Hug Me Please 今朝から夜神月の様子がいつもと違う。 起きた瞬間から、手錠をマジマジと見つめて何か考えていた。 その時は、昨夜ちょっとした捜査方針の行き違いから殴り合ってしまったので、何か思う所があったのかと思ったが。 「どうしたんですか?月くん」 「うーん……ちょっと、気分が良くなくて」 「仕事休みます? 私の手錠をベッドに繋いでおけば問題ありません」 「……」 夜神は少し考えた後、今度は私の顔を見つめた。 その、表情。 この違和感は……監禁中、突然自分はキラではないと主張し始めた時に似ている……。 ……が。 「いや。いい、です」 「……どうしました?」 「何でもない。休む必要はない」 何とも腑に落ちない気分のまま一緒に捜査本部に向かったが、夜神は体調不良を理由にPCに触りもしなかった。 ならば部屋で休めば良い物を、背後の椅子に座ったままじっと私を見つめている。 いや、観察……している? 「月くん、辛いなら部屋で休んだ方がいいんじゃない? 少しでも休憩してくるといいよ」 松田の言葉にも上の空で、 「いや、いい」 と言葉少なに答えて、周囲と、主に私を観察し続けていた。 キラがそんな調子なので私も集中出来ず、二人で早めに引き上げる。 部屋に戻ると夜神は体調が悪いと言っていた事など忘れたかのように、大きく伸びをした。 「『おまえまで付き合う必要なかったのに』とか言わないんですか?」 私が言うと、今日初めてにこりと笑う。 「逆に、『おまえ』には付き合って欲しいよ」 「ほう。何故ですか?」 夜神は微妙な微笑を浮かべたまま、テーブルに行って私のボンボニエールからチョコレートボンボンを無造作に一つ取り出し、口に放り込む。 そのままベッドに腰掛け、足を組んで上になった方の足をぶらぶらさせた。 「その前に。今日は一日ストレスが溜まった。ハグしてくれ」 「……」 当然のように両手を私に差し伸べる。 そのような仲ではないつもりだし、夜神もいつもの様子ではないが……。 “不可能なことがらを消去していくと、よしんばいかにあり得そうになくても、残ったものこそが真実” ……か。 ホームズも偶には良い事を言うものだ。 夜神は私の一瞬の躊躇いに「しまった」と言う顔をしたが、今更訂正する訳にも行かないのだろう。 差し伸べた手は下げない。 私はゆっくりと夜神に近付き、隣に腰掛けた。 その背に手を回すと、夜神は私の首に腕を回し、ぎゅっと力を込める。 しばらくそのまま抱き合っていると、彼は安心したように小さな溜め息を吐いた。 「ストレス解消法がこれですか」 「ああ。児童書に書いてあったしな」 親が読むべき児童書を、子どもが読んで自分を育てさせる。 なかなか興味深い事例だ。 「こういう事は、お父さんには頼まないんですか?」 「お父さんが、こんな事をしてくれるものか」 「お母さんは?」 「そんなの幼稚園までだよ」 「では、普段はどうやってストレス解消しているのですか?」 夜神は腕を緩め、私を解放する。 その目を覗き込むと、気不味そうに目を逸らして少し考えていたが、すぐに真っ直ぐ私を見つめた。 「近所のお兄さん。 弟は僕より年下だけれど、お兄さんは……一回り上なんだ」 「信用出来る人なんですね?」 「ああ。東京大学だよ。 おまえとちょっと雰囲気似てる」 「私も信用して貰ったと考えて良いですか?」 「……そうだね」 夜神は私の肩に手を置いて軽く押し返しながらも、何か決意を秘めた声で答える。 私も、その手に自分の手を重ねながら、その瞳の奥を覗き返した。 「では、そろそろ種明かしをして下さい。 あなたは、何歳なのですか?」 私が言うと、夜神は一瞬息を呑んだ後、また戸惑ったような微笑を浮かべる。 「……どういう意味」 「あなたが協力してくれなければ、あなたを助ける事も出来ません」 「……」 「ではこちらから言いましょう。 私たちが認識しているあなたは、十八歳です。 あなたは、どうですか?」 ……そう。 余人なら多少違和感を覚えても見逃してしまいそうな、幼い口調。 自分と相手の関係性を試すような、丁寧語と友達口調との混濁。 彼はPCに触らなかったのではなく、触れなかったのだ。 現代のPCには。 部屋で休んでなどいられなかった。 自分が置かれた「状況」を把握するために。 ……『ああ、東京大学だよ』 そして、まだ人の価値を「頭の良さ」でしか計れない彼は、一日周囲を観察して……。 一番の頭脳の持ち主に見えた私に、賭ける事にした。 自分の置かれた状況を正確に知る事も出来ず……。 夜神は微かに口を開き、往生際悪く一瞬迷ったあと、 「……六歳」 吐き出した。 分かってはいたが、思わず私も息を吐く。 やはり彼は……記憶を失っていた。 キラの事はおろか、小学生時代の大半と、中学生高校生時代の事まで。 「なるほど。六歳でその行動力と冷静さのバランスは素晴らしい」 「おまえこそ。よく信じたな。というか、分かったな。 今日僕は出来るだけ動かなかったつもりだけど、どこか不自然だった?」 「ええ、色々と。 六歳ではどんなに賢くとも知識が足りないのは仕方がないでしょう」 朝起きたら知らない場所に寝ていて。 それどころか自分が大人になっていて、知らない男と手錠で繋がれていると知った六歳児の戸惑いは如何ばかりであっただろう。 だが彼はそれを上手く押し隠し、どう行動すべきか全力で考え続けた。 さすが、六歳とは言え夜神月だ。 「誰の名前も呼びませんでしたしね」 「知らないし」 「私の事も、私自身が『おまえまで付き合う必要なかったのに』と言うまで呼びませんでしたし」 「難しかったよ」 「因みに、第三者に自分のお父さんお母さんの事を話す時は、『お父さん、お母さん』ではなく、『父、母』です。 勿論十八歳の月くんは普通にそうしていました」 「ああ!そういえばそうだった。 知ってたけど、六歳でそれをやると可愛くないと言われるから、忘れてた」 十八歳の顔のまま、無邪気な表情で目を丸くする夜神に……私は知らず、微笑んでいた。 自分で気付いて、軽い驚きに見舞われる。 コントロールせずに笑ったのは、随分久しぶりだ。 「最初は変態に誘拐されたのかと思ったよ」 「まあ、特殊な状況ですしね」 「でも、よく見たら僕は大きいし、おまえはまともそうに見えたし……。 今日会った大人全員の中で一番信用出来そうな気がした」 それから、おどけたように軽く片目を閉じて 「父よりもね」 と早速付け加える。 これは、周囲の年上の女性にさぞや可愛がられただろうな。 「悪い気はしませんね」 「なら、そっちこそ種明かしをしろよ。 何で僕は、疎まれてる訳でも無さそうなのに当たり前のように手錠で繋がれてるわけ? 何でおまえは一番若いのに警察の偉そうな人達の中で一番偉そうなわけ?」 「そうですね……どこから話したものか。 一日私たちの話を聞いていたなら、『キラ事件』の概要は分かりましたね?」 それから私は、私自身が夜神をキラとして疑っている事、その理由、 これまでの経緯などを掻い摘んで話した。 夜神は、 「有り得ない!」 「僕がそんな事をする筈がない。必要もないし」 などと喚いていたが……まあ、まだ真っ直ぐな正義感を持った子どもなら想像もつかないだろうな。 この世の中、正義だけが正しい訳ではない事。 また、正しい事ばかりがまかり通りはしない事。 どんなに才能のある人間がどんなに頑張っても、敵わない事が世の中にはある事。 人は変わる事。 光が強ければ、闇も深くなる事。 ……それにしても……。 私は、これからこの六歳の少年をどうすればいいのだろう? キラどころか、人生の大半の記憶を失ったこの天才児を。 しかも。 その理由が……恐らく、私が殴った時に打ち所が悪かった事である事。 つまり、私のせいである事を思えば……。 どう考えても無下には出来ないし表沙汰にも出来ない。 全く、どうしたものか。 「あのPCの使い方教えろよ! 一日で覚えてみせる!」 最早六歳児である事を隠そうともせずベッドで跳ねだした夜神を尻目に、私は頭を抱えた。 ーー了ーー ※2017年5月のチャットで出て来たネタ。 「ストレスが溜まったからハグしてくれ竜崎」 という台詞を、どうやって月に言わせるかと言うお題?でした。 出来るだけ原作ベースの月で行きたかったのですが、私にはこれが限界です。 竜崎もさすがに六歳月には甘いのではないかという話でしたが、私は恐らく容赦しないのではないかと思います。 また、月も六歳でも可愛くなくしちゃったしな!
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