獅子の翼 13
獅子の翼 13








黒い鳥に腰を抱かれて人混みを掻き分け、ボートに乗る。
川の上にはいくつもの船が浮かんでいたが、全て止まって花火を見上げていた。

その間を縫うように、ボートは進んで屋敷に到着する。

Lのキスを受け容れてから、まるで夢の中にいるようにふらふらしていた。
重い衣装を着けて歩いたからかも知れない。


「……そうだ。この衣装、返さなくてもいいのか?」

「明日で良いでしょう」


低い声で言って、Lは僕の手を引いて寝室に向かう。

それから仮面を床に放り出して、沢山のボタンをもどかしげに外した。
マントをかなぐり捨て、上着も、パンツも畳みもせず脱ぎ散らかす。
それから僕の背中のファスナーを下ろした。

僕も、仮面と鬘と扇子を、サイドボードの上に置く。
ドレスは……やはり、床の上に脱いだまま広げた。

お互い半裸になったまま、ベッドに押し倒される。


「シャワーは?」

「後で」


寒空に、だがお互い肌は湿っている。
Lは余計な事は何も言わず、ただ無言で僕の肌を貪っていた。

僕は天井に映る、花火の明かりをぼんやりと見上げていた。






Lは勿論、僕も精液を何度も撒き散らして頭が冷えた頃。
漸く町は静かになっていた。


「……いつ、覚悟を決めたのですか?」


隣で眠っていると思ったLが、唐突に呟く。
僕も沈んで行きそうになる意識を奮い立たせ、少し考えた。

キスをされた時。

と言いたいが、その前に自分でLに近付いている。
だがその行動原理が自分でも全く分からなかった。


「さあ……」

「ずるいですね」


そう言われてもな。


「私があの女性と楽しもうとした時、嫉妬しました?」


嫉妬。
だとしたら、随分身勝手な感情だ。

僕は確かに直前まで、この町とLから逃げようとしていたのだから。

あまりにも不用心な感情でもある。

Lを信用してはいけない。
他人に自分の人生を預けるなど、以ての外だ。

今でも僕はそう思っているのだから。


「そうだな……。
 自分だけあんなきれいな女性を楽しむなんて、許せないと思った」

「わ、私に嫉妬したんですか?」


Lは驚いたように、半身を起こした。
僕は思わず笑ってしまう。


「なんなんですか。
 まあ、良いですよ。契約は成立したんですから」

「……みたいだね」

「今後は他の女性に……男性にもですが、目を向ける事はありません」

「うん……」

「あなたもそうして下さい」

「う……ん……」


瞼が重い。
久しぶりに熟睡出来そうな予感に、体中の力が抜けていく。

再び押しつけられた唇に。
入り込んで来たぬめる舌に。
応えているつもりだったが、僕は意識を失っていた。






翌日もカーニヴァルは行われていたが、僕達はキヨコ夫人に衣装を返しに行った。


「クリーニングはした方が良かったですか?」

「常識だね!」

「すみません。お代は遺産から差し引いておいて下さい」


それでも、老婦人の機嫌は悪くない。


「楽しんだかい?ルキーノとベアトリーチェ」

「ええ。とても」

「それは良かった。
 ちょっとはこのヴェネツィアに思い入れが出来ただろう?」


これにはさすがにLも苦笑した。


「そうですね」

「いつでも帰っておいで。
 おまえが何と言おうが、ここはおまえの故郷なのだから」


探偵Lに、故郷なんてない。
必要ないという以上に、あってはならない。

それでも、Lは珍しく微笑んだ。


「そうですね。
 その時もどうかお元気で、その憎まれ口を叩いて下さい」






「おまえにも、故郷が出来て良かったな」

「……記憶、戻ったんですか?」


屋敷に戻って声を掛けると、Lが驚いたように振り返った。


「まさか。でもおまえを見てたら分かるよ。
 故郷という物を持った事のない人間だって」

「そうですか……まあ、この町をLの故郷と設定するのも悪くないですね。
 どうせ数百年で沈んで消える町です」

「きれいなのに、勿体ないな」


まるで数百年以上生きそうなLの物言いに、釣られて僕も答える。


Lはどこか笑い出しそうに目をぎょろりと動かした後、ラップトップを開いた。


「さて。また新しい事件です。
 今日の午後の便で、香港に飛びます。
 あなたも手伝って下さい」

「え。マジ?僕の記憶の件は?」

「仕事の間を縫って精神科医かヒプノセラピストに掛かりましょう」

「……思い出したら、今度はおまえとの事を忘れるかも」


まあ、その時にはデスノートの在処も思い出すだろうし。
僕としてはその方が都合が良いと言えば良いのだが。


「大丈夫です。
 万が一忘れたとしても、あなたの身体は覚えてますよ」


そう言って僕の尻をつるりと撫でたLを。
思い切り殴ろうとしたら、あっさり避けられた。


「行動パターンは変わりませんね。
 また、手錠で繋がって生活します?」

「冗談じゃない!」


言いながらも、口で言う程嫌じゃないな、などと思う僕は。
一体どの時点の僕なのだろう?

そんな事を考えながら、トランクに荷物を詰めるべくクローゼットに向かった。






--了--







※2017チャットから生まれた「√」企画の文です。
 Lのルーツと特定の国を絡める、みたいなお題です。
 改めてご一緒下さった皆さんにお礼を申し上げます。
 ありがとうございました!

 なんか、Lのルーツって難しいですが考えるのは楽しいです。二次創作の醍醐味。
 そして月はキラのルーツを忘れているという。
 Lの鳥のような仮装は、実はペストマスクと言ってペストが流行った頃のお医者さんの衣装らしいです。

 みづはさん、企画ページを作って下さってありがとうございました!






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