恋に焦がれて 好キダ好キダ好キダ好キダ好キダ好キダ好キ・・・好キ・・・・・・ ああ・・・また「彼」か・・・。 草露を口に含んでいると、またあの声が聞こえた。 本当に姦しい。 何であんなにうるさいんだろう。 「彼」がどういった種族かということには興味はない。 ただ、ボクとは全く別の種で、しかもボクが寝たい時に限って騒ぎ立てる やたら大きな奴というだけだ。 ボク自身はと言えば昼間はだるくて草葉の陰でじっと休んでいる。 仲間も見当たらない所を見ると、みんな同じ様なものなんだろう。 こんな時にはメスもきっと、誰にも見つからない所ですやすやと休んでいるに違いない。 好キダ好キダ好キダ・・・好キ・・・・・・ こんなに暑い時にも彼は、更に暑苦しい声で誰に向かってか訴え続けている。 だるくないのか。 それに眩しくないのか。 元気だ。 あんなに精力的に騒いで飛び回って、羨ましいと言えば羨ましいが どちらかというと呆れる度合いの方が高い。 好きなんだ。 オレはこんなに愛が溢れているんだ。 持て余して死にそうなんだ。 だから誰かオレを愛して。 臆面もなく何を図々しい事を言っているんだ、と思う。 他者の迷惑を考えないのだろうか。 この辺一帯の生き物はみんな彼を鬱陶しいと思っているのではないかと思うが そんなことはおかまいなしに彼は騒ぎ続ける。 好キダ好キダ好キダ好キダ・・・愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ・・・・・・。 お目当ての相手でもいるんだろうか。 それとも誰でもいいんだろうか。 どちらにしろ、あんなにうるさく迫られて是、と受け容れる相手がいるようには思えない。 ・・・あ。こちらの心の声が聞こえてしまったかな? 声が止んだ。 好キダ好キダ好キダ・・・好キ・・・・・・ しばらくしてまた近くでがなり立て始めた。 何だ、少し休んでいただけだったのか。 ・・・って、待っていた訳ではないぞ。 ただ、あれほど煩かったから。 何かあったのかと少し気になっただけ。 好キダ好キダ好キダ好キダ・・・愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ・・・・・・。 そんなに、鳴かないで。 繰り返し繰り返し、愛を叫ばないで。 だるい。 暑い。 水。 じりじりと移動してまた草の露を見つける。 ごくり。 と飲むけれど、生ぬるい。 腹が減ってきた。 けれどボクには何かを食べることが出来ない。 幼い頃はカワニナの肉をがつがつと食べていた覚えがあるけれど、今となっては そんなもの食べたくない。 食べたいものがない。 腹が減っても食欲がない、というのは辛いものだが仕方がないのだ。 水辺の泥の中から出て最後の脱皮をした時、自分の体が羽を持っている事を知って 驚喜したものだが、今となってはその代償がいかに大きいか分かってしまった。 自由に飛べる代わりに、ボクはもう食べられない。 食べるということが出来ない。 あとは寿命が尽きるまで水だけで生き延び、恋をして、そして次の世代へと命を繋ぐだけ。 好キダ好キダ好キダ好キダ好キダ好キダ好キ・・・好キ・・・・・・ 彼は・・・何か食べているのだろうか。 彼の肉を食べたら、旨いだろうか・・・。 また声が止み、葉陰からそっと顔を出すと眩しい太陽の中を 大きな飛影が過ぎった。 日が暮れて気温が下がってきた。 代わりに湿度が上がり、体にどんどん力が漲る。 辺りはすっかり夕闇に包まれて空に星が瞬き始めた。 ああ・・・・・・そういえば仲間が、こんなにいたんだ・・・・。 天に、星。 地上に、星。 きらきら、きらきら。きらきら、きらきら。 その光景は、ボクから見てもとてつもなく美しかった。 今までみんなどこに隠れていたんだろう。 きっとボクと同じように、葉陰に身を隠して体力を失わないように息を殺していたのだろう。 これからは、ボクらの時間。 騒がしい彼もいない夜の静寂をただゆっくりと漂い、出会い、恋をする。 