虎狩

虎狩









蒸し暑いガード下に、また暑苦しい音が響き渡る。
少しでもひんやりした感触を求めてコンクリートの壁に凭れながら
オレはぼんやりとソレを見ていた。

切りそろえた髪がばさりばさりと揺れる度に、呻き声が上がる。



虎が、暴れている。

声なき声で、咆吼している。



やがて。
蹲ったまま動かなくなった人影を残して、上半身裸の塔矢がこちらに戻ってきた。


「どうだった?」

「弱い。」

「殺した?」

「まさか。」


蔑むようにちらりと後ろを振り返り、


「そんな価値もない。」


聞いたようなセリフを吐いて手を差し出すので、預かっていた真っ白いシャツを
ばさっと胸に投げつけるように放り渡した。

慎重に摘んで胸ポケットからこれまた白いハンカチを取りだし、
汗ばんだ胸や脇を丁寧に拭う。
それから拭った方を内側にして折り畳むとまた丁寧にポケットにしまい、
塔矢は漸くシャツを羽織った。

オレは手が空いたので、尻ポケットからセーラムを取り出す。
一本くわえて百円ライターで火を点けると、塔矢が眉を顰める。

コイツはいつまで経っても煙草が嫌いだ。
もしかして自分に匂いが移るのを警戒しているのかも知れない。


「やめろよ。健康に良くないだろ。」


そのくせオレの「健康」なんてダシにして。


「オレに、指図するなよ。」


前をはだけたままのシャツの襟首を掴んで引き寄せ、唇を合わせて煙を
吹き込むと、げほげほと咳き込んで、それから何も言わなくなった。






「これからどうする?まだ狩る?」

「いや・・・もうスポーツは十分だ。」


塔矢はこうやって酔っぱらいを殴るのを、「スポーツ」と表現する。
オレにすれば「ストレス解消」に見えるが、まあどうでもいい。


「おまえ明日休みだろ。別のスポーツする?」


塔矢は返事をしないで、通り過ぎていくジャガーのテールランプを見つめた。


塔矢は翌日対局がある時は遊ばないし、指導碁とか簡単な仕事の時でも
終電には必ず乗る。

でも、翌日休みの時は、ここから歩いて帰れる場所に借りたオレのアパートに
泊まって行く事もある。

オレは宿代代わりに、一発やらせて貰う。


「そう・・・だな。」


しばらくしてからぼんやりと何も考えていないような声で、塔矢は答えた。







「あ・・・・。」


思わず漏れた声に自分で煽られて、注ぎ込みながら二、三度抜き差しを繰り返し・・・
汗ばんだ虎に軽く額を付けてから、オレは塔矢を解放した。

ゴムを取ってティッシュで後始末をしてから、ベッドサイドの煙草に手を伸ばす。
塔矢はまだ辛そうに荒い呼吸を繰り返していたが、その気配で顔を上げた。


「ほんとに・・・やめろよ。」

「何で?」

「・・・・・・。」

「正直に言えよ。オレの為だなんて言うなよ。」

「・・・連想してしまうから。」

「アイツを。」

「まあ・・・そうだ。」


心底ぐったりしたように、塔矢が大きな溜息を吐く。



塔矢は、まだ緒方と寝ている。



「そんなに嫌なら断ればいいのに。」

「それが出来れば苦労はしない。」

「オレが話つけてやろうか?」

「何て。」

「『オレの女に手を出すな。』」

「やめてくれ。」


まあそれはそうだ。
それに「じゃあ頼む」と言われても、あんな奴にケンカ売るなんて御免だ。


「明日始発で帰るよ。」

「へえ。家に帰っても誰もいないんだろ?」

「そうなんだが、夕方両親が帰ってくるから掃除をしておきたい。」

「いい子ちゃんだな。」


塔矢は嫌な顔でオレを睨んだ。


「キミは?偶には実家に帰らなくていいのか?」

「んなもんねーよ。」


実際、そうだと思う。
親は未だになんのかんの言って電話も掛けて来るけど、
もう自分で稼いだ金で生活してんだし、放っておいて欲しい。
死のうが生きようが、オレの命だ。

碁は、続ける。

どんなに遊んでも碁に関してだけは努力は怠らない。
続けていれば金に困らないってのもあるけど、金の為だとは思いたくない、
オレの最低ラインだ。

そしてオレと佐為を繋ぐ、最後の綱。

学校も、家も、佐為と見た景色は全部脱ぎ捨てて来た。

忘れたくて、忘れたくて、無かった事にしたい程のオレの過去。

それでも一番強烈なはずの碁が、平気なのは何でかな。
棋院も碁会所も、アイツの気配が残ってる気がしてまだちょっと辛いけれど。


「進藤?」

「え?何?」

「だから、今から打とう。明日はキミが寝ている間に帰るから。」

「ああ・・・。」


そうだな。
おまえが、いるからかもな。







−了−







※やっとトプ絵の場面を書けた。いやそれだけなんすけど。







−了−






  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送