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「あ!やべ!越智、ちょっと隠れて。」


進藤が頭を下げる。
仕方なくボクも、観葉植物に隠れるように、身を屈めた。
葉の間から、窓の外を男達が店内を伺うように見ながら通り過ぎていくのが見える。

どうしてボクまでこんな真似しなきゃならないんだ!







事の発端は、塔矢アキラが・・・いや、その前か。
そう、二ヶ月ほど前の昼休みに、和谷が進藤を食事に誘った時かも知れない。


「進藤、弁当頼んだ?」

「いや。」

「じゃあ一緒にメシ行こうぜ。」

「そうだな。」


和谷が進藤の肘を掴んで、ひっぱるようにした時だ。


「ボクもご一緒していいかな?」


手合いの時は昼食を摂らないはずの塔矢が、にっこりと微笑みながら
二人の背後から声を掛けたのだ。

二人ともビクっとしたが、周囲にいた人間も少なからず驚いた。

あの、塔矢アキラが?
昼食がどうとかよりも、自分から誰かを碁以外の事に誘うことすら珍しい塔矢が、
しかもほとんど話したことのない和谷に声を掛けたのだ。

珍しい。
という以上に、ちょっと異様だ。
和谷と塔矢は、少しの間睨み合・・・いや、見つめ合っていたが、
少しの沈黙の後、和谷が口を開きかけた。

だが、その前に進藤が素早く、


「ああいいぜ。3人で行こうか。」


いっそう顔を綻ばせた塔矢と、少し不満そうな顔をした和谷と進藤が手合い室から
出て行くと、何となく妙な緊張感から解放されたような気がしたものだ。



その時何があったのかは知らない。

けれど、それ以降昼休みが来ると塔矢と和谷は競うように進藤を誘いに行き、
その進藤が慌てて


「伊角さんも行こう!あ、越智も行くよな?」


その場に居たメンバーを出来るだけ誘うので、何故か大人数で食べに行く機会が
増えてしまったのだ。






どうして進藤が、人気があるのか分からない。
やはり謎めいた強さだろうか。
それとも、それに関係しているであろう秘密が人を惹き付けるのか。

でもボクには関係ない。人のことなど構っている暇はない。
進藤に秘密があろうがなかろうが・・・。



食事に行けば大体塔矢と和谷が進藤の両側、あるいは向かいに座った。
どんなに不自然に見えようが、軽く人を押しのけてでも、二人とも進藤の隣に座ろうとした。

『こいつら・・・』

さすがにその時は少しばかり微妙な空気が流れるが、何となくみんな見ない振りをしていた。
気付かない振りをしていた。
なのにある時小宮が、


「進藤、こっち座る?」


塔矢や和谷より先に、進藤を誘ったのだ。
しかも進藤もどこかホッとしたように、


「ああ、行く行く。」


小宮の隣に座った。




その辺りからだろうか。
本格的におかしくなって来たのは。


多分小宮や門脇さんが進藤に近づくのは、それを見て何故か悔しがる、
塔矢や和谷を見るのが面白いからだろう。

伊角さんや冴木さんが誘うのは、困っている様子の進藤を助けるためだろう。(と思いたい。)



それはいい。そこまでは。
ちょっとした悪ふざけだろうと思う。
別に座ってしまえば場は和やかだったし、進藤だって特に変わった様子は見えなかったし。




一番驚いたのは・・・。


後に『塔矢発言』と言われるようになるのだが、
進藤と海老フライとゆで卵の交換をした伊角さんに向かって
いきなり立ち上がった塔矢が・・・。


「進藤は!ボクのモノですから!」


怒鳴りつけたのだ。
いくら奇行で知られる塔矢アキラでもあれは拙かった。
伊角さんもみんなも動きを止めて目が点になってしまったものだ。

次にもっと驚いたのは進藤が


「ん〜、それはそうなんだけどさぁ。」


のんびりと言ったこと。
全員さらに仰け反って口をぱくぱくさせた。

だが、


「モノっつーか、『ボクのライバル』だろ?」


それで、呪縛が解けた。

なーんだ、そういう意味かよ。
ははは。そうだよな。
どんな意味だと思ったんだよ。

何となく空々しい笑いの中でみんなが平常心を取り戻そうとガヤガヤと話し始めた。

その輪から取り残されたような形になった塔矢は、立ったまま一人俯いて
一、二、三、四、と指を折って数を数えていたが、和谷が何気なく進藤の肩に手を置いた瞬間に

ガタッ!

