METAMORPHOSIS 6








翌日は仕事を休んで進藤を病院に連れていった。
正確な検査の結果が出るのは後日だが、医者が言うには恐らく
一時的なもので大きな心配はないだろうとの事だった。


「健康な二十歳男児ですよ。徴兵検査なら甲種合格だ」


真っ白で山羊のような髭を揺らし、それでも信頼できそうなその老医者は
自分の冗談に呵々大笑する。

…進藤も、笑っていた。



身体には問題ない…かも知れないが、頭には問題があった。
新たに生じたと言うべきか。
いや……。

進藤にはボク達の住むあの部屋がどこか全く分からなかったらしい。
つまり、昨夜の事はおろかボクとの結婚の事も全て忘れているという事だ。

道々話を聞いてみると。

驚いた事に、幼なじみの女性と結婚した事も、その後すぐ彼女を亡くした事も
覚えていた。
つまり、これは。


「通夜から後の記憶があんまねーんだよな。ずうっとぼんやり夢見てたみたいで。
 え?今二十歳?うそ、オレ二年もボーっとしてたの?
 でも仕事はちゃんとしてたんだよな。すげー、オレって天才?」


戯ける彼は。
夫人を亡くした哀しみから、ほぼ立ち直ったと見えた。
同時に。
完全に、元通りの「男性」だ。

自分を女性だと思いこんでいた進藤は、もういない。

これは、そう。「完治」と言っていいのではないだろうか?


「うん、ちゃんと対局していたよ。あと今は事情でボクと二人暮らししてるから」

「へ?おまえと?何で?」


心底不思議そうに問い返す彼に笑顔だけ返し、ボクは再び進藤を
マンションに連れ帰った。




和谷くんに電話して事情を伝えたら絶句していた。
ボクだってこんな巫山戯た事、すぐには信じられない。

けれど和谷くんはすぐに、進藤が完治したのなら何よりだと言った。


『おまえもガキがどうとかでイラつく必要もなくなって良かったな』

「でもキミは、その、進藤の事を、…少し好きだったんじゃないのか?」


…今まで気付いてはいても言った事はなかった。
言えば、知っていて尚進藤と結婚した自分がどうしようもない人間だという事になるから。
しかし和谷くんは、一瞬息を呑んだその後。


『そんなの…ホントにちょっとだよ。それに、進藤が“あかりさん”であったり
 女になっちゃってた時だけだ』


気を悪くした様子もなく淡々と答えた。

和谷くんとはずっと協力者で…共犯者の関係でもあったが。
お互い、最後まで心に秘めて言わなかった事をあっさり口に出してしまった事により
終わったのだな……と殊更実感してしまった。

ボク達の、時には等辺の、時には二等辺の三角形は。
長く辛く…楽しかったゲームは。

進藤が元通りに戻ったことで、終わってしまったのだ。

痕跡は、和谷くんとボクの記憶の中にしか残らない。
大元の進藤は全てをすっかり忘れているのだから。


「和谷くん」

『何?』

「キミは…キミは、本当にそれでいいのか」

『だから何が』


和谷くんの声には、本当に一片の迷いもないようだった。




居間に戻ると進藤は、下の自動販売機で買ってきたのかビールを飲んでいた。
その飲みっぷりを見ると18の頃から普通に飲んでいたのだろう。
ボクがその姿を見たのは初めてだが。


「おう、電話終わった?」

「ああ」

「でさ、さっきの続きだけど。何でオレとオマエが同居してるワケ?」


進藤には全く理由が想像つかないらしい。
赤い顔をしてソファに沈み込みながらも執拗に聞いてくる。


「安心しろ。キミのご両親やうちに何かあった訳ではないから」

「んなん分かってるって。うちの親は殺しても死にゃあしねーよ。
 っつか、ここいても仕方ないし用事なきゃオレ明日にでも家帰るけど」


こうして比べてみると、やはり男性である時の方が多少ガラが悪いか。
ボクはまた答えず微笑んで、寝室のドアを開けた。


「こっち来てみろよ」

「何…?その部屋」


進藤が缶をテーブルの上に置いて立ち上がり、少しふらつきながらこちらに来る。
そして入り口に立つボクの隣に並んだ。
「元妻」の目線、肩のラインは、まだボクより少しだけ低かった。


「な…ベッドルーム…?ホテル…?」


確かにホテルのように、同じデザインのシングルベッドが二つ並んでいる。
するのは大概進藤のベッドで、終わればボクは一旦シャワーを浴びに行って
その後自分のベッドに戻って眠るのが通例だった。


