紫 1
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ルーティンワークとしか言い様のない学校から帰り、
足を引きずりながら玄関を開けると高い声がリビングから降って来た。


「あら、おかえりなさい」

「ただいま」


母はいわゆる「良妻賢母」と言われるタイプだが、実は子どもにあまり
関心がない。
幼い頃にその事に気づいたが、私もあまり他人に関わったり
興味を持たれたりするのが得意ではないので丁度良いと思っていた。


「今日はどうでしたか?」

「楽しかったですよ」


リビングに行き、雑誌から目を離さない母のおざなりな質問に
おざなりに答える。


「ああそうだ。模試、また全国一位でした」

「あら〜良かった事」

「うん」


自分のステータスになる、「全国一の息子」には心が動いたようだが
それも最近では慣れてしまったようだ。


「ああ……兄貴、帰ってたんだ」


その時、五歳年下の無愛想な妹がリビングに面した階段の手すりから
顔を半分だけ覗かせた。


「悪いけど勉強ちょっと見てくれない」

「いいですよ」


彼女も、成績は悪くない。
ただ全国一位にはなかなかなれなくて、本人は苛々している。

……この子は、いつもそうだ。
一番になれなくて、その事に苦しんでいる。

私は一度置いた鞄を持って、二階に上がった。




妹に少し勉強のアドバイスをした後、自室に戻って学生服を脱ぎ
PCを開く。

自分の勉強の必要はなかった。
今の私には、高校の教科は簡単すぎる。

そしていつも通り「救世主キラ伝説」の跡地に行ってみた。
当然のように更新もなく、掲示板も業者の書き込みで溢れている。

パスワードはクラックしたから宣伝書き込みを弾くことも出来るが、
それはしなかった。
どうせいたちごっこだ。


それから、海外の「L」のファンサイトにも行ってみる。
こちらも更新はないが、最終更新日は遠くない。

このサイトの更新記録を辿ると、「L」が関わったと推測される全世界の事件、
今後「L」が関わるのではないかと管理者が予想する事件が羅列してある。

非常によく調べてある。
が、もし当たっていたら「L」本人は相当苛々するのではないかと思われた。
よくある、空気の読めないストーカー染みたファンなのだろう。



……「キラ」と「L」。

「キラ」とは、私が幼い頃、世間を騒がせていた超常現象殺人犯だ。
現在でもその物理法則を無視した殺人方法は謎とされているが
ある時ぱたりと犯行が止み、それ以来表舞台からは消えている。

「L」とは、そのキラを追っていた探偵で、現在も活動を続けていた。

だが。

私は知っている。
現在活動しているLは、元の「L」ではない。


……何故なら、私こそが、本当の「L」なのだから。





幼い頃から、習った覚えのない物理や量子力学、外国語の知識を
自分が持っているのが不思議だった。
誰にもバレないように、部屋に籠もって勉強をしている振りをしながら
私は自分自身と向き合い続けて。

だが忘れもしない十五の誕生日、長い夢から覚めたように突然記憶が戻って……
いや、降って来た。


私は……前世で「L」だった。


最初は勿論信じ難かったが、過去の新聞やニュース動画等でキラ事件の事を
調べれば調べる程、どう考えてもこの記憶は本物としか思えない。

と、言う事は……。

「メロ」もかつて実在したという事になるし、
それが現在の自分の妹だというのも、思い違いではないのだろう。

つまり、残念ながらメロは、私が死んだ五年後までに死んでいる。
妹にその記憶はないようだが。



輪廻転生では縁がある人とまた出会うようになっていると聞く。
例えば、妻であった人がまた妻になったり、あるいは娘になったり。
親友が兄弟になったり。

PC画面越しにしか顔を見たことがないメロと、兄妹になっているという事は。
前世の私はどこまで人と関わらない人生だったのかと笑えて来る。

父母に関しては、記憶にない所を見ると前世でも父母だったのかも知れない。
どちらにせよ、血を分けてはいるが縁遠い人達だ。


だが、だとすれば、まだ出会っていない人々も居るという事になる。

これからの人生で、私はきっとワタリと出会う。
将来の私の子どもかも知れない。

私が、「L」の死後一ヶ月と経たずに生まれている所を見ると、
もう既にこの世にいるかも知れない。

そう思うと、この退屈な人生も先が楽しみでならなかった。


勿論出会うのは、親しかった人間ばかりではない。
ホトケのミココロには、縁が近い、遠い、という事はあっても、良い縁、悪い縁、
という物はないようだ。

つまり、深く憎み合った相手や不倶戴天の敵も、縁が近い、とされるのだ。

仲の悪い夫婦をヒプノセラピーに掛けてみたら、前世で殺し合った
隣国の武将同士だった、という事例もあると言う。


「L」が最期に見た、夜神の歪んだ笑顔は目に焼き付いて。
今でも夢に見る程だ。
きっと私は、今生でも彼に出会うのだろう。


とは言え、夜神が現在生きているか死んでいるかすら、私には知る術がなかった。

今私が知る事の出来る「キラ事件」の動きは、


・キラ事件発生
  ↓
・「L」介入
  ↓
・L死亡(だが表面的には死んでいない)
  ↓
・Lとキラの攻防が長らく続く(キラは殺人を続け、Lは実質無能)
  ↓
・キラの殺人が止まる
  ↓
・侵入した警視庁のデータでは、「夜神月」は殉職したとなっている
  ↓
・キラを彷彿とさせる犯罪が瞬間的に起こったが、Lの一喝で消える
 (以前のキラとは主旨が違いすぎるので、これは夜神ではない)
  ↓
・Lの活動は続く


だけだ。


私が死んだ後の「L」に関しては幾通りか考えられる。

一つは、「夜神がLを継いだ」。
キラとLの二足の草鞋で二人の争いを演じ続けて……そしてある時、
心境の変化でキラから足を洗い、自らは死んだ事にしてLの活動に専念。

あるいは、メロかニアに捕縛されたか殺され、その後ニアが現在のLになった。

もう一つは、「メロがLを継いだ」。
私が死んだ後、日本捜査本部はワタリの素性からワイミーズハウスに報告し、
メロがLを継いだ。

だがその後、キラの殺人が止まるのとほぼ同時期にメロが死に、
ニアが現在のLになった。

あるいは、「ニアがLを継いだ」。
メロが継いだ場合と同じ経緯でニアがLを継ぎ、五年後、何らかの事情で
メロの命と引き替えに夜神の殺人を止めた。


いずれにせよ、現「L」は夜神かニア以外に考えられない。
そしてメロの死亡とキラの殺人が止まった事には何か関係がある。

その辺りの事情は、現「L」に会えば分かるだろう。
少なくとも、もしニアが現Lなら、ロジャーに連絡を取って事情を言えば
すぐに会える。

夜神がLの場合は少し難しいかも知れないが……。
その可能性は低いように思う。
勿論人間は突然変わる事もあるのだが、夜神に限っては
一度始めた「キラ」を、そう簡単に自ら止めるとは思えない。


だがとにかく、今は積極的に動く気になれなかった。
キラ事件のその後は気にはなるが、ニアには会おうと思えばいつでも会える。
そして会って自分が「L」だと知られてしまえば、確実に仕事を振られるだろう。
ただの一般人に戻る事は難しくなる。

夜神とは生きていようがいまいが、いずれ出会う運命だ。

だから私はこうして、キラ事件の痕跡を指でなぞるように、
何となくキラやL関係のサイトを巡回するだけで満足していた。






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