大きな音を立てて椅子を蹴り、驚く進藤の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせると、
2人分の食事代にもお釣りが来る札をテーブルに叩きつけて
進藤を引きずったまま足音高く出て行ったのだ。


再び凍った空気がどのように解凍したのか、ボクは覚えていない。






それからしばらくした日、手合いが終わってエレベーターホールに向かう途中、
非常階段の踊り場の方から押し殺したような塔矢の声が聞こえた。

勿論そのまま行きすぎるつもりだったが、すぐ後ろにいた冴木さんが、


「シッ」


と口に指を当てると、そのままボクの背を押して、階段口の後ろに身を潜めるようにしたのだ。

立ち聞きだなんてそんな行儀の悪いこと、と咎めようとするボクの口を押さえつける。
そしてそのまま会話を聞くような形になってしまった・・・。


「・・・んだよ〜。」

「だから!頭が悪いなキミは!」

「だって。」

「だってもクソもない!いいか、キミはボクのモノなんだ。」

「モノって、」

「モ・ノ・な・ん・だ!」

「・・・・・・。」


もう一人はやはり進藤か。
塔矢・・・
悪いけどアナタの方が頭悪そうだよ・・・。


「だから、絶対他の男に身体を触らせるな。」

「男・・・。」

「特に和谷くんとか和谷くんだ!」

「何言ってんの?友だちなんだから偶には触る事もあるさ。」

「ダメだ!許さない。」

「じゃあ女だったらいいの?」


進藤!いいのかそれで!
違うだろう!ツッコミ所が!


「う・・・。訂正する。他の人間に、だ。」

「おまえ、バッカじゃん。誰にも触らずに生きていけるはずねーっての。」

「誰にもじゃない。ボクには触ってもいい。いやむしろ、」

「別におまえに触りたくねーよ。」


・・・あー・・・。玉・砕。
塔矢がぐっと詰まっている顔が見えるようだ。


「あいつら・・・やっぱりホモだったんだな・・・。」


頭の上で冴木さんの小声が聞こえた。
同感。だが、薄々(というか結構)察していた事なので、大した驚きもない。
ボクには関係のない事だし。


「うーん・・・惜しい。塔矢でも、か・・・。」


え・・・?冴木さん?

い、いや、何も聞かなかった。恐らく気のせいだろう。
ともかくともかくこれで、塔矢は進藤に振られたという訳だ。
少しいい気味かも。

だが。


「とにかく!いいか。常に自分はボクのモノだという意識を持ってだな、」


まだ言うか。


「オレはおまえのモノ?」

「そうだ。」

「オレはおまえのモノ、か。」

「そう。常に心の中で繰り返しておけ。」

「分かった。オレは塔矢のモノ。」


って。ええーっ!進藤!それでいいのか!
多少変わってはいるけれど、最近は独り言の癖も直ったみたいだし
塔矢ほどではないと思っていたのに!


「そして・・・ボクもキミのモノだ。」


うっとり微笑んでいそうな塔矢の、声。
いや、実際そうかも。
・・・・・・。


「塔矢もオレのモノ?」

「そう。」

「ふーん。」

「分かったな?肝に命じておけ。」

「うん。」


それから・・・静かになって。
後ろで冴木さんがブルッと震えたのに釣られるように、ボクも背筋がゾクゾクして
身震いした。


「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「なあ塔矢。」

「うん?」

「何でこんな事するんだ?」

「それは・・・キミがボクのモノで、ボクもキミのモノだからだよ・・・。」

「そうか。」



ぞくぞく。

ぞわり。

生ホモを見て・・・いや、聞いてしまった・・・。
頼むからこれ以上男同士でいちゃいちゃしないでくれ・・・!頼む!