「なんで…同じ部屋にベッドがあるの…?」


呆然としている進藤の手を引き、彼自身のベッドに導く。
そして彼が身を屈めてカバーに触れた時に後ろから押して
ベッドの上に押し倒した。


「ヤロ…ッ何すんだ!」


暴れかけて、瞬間顔を顰めて動きを止めた。
酔いか、目が回っているのか。
どちらでも構わないと思いながらそのベルトを外し、Tシャツの下に手を差し込む。


「やめろ!変態!ホモ!」


どちらがだ…。
腹を立てるよりも可笑しさがこみ上げて、唇の端が吊り上がってしまう。
それでも淡々と後ろから脱がせる作業を続ける。


「んで…、何で、何でだよ塔矢…」

「どうして寝室が一緒だと思うんだ」

「そんな、オレそんな趣味ねーよ!おまえ、おまえ、」

「ボクにだってないさ」

「じゃあ、」

「これは全てキミが自分で望んだ事だよ」


抵抗していた腕から、僅かに力が抜ける。


「嘘だ……嘘だ!そんなの!」

「すぐに分かる」


漸くジーンズと下着をずらして尻を剥きだし、そのまま両脚を足で押さえ込んで
片手で枕元のローションを探った。
濡らした指で尻の穴をやわやわと撫でると…いつも通り進藤は、勃起した。


「いやだ…やだ…!」


ジーンズで両足が拘束されているので、片手で動きを封じることが出来る。
更に中に指を一本挿し入れ、探るように動かすと進藤のモノは更に硬くなって
ぴくん、ぴくん、と震えた。
今それを触ってやればあっけなく達するかも知れないが、触ってなどやらない。
決して。


「冗談だろ…いやだ…!」


自分が尻で感じているのが信じられないのだろう。
けれども間違いなく、彼が望み、数ヶ月の「結婚生活」で積み上げてきた「成果」だ。

顔を見上げると、枕に押しつけられた目の端に涙が溜まっていた。




「頼むよ、放してくれよ、」


やがて罵倒は哀訴に変わり、


「……許してくれ…塔矢……」


すぐに懇願になり。


「塔……やだ!……あ、あうっ……」


いつも通りの喘ぎ声に戻り。

上を向かせて身体を繋げた時には
「ひっ、」と小さな悲鳴を上げて、ボクの腕にしがみついてきた。




ボクが射精するまでに、進藤は何度も達していた。
足を突っ張って体中に力を入れたかと思うと、一転弛緩してがくがくと震える。
それを繰り返しながら、絶え間なく声を上げ続ける。

どういった効果なのか分からないが、今までで一番感じているようだ。


「もう…許…して」


だから先程とは違うニュアンスで乞われても、
少なくとも自分が射精するまではやめるつもりなどなかった。



進藤が幾度目かに達するのとタイミングを合わせてボクも中に出し、
枕元のティッシュを取って尻に当てながら萎えたものをずるりと出す。

進藤はやっと安心したように脱力して天井をぼんやりと見つめていたが
気配でボクの視線に気付いたのか、ゆるゆると腕を上げて
手の甲で目元を隠した。


そのままバスルームに行って戻ってきても、進藤は同じ姿勢だった。
しかしギシ、と音をさせてベッド脇に座ると体を硬くして足を閉じる。
顔は隠したままだ。


「進藤」


答えを期待していた訳ではない。
反応があってもなくても同じ事だ。


「……分かっただろう。キミにはこの部屋を出ていく事など出来ないよ」

「……」


キミにはその快楽を忘れる事なんか出来やしない。
そして自分から求めたということを否定する事も。


相変わらず手の甲で隠された目元から
一筋の水が流れ落ちた。






しばらく後、和谷くんに会った。
進藤は実家に帰ったかと聞かれて、まだ一緒に暮らしていると答えると
物問いたげな顔をする。


けれどボクは何も言わず、ただ笑顔で返した。


何故、と問われても自分でも分からない。

今まで散々ボクを振り回してくれた進藤に対する意趣返しのつもりなのかも知れないし
情が移ってしまったのかも知れない。
別に暮らすより彼と打つために移動する時間が助かる…という利便性かも知れない。
単に身体に執着しているのかも知れない。

感覚としては、昔欲しくて堪らなかった玩具が
今になって不意に手の中に転がり込んで来たような。
そんな気持ちだ。

自分でも、彼を愛しているのか憎んでいるのか全く分からない。

それでも自分から彼を手放すつもりなどなかった。
彼が壊れるか。
ボクが壊れるか。
しかるべき時が来るまで、ボク達は繋がり続けるだろう。


そんな事を思いながら笑っているボクを、
和谷くんは不意に痛ましい目で見た。



彼には、狂人の笑顔が分かるのかも知れない。







−了−







※変な話にお付き合いいただいてありがとうございました。
  最後まで暗くてすみません。
  ま、実際はこの後も深刻な事にもならない気もしますね。
  今回やりたかった事は「取り敢えずヒカルのキャラをコロコロ変える」だった、のか?

  それにしても和谷が和谷っぽくねえです。
  でも全ての引き金を引いたのは和谷なので一応重要人物。






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