど、冗談だと、言って欲しい。
悪戯っぽく笑っていて欲しい。

なのに進藤はやはり真っ赤な・・・そして真剣な顔をしていた。


「・・・オレだって、こんな事一生言うつもりなかったよ。
 その内女の子好きになって、忘れられるだろうって」

「・・・・・・」

「でも、オレにはもう時間がねーんだ!他の人を好きになる時間も、
 おまえを忘れる時間も」


ああ。そう言えば。
胃ガンがどうのと言っていたのは銃を拾う前だっただろうか後だっただろうか。
前だったか・・・。
ということは、これは冗談ではないのか?

理解すると共に、血の気が引く。
進藤もすっと表情を消す。
顔の赤みも引き、また冷徹な面に戻った。


ロビーの真ん中で、前後にくっついたまま小声で言い争っている少年二人を
従業員がちらちらと観察している。

進藤が顎を上げて促し、ボクはフロントへと重い足を向けた。






−続く−







※ リボルバーでもリヴォルバーでもどちらでもいいと思いますが何となく。






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