ファウル 26 佐為が、帰ってきた! 緒方先生は約束を破らず、佐為を返してくれた。 久しぶりに会った佐為は着物以外は前と全く変わらなくて、 思わず抱きついてしまった。 佐為。 佐為。 温かくて、きれいで優しい佐為。 それから部屋に戻って、塔矢と三人で酒を飲んだ。 「何のお祝いですか?」 戯けて言う佐為が可愛い。懐かしい。 「そりゃ・・・今日は満月だからな、月見だよ!」 言うと、佐為も塔矢も大笑いしていた。 佐為はビールはちょっと苦手みたいだったけど、それでも上機嫌で顔を赤くしていた。 さっきの対局は、やっぱり佐為が緒方先生の振りをして打っていたらしい。 しかも佐為の方には、佐為が勝てば帰すって言ってたんだって! ひでえ!許せねー。 ・・・けれど、結果オーライっていうか。 塔矢は、どちらが勝っても返してくれるつもりだったんじゃないかだなんて 甘い事言ってるけどそれはないとオレは思う。 けどまあ、怒るのは明日以降でいいや。 だって今は、佐為がいる。 ここに。 オレの部屋に。 「途中から二人で打っているのには気付きましたが、 まさかそれが塔矢とヒカルだなんて。」 「でも序盤は塔矢だって分かったんだろ?」 「そうなんですよねー。それを忘れていたのは我ながら。」 「それに、名前。『hikaru』って書いてあっただろ?オレって気付かなかったの?」 「え・・・。あの文字は、『ヒカル』と読むのですか?」 塔矢もオレもずっこけた。 あー、なるほど。ローマ字読めませんでしたか。 「それにしても本当に、お二人とも成長しました。」 「佐為さん・・・。」 「最後の方は、二人と分かっていても一人を相手にしているようでした。」 「どう言うこと?」 「そうですね・・・二人は全く違う個性を持ちながら、お互いを支え合って、 そう、例えばあの手、」 酒の席で碁盤を出して。 早速さっきの棋譜を並べる。 オレも塔矢も身を乗り出して眺める。 碁打ちだねぇ、三人とも。 「そして。」 最後の一手を打ち、ほう、と溜息を吐く。 あれは本当に、自分たちでも信じられない。 天から降りて来たとしか思えない、最高の一手だった。 「これ・・・本当に全く同時に思い付いたんだよ。な。」 「うん。」 塔矢と顔を見合わせ、頷き合う。 「その時きっとお二人は、身は二つなれど心は一つだったのでしょうね。」 佐為の言葉に塔矢が頬を染め、いきなりオレの手を握った。 ちょっ、何すんだよ、と思ったけれど、だけれど何故か全然嫌でもなくて オレはそのままにしておいた。 佐為は、「ほほう」というように扇で口元を隠して、目で笑った。 でもね、佐為。オレ達はあれで満足しないよ。 もっともっと神に近い一手を目指す。これからも。 それはおまえも緒方先生も同じだろうけどな。 それから。 それからどうしたかってえと。 実は、佐為はしばらくしてオレの部屋を出た。 前々から色んな人と対局したいって思ってたみたいだし、 それにやっぱりこの部屋は手狭なんだろう。 あまり考えたくないけど、時々泊まりに来る塔矢に遠慮したのかも知れない。 そう、塔矢は佐為が戻ってきてからも度々うちに来ては泊まって行った。 しかもオレのベッドに潜り込んで来る。 狭いっちゅーの! 何か前、好きとか言ってたしなぁ。 う〜ん、どうしよう、と思いながらも何となく断れなくて そのまま一緒に寝てたりする。 ・・・偶にちゅーしたりもする・・・。 ・・・・・・。 まあいっか。 そう、そんで佐為なんだけど。 どこへ行ったかっていうと、塔矢先生が帰国した後、なんと塔矢ん家に引っ越したんだ。 まあ先生とも塔矢ともいつでも打てるし、家も広いし、佐為にとっては 便利な環境だとは思うけどね。 塔矢家にとっては、いきなり他人が転がり込んで来て迷惑なんじゃないかと思ったけれど 先生にも何故か塔矢のおばさんにも歓迎されている。 佐為がよっぽど人当たりいいのか、二人とも呑気すぎるのか。 預かっている体の弱い親戚という設定で、時々塔矢門下の研究会にも 顔を出させて貰ってるらしい。 芦原さんたちとも対局したりしてるんだって。脳内ハンディつけて。 勿論オレも、毎日のように塔矢家に顔を出している。 塔矢に佐為を独り占めされてたまるかってんだ。 と言いつつ、帰る時にはその塔矢がくっついて来たりするんだから何やってんだか。 塔矢家にはオレが、佐為に会いに行ってんじゃなくて、塔矢を連れ出しに行ってんだと 思われてるかも知んない。 えー。これってちょっとヤバい? そうそう。それから佐為、少しだけど働き始めたんだ。 と行っても塔矢先生の碁会所だけど。 忙しそうな日や市河さんが休みの時、受付やってんの。 オッサンたちの不味い碁を見て、それでも凄く楽しそうだ。 で。 オレとしては一番気に食わないのは、その送り迎えを緒方先生がやってるって事なんだけど。 危ないからって塔矢先生が言いつけたらしいんだけど、どっちの方が危ないってんだよ。 でも佐為も、あんだけ非道い事されたのに、全然気にしてないんだもんなぁ。 「喉元過ぎればそれなりに楽しかったですよ。」 って。 あのマンションでの生活がどんな風だったのかは、聞いてもあんまり答えてくれない。 変な事されてないだろうな。 でもとにかく、佐為が緒方先生を怖がってないって事は、そこまで酷い扱いはされなかったんだろう。 それはちょっと安心だ。 けれど未だにこの二人の関係はよく分からない。 あと、塔矢先生は何とか佐為がこっそり戸籍とか住民票を取れないか 調べてくれてる。けどこれはどうなるか分からないや。 佐為は今のままで十分って言ってるし。 それにしても「佐為さんがプロ棋士になれたら私も日本の棋界に戻る」って、 いやぁ先生、それどうなんだろう。 そうなったらまた人騒がせというか、オレが言うもの何だけど、 まあ純真な人なんだろうな。 それが最近分かってきて怖くなくなってきた。 それから。 それから。 ・・・ああ、言ってるとキリないや。 とにかく、それからも細々とした色んな事件は起こり続けている。 けど、結局は佐為はいつもオレの目の前にいて、そんでもって幸せそうなんだ。 勿論オレも。 塔矢も。 先生も。 塔矢のおばさんも。 市河さんも。 碁会所のお客さんも。 緒方先生も。 佐為に出会った、全ての人が。 だからね、神様。 千年の時を越えて、佐為と会わせてくれてありがとう。 佐為を返してくれてありがとう。 ありがとう。 ありがとうね。 −了− Charcoalのkai さんに頂戴しました! |
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