ルナ 4
ルナ 4








水分がどんどん増え、瞼の内側を光らせる。
鼻先が赤くなっている。
程なく眼窩の水の張力が決壊して、目尻から流れ落ちていった。


「夜神くん」

「……」


無言で、「見るな」と言いたげに、両腕で目元を覆う。
はぁ、はぁ、と荒くなっていた息は、やがて嗚咽に変わった。


「何故、泣くのですか」

「……」


夜神がしゃくりを上げる度に、中が締め付けられる。
そろそろ動いても良いだろうか。


「夜神くん、」

「……情けなくて」


唐突に、夜神しては高い声が、返ってきた。


「こんな風に、されているのが。
 僕の人生の中に、男に、される、という1ページが加わったのが」

「それは、同性愛差別ですか?」

「……違う。男というよりは……おまえに、されたのが、口惜しくて」

「口惜しい、ですか。では、誰にされたら口惜しくないんですか?
 大勢のプロレスラーに押さえつけられて無理矢理、とかだったら口惜しくないんですか?」

「……そっちの方が、マシかも」

「なるほど」


不可抗力なら、「口惜しい」というのとは違うという事だろう。
怒り、相手を軽蔑はするだろうが。

こうして唯々諾々と従っている自分が。
無理矢理でもないのに、抵抗したくても出来ない状況を作り出した自分が、口惜しいのだ。

つまり彼は、「チェスに負けた」口惜しさを、今発露しているという訳だ。


「動きます」


一旦途中まで抜いたが、血はついていなかった。
張り詰め、私の物に絡みついた薄い肉色の粘膜に指で触れると、
自分の心臓がどくん、と大きく脈打ったのが分かる。

興奮しているのか……私とした事が。

もう一度、入れる。
入り口の締め付けの抵抗が、快い。
夜神の嗚咽の声は、大きくなった。


夜神の声を心地よく聞きながら、しかし傷をつけないよう注意深く
時折唾液でぬめりを足しながら、ゆっくりと腰を動かす。


「『luna』」

「……っ……」

「実は、五十四手目でもあなたはミスをしていました」

「……」

「定石からすれば、あそこは当然クイーンにプロモーションで良かったのですが、
 あの場合に限って言えば、ナイトになっておくべきでした」

「……」

「まあ、結果論と言えば結果論ですし、あなたがナイトになれば
 私もそれなりの対応をしたでしょうが」

「……」

「少し先を読んで、欲を控える、という手もある、という事です」


いつの間にか、夜神の嗚咽は止まっていた。
涙はそのままに人形に戻り、無表情で天井を睨んでいる。
きっとそこには、架空のチェス盤があるのだろう、と思った。

数分後、案の定。


「……気付いてた」

「何がですか?」

「ナイトになる、という選択肢に」

「そうですか」

「でも……ナイトになんか、なりたくなかったんだ。僕は」

「……」


機械的に指していたように見えた『luna』が、初めて見せた『我』。
感情。


「……『luna』は、『女王』以外の何者にもなりたくなかった?」

「ああ……」

「でも結果的に、女王になったが故に負けてしまいましたが」

「ああ、そうだな……」

「……」

「……そうだな。そうだな……」


「最強」に拘りすぎて、勝負に負けた女王、「luna」。

彼の人生観が、生き様が、彼の人生そのものが見えたような気がして
何となく哀れになった。

後はただ、ぐちゃぐちゃと性器と粘膜が擦れ合う音だけが響いていた。





終わった後、夜神は私の方を向いて体を丸めて横たわっていたが
私が性器に目を遣ると、忌々しげに寝返りを打った。
……そうすると、私に犯されたばかりの尻が、少し赤らんだ粘膜が目に入る訳だが。


「夜神くん」

「……」

「……luna」


夜神が、小さく身じろぎする。
男に抱かれたという現実とそのプライドが、折り合いを付けるのは難しかろう。


「こうしましょう」

「……」

「夜神月くんは、男とセックスなんかしていない。
 私も夜神月くんは抱いていない。私が抱いたのは『luna』です」

「……」

「そういう落とし所はどうでしょう?」

「僕をバカにしてるのか。あと、『落とし所』の使い方が間違えている」

「わざとです」


そう言って夜神の肩を掴むと、不承不承こちらを向いた。


「私は偶然、二年前にネット上で出会った『luna』に再会しました。
 なかなか印象的な一局だったので、懐かしくてつい口説いて」


夜神が眉を顰めたまま、瞼を閉じる。
茶色がかった睫が、これ程長いとは今まで気付かなかった。


「『彼女』と素晴らしい一夜を過ごしました。
 『彼女』は初めてだったのか痛そうでしたが、私を受け入れてくれました」

「……」

「どうですか?」

「……何が」

「『luna』は、チェスプレイヤー『EL』にまた会ってくれるでしょうか?」


夜神は目を開けて、目の縁に涙の跡を残したまま喉の奥で笑った。


「勿論。『luna』は、『EL』との再戦を望んでいる」

「そうですか。その日を楽しみにしています」

「ああ」

「いつか、『luna』が『EL』を打ち破るまで、あるいは『EL』が『luna』を退けるまで、
 お互い、精進しましょう」

「ああ、そうだな」

「きっと、二人で生き残りましょう」

「ああ、そうだな」





結局「EL」と「luna」の逢瀬はそれが最後で、長い間同じ部屋で寝たが
我々が体を交える事はなかった。

チェスの対局もしなかったので、二人とも「EL」と「luna」を完全に切り離していて
「L」と「月」が同性愛行為に及ぶなどと言う事は、過去にも現在にも有り得ない、
という認識で一致している。



それでもこんな夜には。

久しぶりに手錠が外れて、独り寝を手に入れた晩には、人恋しくなったりもする。




「……生き残ろうと、約束したのに」




生真面目で負けず嫌いで、今思えばとても正直で。

真っ直ぐな目をした泣き虫の少女は、


もう何処にも……


夜神月の中にも、



居ない。






--了--






※L×白月って久しぶり。





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