と思っていたら・・・ ・・・好きだ、好きだ、好きだ・・・。 幻聴・・・。 彼が、昼間煩すぎたから・・・。 誰に向かって、あんなに。 繰り返し、繰り返し悲愴に叫ばれると、もしかして自分に向かって言っているのではないかと 馬鹿な勘違いしてしまいそうになる。 だってあんなに切なく、声の限りに。 好き・・・好き・・・・・・。 そんなに大声を出したら命が流れ出してしまう。 ボクみたいに、早死にしてしまうよ・・・。 いやもしかしたらボクと同じように長く生きられないから あれほど必死に叫んでいるのだろうか。 ダレカ・・・ダレカ、オレヲ愛シテ・・・・・・。 命が、尽きぬ内に。 ・・・あ。 少し向こうの川辺のコケの上にメスが、いる。 こちらに向かって合図を送っている。 運が・・・いい。 向こうからボクを見初めてくれるなんて。 ボクも合図を送り返して側に行って・・・結婚しよう。 彼女はきっと元気にボクの卵を生んでくれて、来年の夏にはボクの子ども達がまたこの水辺を 飛ぶだろう。 と思いながらもボクは何故か動けなかった。 好キダ好キダ好キダ・・・好キ・・・・・・。 ・・・また、幻聴。 それを聞いている間に別のオスが彼女に気付いて、側に行ってしまった。 ああ・・・ただでさえメスを見つけるのは難しいのに。 好キダ好キダ好キダ・・・好キ・・・・・・。 キミは今一体何をしているのだろう。 ボクが昼間そうしているように木の陰で羽を休め、じっと体力を温存しているのだろうか。 それとも、もう。 そう言えば夕方の声は少し弱々しかった気がする。 ・・・何故メスを振ってまで、ボクはキミの事を考えているのだろう。 好キダ好キダ好キダ好キダ・・・愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ・・・・・・。 だってキミがあまりにも必死だから。 どうせ振られっぱなしなんだろうと思う。 あんなに泣き続けていたのだから。 好キダ好キダ好キダ好キダ・・・ その声は、もし自分が昼間動けたら行って慰めてやりたくなるほどに切なくて。 (再び日の光を見られるのかどうかすらもう分からないのに。) 残念ながらボクの体は昼間は目立たないから キミに気付いて貰えないかも知れないけれど。 (小さい体から命が、秒単位ですり減っていくのが分かる・・・。) 好キダ好キダ好キダ好キダ・・・愛シテ愛シテ愛シテ愛シテ・・・・・・。 ボクを苛立たせ身を内側から焦がすような、絶叫。 明日になればまたその煩い声を辺りに響かせる事が出来るのだろうか。 ・・・ボクは、それを聞くことが出来るだろうか。 それとも今宵でその命も尽きるのか。 昼に焦がれながら、ぽろりと静かに木の幹から落ちるのか。 元々夜に生きるボクと違って、 キミは光がないと生きていけないというのに。 こんな闇の中、独り沈んで行くというのか。 ・・・ならば。 ならばボクが精一杯明るくするから、 またうるさく喚いてくれないか。 目を覚まして 見苦しく騒いでくれないか。 大きくて、うるさくて、暑苦しくて、 それでも光の中で命を削って愛を呼んでいたキミ。 ボクがお日様と同じくらい、明るく光ってみせるから。 また朝が来たと、もう一日生きられると勘違いして 恋を歌ってくれないか。 ねえ。 どうか。 どうか・・・。 燃えろ。 この身よ、激しく燃えろ。 ボクを焼き尽くして辺りを昼間に変えろ。 そして彼の命を 照らし出せ。 −了− ※元ネタは詠み人知らずの都々逸。 恋に焦がれて鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身を焦がす〜♪ベベン ヒカルとアキラさんぽく・・・ないですか? 去年書いて出すタイミングを逸したもの。 つか、恥ずかしくて出せなかったんですが今年は出すという。図太くなったのか。 |
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