ツァラトゥストラはかく語りき 3 「なるほど……。大体、分かりました」 「そうか……良かったよ」 「今は、どんな気分ですか?」 「ちょっと疲れたな。でも、おまえに全て伝えることが出来てホッとした」 「犯罪者の顕示欲ですね。それが命取りになる者も多いですが あなたはその辺、よく抑制しました」 「ああ。でも、僕は」 「墓場まで持っていく事は出来なかったんですよね? 何故、私に話す気になったのですか?」 「それは……、」 夜神は、本当に理性が勝った希有な人だったと思います。 死神まで欺くには、その位でなければならなかったのでしょう。 それでも。 落ち着いた様子を見せていた夜神が、小さく震え始めました。 「それは……僕が生きた痕跡を、おまえの中に刻んで残したかったから、かな」 「夜神くん?」 「だって僕は、……怖い」 「え?」 「怖い。死ぬのが」 「夜神くん……」 「笑うか?でも、怖くない筈がないだろ? 自分の存在が消えるんだぞ?無になるんだぞ?」 「笑いません」 「この期に及んで、自分でも情けないけど。死にたくない…… 死にたくないんだ!」 「夜神くん、落ち着いて下さい!」 突然取り乱した夜神の肩を押さえると、 彼は……物凄い力で、しがみついてきました。 「や、夜神、」 「いやだ!いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、絶対に嫌だ!」 「夜神、くん……」 「いやだよ……おまえを残して、一人で逝きたくない……!」 胸に、夜神の清潔な髪の匂い。 真下に見える、白いうなじ。 何とか宥めようと背中を撫でると、びく、と震えた後顔を上げました。 「僕は、もっと生きたかった」 「……」 「なあ、本当に駄目なのか?僕が助かる方法はないのか?」 「……残念ながら」 「どうしてだ?なんで僕なんだ? 僕がいなければ世界はどうなる?キラの抑制が外れた世界は、」 言っている事が支離滅裂です。滅茶苦茶です。 熱い体温で私にしがみつく夜神は、まるで大きな子どもでした。 「なぁ、デスノートを使わないなんて嘘だよな? 僕がみじめな最期を迎えなくて済むように、早めに殺してくれるよな?」 「それは……」 「竜崎!」 「竜崎じゃありません。私は……ローライトです」 「ローライト……」 「この期に及んで、ファーストネームも綴りも教えられなくて 申し訳ありませんが、私の名前はローライトです」 「ははっ……そうだったのか……ローライト、か」 夜神が笑った理由は、彼の名との相似に驚いただけでしょう。 それでも、感情の高ぶりは少し落ち着いたようでした。 「もう、大丈夫ですか?」 「ああ」 「その、辛いと思いますが」 「最初は……少しホッとしたんだ本当に。 僕は新世界を作る事が出来なくなったけれど、それは僕のせいじゃない。 『キラ』として走り続ける事に、少し疲れていたのかも知れない」 「いつでも自分でやめて良かったんですよ?」 「そんな事、しないよ。 自分で決めた事は、不可抗力で止めざるを得なくなるまで続ける。 そうやって生きてきて今の僕があるし、おまえも本当はそんな事されたら困っただろ?」 「……」 「でもやっぱり、本当に死ぬとなると……無様だけど、」 「無様なんかじゃありません」 ぎゅっと私の胴に抱きついたままの、夜神の体を私も強く抱きしめました。 この二ヶ月半、彼は治療も受けず、一切弱音も吐かず、良く耐えたと思います。 まあ、他人の死を弄んできたキラとしては、自身の死だけを特別視する事など 矜持が許さなかったのでしょう。 傲然と、着々と死の準備をしてきた。 けれど夜神月くんは。 まだ二十歳にもなっていない、子どもなのです。 今になって夜神が年相応の反応を見せたことに、私にだけ見せてくれた事に 私はどこか安堵し、満足もしていました。 我ながら酷いですが。 いい年をした男が二人ベッドに座り、全力で抱き合っている不自然さも 全く気になりませんでした。 「夜神くん……私は」 「悪い……もう少し、何も言わず、こうしていてくれ……」 「はい。今晩は、何でも言うことを聞いてあげます」 「……おまえが?」 「はい」 「何でも?」 「何でも買って上げます。何でもしてあげます」 その時は、本気でした。 見捨てられた子どものような夜神を、放ってはおけませんでした。 ……一緒に死んでくれと言われたら、死ぬつもりでした。 彼は、目を伏せてしばらく考えた後。 決心したように口を開きました。 「なら……キスをして欲しい」 「良いですよ。どんなキスがいいですか?」 私が驚きもせずに即答した事に、夜神は目を見開きます。 「私器用です。どんなキスでもします。どこにでもキスします」 彼はそこでやっと笑い、しばらく考えた後…… 「……一生に一度の、キス」 少し小さな声で、そう答えました。 ……そんな、どうとでも取れる事を。 「まだ私を試しますか」 「おまえと遊ぶのは本当に楽しかったからね」 夜神の一生に一度のキスならば、彼が今までしたことのないような キスをすればいい。 高校生の頃から四六時中見張っていた私には容易いことです。 私が知る範囲では、彼は大人のキスは知らないようです。 私の一生に一度のキスとすると……まあ、それも難しい事ではありませんね。 「分かりました」 言って私がベッドにゆっくりと押し倒すと、 夜神は素直に横たわりました。 それから、静かに顔を近づけて。 唇を味わいながら数度押しつけて顔を上げると、 夜神が不思議そうな顔をしていました。 「それが、一生に一度のキス?」 「はい」 「案外普通だね」 「それでも、これが私の最後のキスです」 「……」 「もう一生涯、私は他の誰ともキスをしません」 「そんな……無理だろ?結婚しないとも限らないだろ?」 「いいえ。信じて貰えなくても構いませんが、これを私の最後のキスとします。 人生最後という、一生に一度の、キスです」 夜神は、泣きそうにも見える表情で、私を見上げます。 私も、それほど間近で、それほどじっくりと夜神を観察したのは初めてでした。 大輪の花のような人だ、と思いました。 「嘘でも、嬉しいよ」 「あなたも案外普通な事を言うんですね」 「……僕の願いを、何でも聞いてくれるって言ったよな?」 「はい。他にも何でも聞きますよ」 「なら最後のキスの誓いを今すぐ破ってくれ」 私は笑い、夜神の髪に指を差し込んで今度は深く深く、長いキスをしました。 彼が息が出来なくなって、私の背をどんどんと殴る程に、 深く、溶け合うような熱いキスを。 ……それから。 それから私は、夜神の希望で夜神を抱いたまま寝ました。 彼は私の腕の中で時折思い出したように震えながら、 「死ぬのが怖い」 「人を沢山殺したからバチが当たったのかな」 と呟いていましたが、その度に私が強く抱きしめるとやがて息が落ち着き、 「楽しい人生だった」 「僕は、幸せだ」 「ありがとう……」 そう甘く囁くようになり。 最後には安心したように微笑みながら眠りにつきました。 私は、いつまでも彼の寝顔を見つめていました。 翌日、夜神はベッドから起きあがれず、病院に緊急搬送されました。 それから一週間、ほとんど意識を取り戻すこともなく 凄まじい早さで衰弱し、 静かに亡くなったそうです。 私も死顔を見ましたが、それは穏やかな物でした。 かの病で死んだとは思えないほど美しく、幸せそうな。 夜神局長は、体調が悪いなら何故もっと早く言わないのだと 棺に取りすがっていましたが、 医者によれば、ガンで死ぬ患者の中では最も苦しまずに済んだ部類だとの事です。 こんな死に方を出来るのは、余程徳が高かったのでしょう、と。 心の中で笑ってしまいました。 だって、夜神は大量殺人犯なのです。 死に様が良かったのは、偶然というものでしょう。 こうしてキラ事件は私の中で完全に終結し、 裁きのなくなった世間でも、キラの名は徐々に忘れ去られていきました。 そうすると私の仕事も増える訳で。 日々事件に忙殺されて、私自身もキラを思い出す事はほとんどありません。 ……なんてね。 嘘、です。 全部、嘘だ。 自分にさえ嘘を吐いてしまうのが私の悪い癖です。 あなたに隠しても仕方がないですね。 私が……夜神月の死を、操りました。 私はデスノートを、使いました。 ……夜神月 ガン細胞に蝕まれたとしても、限界まで健常に動く。 Lだけに全てを告白し、最も苦しむ時間短く、最期は安らかに逝く…… 本来なら、何十年後かに死を設定したかったのですが、 『病の場合その人間の本来の寿命を延ばす事は出来ない。 出来るとしたら、少しだけ死に方を変える程度だ』 そうレムさんに言われてしまったので。 