不夜城2
不夜城2








緒方さんはすぐに飛んできてくれた。
公衆電話の下で蹲ったボロ布のようなボクの前を通り過ぎかけたのを
小さな声で呼び止めると、今まで見た事ない程目を見開いた。

はは。緒方さんらしくないですよ。

ボクが微笑むと、顔を顰めた。
そのときはボクが汚いからだと思ったが、後で思うと泣きそうだったのかも知れない。






ボクをマンションに連れ帰った緒方さんは、しばらく無言だった。
ボクをバスルームの中に押し込んで、そして煙草を吸った。

一本吸い終わって持ってきていた灰皿にねじ込む。

それから漸く腕まくりをして、ボクの服を脱がせた。







・・・緒方さんのガウンを着せられ、鎮痛剤を貰って暖かいベッドに横になって。
もう空が白み始めた頃になってもボクは眠れなかった。

緒方さんも向かいのソファで服のまま横たわっていたが寝ていないようだった。
そして向こうもボクが寝ていないことに気づいているだろう。


「・・・何故あんな所へ一人で行った。」


ぼそりとした呟きだったが、静かな静かな部屋だったので、びくりとするほど
大きく聞こえた。

ボクを責める口調だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


昨夜(と言ってもしばらく前だが)バスルームで、ボクの服を脱がせた緒方さんは
ボクの手首に出来た痣を見ても表情を変えなかった。
その時は手首だけだと思っていたが、後で確認すると首や胸や脇腹にも
赤や青の斑があった。

それは緒方さんの優しさだったのか、矜持だったのか、今でも分からないが
とにかく何も聞かれず、驚いた顔も困った顔も、哀れむような顔さえされなかった事に
ボクは随分救われていた。

しかしその後、ズボンと下着をずらされると、
生暖かいものが足を伝う感触がして。

頭を下げて見てみたら、白に赤が混ざった粘液がゆっくりと内腿を落ちていった。


ボクはえづいた。


緒方さんは遂に目を逸らした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「何故あんな所へ一人で行った。」


何故と問われても、答える言葉をボクは持たない。
いっそうきつく毛布にくるまって黙ったままでいると


「オレのせいだ。」


緒方さんは突然顔に片方の手のひらを押し付けた。

自分を責めている。

責めないでください。
緒方さんのせいじゃない。
ボクのせいじゃない。

あの、信じられない人たちのせいだ。


「・・・いいか。もう絶対あの街へ行くなよ。」


ボクは頷いた。

でも、それを守るつもりはなかった。








それからしばらくしたある夜、声を掛けてきたのは・・・見知った顔だった。
背筋が凍った。

無言でくるりと踵を返し、走り出す。
だが、足音は容赦なく迫ってきて、すぐに捕まった。


「オマエ・・・こんなとこで何やってんだよ。」


こちらこそ『こんな所』で出会うはずもないと思っていた、進藤ヒカルだった。



カラフルなネオンの下、腕を掴まれて、下を向いたまま何も言えない。

何て言えばいいんだ。
何をしているかと言われても。
何故ここにいるのかと言われても。


・・・だが、進藤は、ボクと同類だった。



「だってさ、オレ達、一歩家から出たら碁しかねーじゃん?」


近所の人だってみんな自分をプロ棋士だと知っている。
真面目に碁一筋に生きてると思ってる。
そうであるべきだと思っている。

それはそうなんだけど。
別にかまわないんだけど。

でも、偶に。


だからこの夜へ逃げ込んで来たのだと、笑った。







それからボクは、よく進藤とつるむようになった。
彼はこの街ではボクより先輩らしい。


「ようっ!」

「おう。」


「まいど!」

「どう?最近。」


「Hello.HIKARU」

「ハイ!」


出来るだけ人と話さないように心懸けているボクとは対照的に
沢山の知り合いがいた。
この街にいたいのに、この街に染まりたくないボクと違って、
この街に馴染んでいた。

正直心強いと思った。


そして進藤はボクにこの街の歩き方を教え、ケンカの仕方を教えた。
まずは拳の握り方から。
第二関節と第三関節の角度を揃えて面になるように。
一本だけ飛び出すと相手のダメージも大きいけれど、自分の骨も折れやすい。


「なんだよ、その女の子みたいなパンチ。」

「こう、体重を掛けて。」

「ほら、もうちょっと腰を落とせよ。」


直接殴ると指が折れる可能性があるのと、職業柄手が傷ついたら目立つから、
予めテーピングをした上に、更に拳に布を巻き付けて。
場所を選び、手の横を、肘を使い。

身体の真ん中は大体何処でも急所。
ただし金的を狙うのは最終手段。






「・・・おい。そこのオカッパ。」

「・・・・・・。」

「テメエだよ、このオトコオンナ!」


その日ぞんざいに声を掛けてきた見知らぬ男はいい年をして。
こんなに酔っぱらって。


「・・・ボクですか?」


いいんですか?


「他に誰がいるっていうんだ。」

「・・・・・・。」

「生意気な顔だな。」

「生まれつきです。」

「んだとぉ!こっちへ来い。性根を叩き直してや・・・・・ぐっ!」



ボクは人を倒す程殴る事を覚えた。

驚くべきことに、それは・・・快感だった。


自分の拳が相手の肉をひしゃぎ、倒れる。
拳に、臑に、足先に、体中の全ての力が集まり、放出される。
それは碁で相手の息の根を止める一手にも似ている。

けれどそれは、もっと直接的で
もっと性的快感に似ていた。

拳が、足が相手に突き刺さり、身体を折って呻き声を上げれば、
それだけでもう射精出来そうな位だ。


それを恐る恐る進藤に言うと、それは本能だと笑った。


「いいけど出来るだけ肘か足を使えよ。」




進藤には何でも言えるような気がした。

だから、輪姦されたことも言った。

進藤は緒方さんと同じく、表情も変えずに聞いてくれて、
その後事も無げに


「そういう奴には最初に金払えって言ったら手ぇ出して来ないよ。」


と言った。
進藤に話して良かった、と思った。










−続く−







※ヒカ碁とは思えない展開。もうパラレルと言ってしまおうか。

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