天気予報は晴れ 4 『……で。結局どちらが先に、建物に入ったんでしたっけ?』 『それが、全然覚えていないんだ』 『私もです』 五年後、YB倉庫でニアに追い詰められて、松田に撃たれて。 リュークに名前を書かれて死んだ後、僕が最初に出会ったのはLだった。 幽霊とは非科学的だが、そんな事を言えば死神だのデスノートも肯定出来ない。 それ以前に、実は僕の生前も雨の度にこの「L」は出現していたので 意外でも何でもなかった。 一応、自分の葬式と、死後の扱い(キラだった事が発表されるかどうか)を 見届け、母や粧裕がしばらくは安泰に暮らせる確信を持った後。 僕は生前出来なかった事……世界中のあらゆる場所を見て回る事にした。 「魂は千里を走る」のだから、容易いことだ。 この意識がいつ消えたり、どこかへ持って行かれるのか分からないが、 現世に居る(と言えるのだろうか)間は楽しもうと思う。 何故か、Lもずっと着いて来ていた。 僕の中では、Lが僕に悪戯をした事に対する恨みも、 キラとしてのちょっとした執着も、Lを殺した時点で終わっている。 Lの方も、僕に殺されたくせに僕に対して恨みがましい態度を見せた事がない。 だからこんな風に普通にキラ事件当時を回想したりもするが、 殺した身としては、今の状況はやはり多少居心地が悪かった。 それでも藪蛇のような気がして、今まで触れなかったが。 ……こんな雨の日には、問いただしてみたくなる。 『今更だけど、聞きたい事があるんだけど』 『何でしょう?』 『……どうしておまえは僕に着いて来るんだ?』 『……』 Lの目が、ぎらりと光る。 元々生き物ではないのだが……更に、無機物のように見えた。 屋外に居てもその髪は濡れず、水が滴る事もない。 僕もそうだが、やはり現身ではない、という事が改めて感じられた。 『言ったでしょう?死んでも魂魄になって、ずっとあなたの側に居る、と』 『ああ、菊花の約ね』 キラの記憶を失っていた当時、僕は。 Lが先に死んで霊魂になった場合は、誰がキラか突き止めて教えてくれ、 などとバカな事を頼んだ。 Lはその約束を守るように、死んだ後も僕に付き纏った。 『あなたは約束を守ってくれませんでしたね?』 『約束?』 『私がキラに殺されたら、必ず敵を取ってくれると、言ったじゃないですか』 ああ……そう、その時は、本気だったよ。 何としてもキラを捕らえ、自分の濡れ衣を晴らすと思っていた。 『まあ……どちらにせよ、もう“キラ”は世界にいない。 おまえが僕に付きまとう理由もないだろう?』 『ありますよ?』 そう言って、Lがふわりと僕の前に来る。 と同時に、体中が締め付けられた。 実体がないというのに、これは……。 見ると、両手をジーンズのポケットに突っ込んだLの、下半身に違和感がある。 ポケットの下辺りから鱗が生えて……両足が、白い巨大な蛇の尾になって 僕の全身に巻き付いていた。 ……僕は、全てを悟り。 「何故着いて来る」などと、愚かな質問をしてしまった事を 後悔した。 あんな事を言わなければ、 これからもずっと、今まで通り。 Lと、穏やかに過ごせた、のに、 『これも以前も言いましたが、私は執念深いんです』 『恨んで、いるのか……』 『私を殺した事なんかどうでもいい。 それ以前に、あなたは初めて出会った私の理想、私の敵』 『……』 『そして、私の弟』 『……』 ……兄弟の契り、か。 手錠で繋がれていた九月九日。 部屋に、日本酒と菊の花が用意されていた。 羞恥と痛みと、後で思えば屈辱的な一夜が思い出される。 僕は、Lの「弟」にされた。 キラの記憶がなかった僕は、死ぬほどLに信じて欲しくて。 下らない遊びに合意してしまったのだが。 『……あれは、僕じゃない……キラじゃない、 夜神月がした約束だ』 『あなたは月くんであり、キラです。 とは言え、私は結局“キラ”をこの手に抱く事は出来ませんでしたが』 『……何度も、来たくせに』 キラの記憶を取り戻してからは、手を出される前に殺したが。 Lは、死んでからも僕を。 『……っ……』 全身を一層締め付けられて、息が……幽霊なのに……止まりそうになる。 『幽霊と生身では、違います。 私自身はさほど楽しんでいなかったんですよ』 『……苦し……』 『でも今、また対等になりました。 現在、あなたに“物理的”に触れる事が出来るのは、私だけ』 『……』 『あなたを気持ちよくさせる事が出来るのも私だけなら、逆に私を 楽しませる事が出来るのもあなただけです。 色んな事ができますよ。何せ、』 Lは一瞬言葉を切って、蛇のように見開いていた目をすっと細めた。 『……もう殺しても死なないんですから』 『エ……ル……』 『だからこれからは、二人でたっぷり楽しみましょうよ。……ねぇ?』 顔を近づけてきたLの口から、細くて長い舌がするりと出た。 伸びて伸びて……顔を逸らしても、逸らしても、僕の口に入り込んで来る。 幾千の雨粒ですら、僕の身体の中を通り抜けていくのに、 Lの舌の感触と冷たさだけは、生きている時のようにリアルに感じられて。 えづいて息が止まって気を失いそうになるが失えなくて。 僕は、絶望と、意に反して身体の奥から引きずり出される快楽の予兆に、 強く目を閉じた。 --了--
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