そのまま冴木さんとボクがどう引き揚げたものか考えあぐねていると、進藤が


「・・・じゃあ、オレ行くわ。」


と言ったのでホッとした。


「ああ。さっきの事、忘れるなよ。」

「うん。」


慌てて観葉植物の後ろに移動したボク達に気付かず、進藤は軽くスキップしながら
出てきた。

それからふ、と立ち止まって踊り場の方を振り返り。


「でも恋人同士でもあるまいし、こういうのってちょっと変かもな?」


・・・っ恋人じゃないのかっ!
ボクの中では進藤もホモ確定だったので、膝の力が抜けるような気がした。
後ろで冴木さんがちょっとズッコケていたが、ボクは心の中でコケるに留まった。

踊り場の中でもガタッと音がしたが、あれは塔矢が本格的に倒れていた音かも知れない。







それから進藤が塔矢の言いつけを守っていたかというと、
これが意外にも忠実に守ろうとしていて、和谷との小さなスキンシップも
拒むようになったのだ。

だからある時和谷は傷ついたような顔をして


「進藤・・・オレの事、嫌いなのか?」

「ううん!そんなことない!ちょっと事情で触れないんだけど、好きだよ!」


わ・・・。バカ・・・。

その時の和谷の顔ほど不様なモノをボクは見たことがない。
とろけそうに鼻の下を伸ばして。


「あの・・・もっぺん言ってくれるか?」

「え?何を?」

「今の。」

「『そんなことない。ちょっと事情で触れないんだけど。』」

「うんうん。」

「『好きだよ。』」

「しんどおっ!」


和谷は辺り構わず腕を伸ばして進藤に触れようとしたが、するりと逃げられた。


「んでだよー!」

「だからぁ。」

「あ。さては塔矢に何か言われたな?」

「うん。」


進藤!キミは、なんてなんて・・・!

・・・素直なんだ。






「ボクがどうしたって?」


いつの間にかすぐ背後に塔矢がいて、不覚にも飛び上がりそうになる。


「あ。塔矢てめー、進藤に何吹き込んだ!」

「何の話?」

「あ、あの、二人とも、」


出会って瞬時にヒートアップした二人の間で、進藤が不甲斐なくおろおろする。


「るっせえ!」

「キミは黙ってろ!」


そりゃ、そう言われるだろうなぁ。そんな態度じゃ。


でも、その時までボクは完全に部外者のつもりだったのだ。
ボクには関係ないものと。
ホモの三角関係なんて別の世界の事だと思っていたのだ。

進藤が急にこちらをくるりと振り向いて、


「越智!メシ行こうぜ!」


と言うまでは。


「何?!」

「まっ・・・」


軽く小走りになる進藤に、釣られて(我ながらよくよくこういう時の主体性がない)ボクも
走り出してしまう。
すぐに追いつかれるものと思っていたが、


「あ、塔矢、てめーは行くな!」

「キミこそ!・・・何するんだ!」


そんな声がどんどん遠ざかっていき。







それから進藤は、昼休みになると早々にボクを誘って外に出るようになった。
ボクなら間違えても進藤に触れないからだろう。
近頃は和谷どころか冴木さんや・・・小宮まで、少し、おかしい。

だから、部屋を出る時にあちらこちらから突き刺さる視線が・・・。


痛くもあり、快くもある。


どうして進藤が、人気があるのか分からない。
やはり謎めいた強さだろうか。
それとも、それに関係しているであろう秘密が人を惹き付けるのか。


何にせよ、優越感というものはニアーイコール快感であるのをボクは否定したりしない。
だから、このバカな男に付き合ってやるのも悪くないと思う。




「・・・アイツら行った?」


身を屈めていた進藤が、恐る恐る頭を出した。


「ああ。」

「良かった。なーんでかアイツらといると落ち着かねえもんなぁ。」


そして、
こうやってボクに向けられる笑顔が、少し眩しく思えるのも気のせいなんだと思う。








−了−








柿の穴開設祝いに贈らせていただきました。激しく要求されて。
いやいや(笑)、本当におめでとうございます。
3Kが同じ年内にサイトを開設してしまうとは。去年の今頃、一体誰が想像し得たでしょうか。
一体何処で運命の歯車が狂って・・・いや噛み合ったのか。
とにかく、あ・よよよいよよよいよよよいな、あ・めでてえな、と。
どうか末永く頑張って下さい。

MMKの意味やリク内容などは柿の穴参照。


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