これで、死んだ後天国にも地獄にも行けないと言っていた夜神と、 私も同じ場所に行くでしょうか。 それとも、デスノートを操って事件を解明した私の方が、悪辣でしょうか? ……だって、私は「L」です。 キラ事件の全てが夜神の死と共に闇に葬られるなんて、我慢できなかった。 自分だけでも良い、真相を知っておきたかったのです。 「全てを告白」の中に、私への想いを期待した私は、姑息でしょうか? ……だって私は本当は、 本当は。 結局私は……夜神を操ったつもりが操られていたのでしょうか。 デスノートに書いた事も含めて、夜神の「計画通り」なのでしょうか。 夜神には本当に、私の取るであろう行動が、全て読めていたのでしょうか? どうなんでしょう。 ねえ神様? 今日と言う日に、他に行く場所が思いつかないから教会に来ましたけど。 あなたにしか懺悔出来ないから、懺悔しますけど。 私、実は知ってるんです。 神様なんて本当はいないって。 いないあなたに会いに来ているなんて馬鹿らしいですけど。 私、本当は、神を気取ったあの青年に会いに来たのかも知れませんねぇ。 ……夜神くん。 聡明なあなたにはバレていたでしょうが。 あなたを「初めての友だち」と言ったのは、嘘でした。 「L」には今までもこれからも、友人なんて必要有りません。 「またテニスがしたい」と言ったのも、勿論嘘です。 あなたの私に対する殺意が少しでも揺らぐのではないかと。 言っても損はないから言ってみただけです。 ……なのに。 それなのに。 私は今本当に、あなたとテニスがしたくてたまりません。 あなたと一緒に、学食でケーキを食べたくてなりません。 あなたの隣に一緒に座って 一緒に捜査をしたくてなりません。 一緒にお散歩を、したくてたまりません。 フリースを買って欲しくてたまりません。 だって、冬も夏も毎日着ていたので、袖口が擦り切れてしまったんですよ。 お菓子をこぼす私も悪いですけど。 あれからたった一年でこんなにボロボロです。 だから。 ねえ、夜神くん。 新しいフリース買って下さいよ。 また、あなたの家の近所に、お散歩に連れていって下さいよ。 ねえ、この熱を、頬を伝う水を、止めて下さいよ。 何が「ありがとう」ですかキラのくせに。 「L」に、涙なんて似合いませんよ必要ありませんよ。 だから、どうか帰ってきて下さい。 どうか、返して下さい。 たった一人の、友だちを。 あなたと過ごした、あの一年間を。 あの、私の生涯で最も光り輝いていた日々を。 ……夜神くん。 誕生日おめでとうございます。 私はあなたが、好きでした。 --了-- ※8000打ご申告下さったハナさんに捧げます。 リクエスト内容は、 月君の余命があと少し(死因はデスノートに寄るものではなく、病で)と分かったとき、キラとして の心情と月個人としての心情、心の葛藤と選択、Lの心情と心の葛藤と選択を切ないラブストーリ風に… (お互い恋心はあるがキラとLとしての立場を捨てきれずにいたが、月が余命わずかと知ったとき、二人がどういう選択をするのか、その過程と月の死の後のLの心情など) です。 時間軸を質問させていただいて、 キラ事件解決後、生きているLが、月との事を回想する… 時軸は、火口キラ死亡後、記憶を取り戻した月が余命が残り僅かだと知った(月、死にネタ希望)Lと月、 と伺いました。 ええっと……(汗)デスノートで死んで、ます……よね。 自分的には「では灰色で」のつもりでしたが読み返してみると「限りなく黒に近いグレー」 という感じでしょうか。 恋愛小説を読まないので「切ないラブストーリー」になっているかどうか心許ないです。 ただ、二人とも結構なマキャベリストさんだと思うので、死に際してもあんまり慌てなさそう。 限界まで傲然と立っていて、最後の最後にポキッと折れちゃうのが月くん、というイメージです。 そしてLは、最後どころか月の死後一年経たないと泣くことも出来ないという。 えらい大仰なタイトルですが、ツァラトゥストラの有名なセリフが「神は死んだ」らしいんで。 洒落だけで、内容は全く関係ないです。 ハナさん、こんなんでよかったでしょうか? ご申告&素敵なリクありがとうございました!
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