男前Lお題---煙草
男前Lお題---煙草








二十歳になったら、しようと決めていた事があった。



二十歳になった日、僕は「竜崎、」と声を掛けてベランダに出た。

そして父に内緒で買った煙草の(成人したのだから構わないのだが
何となく後ろめたい)封を切り、茶色のフィルターを一本取り出す。

口に咥え、香ばしい息を吸いながら火を点けると、
煙が一気に肺の中に入ってきた。


「げほげほっ!ごほっ!」


無様に咳き込むと、


「……煙草は百害あって一利なしですよ」


背後から声が聞こえて、白い手が伸びてきた。
勝手に僕の持っていたケースから、一本抜く。


「おまえが言うなよ……」

「そうですね」


振り向くと竜崎が、煙草を唇に挟んでいる所だった。


「火を、ください」


僕は一瞬、ライターを握りこんだ右手を上げかけたが
思い直して竜崎に顔を近づける。

竜崎も顔を近づけてきて、僕の煙草の先に自分の煙草の先を触れさせた。
こんなに接近したら普通気まずいと思うのだが、竜崎はまっすぐに
僕の目を見つづけている。
触れた部分が赤くなり、竜崎の煙草の先にも無事火が移った。

無造作に開いた手の、人差し指と中指の先で煙草を挟み
溜め息のように息を吐くと唇から細長い煙が、随分遠くまで走る。
その様が、意外と様になっていて少し悔しいような気分になった。


「おまえが喫煙する所を見られるとは思わなかったよ」

「ええ。久しぶりです」

「人には百害あって一利なしとか言っておいて」

「私はもう、何でもアリなんで」


言いながら、もう一度フィルターを口に近づける。
指の、本当に先の方で挟んでいるので、まるで投げキッスでもしそうに見えた。

煙が沁みるのか、目を細めている。
細めた目の奥から、じっと僕を観察している。


「久しぶりだな、その目」

「……そうですか?」

「あの時も、そうやって目を細めて、そして僕を睨んでいた」

「私は目が良いですから、あまり目を細めた覚えがないのですが」

「あの時だよ」


おまえが、僕の腕の中で目を閉じる寸前。





大学に入学してLと出会い、一番参ったのが本名が分からない事だった。
これ程毎日普通に顔を合わせているのに、名前が分からないなんて。
しかもせっかくミサと出会って死神の目を手に入れても、
自分が写っている写真はどこにも残していないと言う。

……だが実際、これだけ人の多い場所に来て、全く写真を残さないのは
不可能だ。


「母さん、大学の入学式の時の写真ある?」

「あるわよ勿論。母さん張り切って沢山撮っちゃったわ」


そう言いながら母が見せてくれた写真には、沢山の僕がいた。

新入生挨拶で立ち上がった僕(後姿)。
階段を上って壇上へ向かう僕(後姿)。
講演台の前で礼をする僕。
紙を掲げ、挨拶文を読み上げる僕×三枚。
学長に一礼する僕。

壇から降りる僕……。


「……ねぇ。もう一人新入生挨拶した奴いただろ?そいつの顔が写ってるのない?」

「撮ってないから知らないわよ」


確かに、竜崎はいる。
だがそれは全て、ブレているか、向こうを向いているか僕で隠れているかで
はっきりと顔が写った物は見事に一枚もなかった。

あの会場にいた全ての人に聞けば、竜崎がはっきり写った写真も
あるんだろうが、それは不可能だな……。
その時は、その程度にしか思わなかった。


だが、後から思えばそこで気づくべきだったんだ。

竜崎が、決して殺す事の出来ないモノである事に。




「不思議だな。そうやって物に触る事も出来るし、煙草も吸える」

「私の精神力は半端ないですから」

「精神力なのか?」

「今となっては精神力です。
 あなたに殺される前は、半幽霊でしたからマシでしたが、
 今は完全に、幽霊ですからね」


そんな事を言いながらも、竜崎はゆっくりと煙草を人差し指で
とん、とん、と叩き、灰を落とす。
物理的な力を持っている事を、誇示するように。

僕の煙草は、一定の速度でただ悪戯に灰になって行くだけだった。

ふと思いついて、煙草を竜崎の胸に刺すように突き出すと、
竜崎は大げさに避けた。


「突き抜けるかと思って」

「先に聞いて下さい。不意打ちされたら突き抜けませんって。
 例えば、こんな事も出来ます」


竜崎が、一歩こちらに踏み込む。
確かに質量を持った物が移動した、風圧が感じられた。


「ん……」


そして何故か……僕をベランダの手すりに押し付けるようにして
唇を重ねて来る。

実に驚くべきシチュエーションなのだろうが、何せ相手は生身の人間ではない。
既に超常現象の中にあって、ある意味日常的なその行為は
全く取るに足らない事にも思えた。


「何……するんだよ」


煙を吹き込まれて、今度は吸わなかったので噎せなかったが
竜崎の煙は同じ煙草なのに僕が吸った物よりずっと苦く感じられた。


「何でもアリですから。私」





竜崎が死んでからも、僕は竜崎の写真を探し続けた。

例えばミサが大学に来た時。
当時既に一部で有名だったミサを、多くの学生が携帯電話のカメラで撮っていた。

顔を覚えていた面々に、その時の写真を見せて貰ったが
背景に僕が写りこんでいる物は沢山あったのに、竜崎が写っている物は
一枚もなかった。

その時になって僕は竜崎の死に、本格的に疑問を持ち始めた。


僕の腕の中で、鼓動を止めた竜崎。

……父が密葬にした時、死体が消えた竜崎。

本国の者が、ワタリの仲間が、攫って行ったのだという結論になったが
それにしては早すぎる。
また、こっそり持っていく理由が分からない。

僕は皆と違う意味で、戦々恐々としていた。

本当は、死んでいないんじゃないか?
いつか不意に現れ、夜神くんはやっぱりキラでした、と言うんじゃないか?

そして、竜崎が死んだ夜、見た夢。


『私は、夜神くんの煙と共に再び現れます』


そう言って、にたりと笑った探偵。


それらの全てを飲み込んで、僕は一年以上掛けて、消化してきたんだ。
二十歳になった今、冷静に、竜崎を呼び出してみようと思えるまでに。





「煙草を消したら、おまえも消えるのか?」

「はい。でもあなたがまた煙草を吸えば、現れます」

「なら二度と煙草なんか吸わない」

「そう言わず。今の私は『L』の立場から解放されていますから
 あなたの味方をしてあげられますよ?」

「いらない」


僕の敵は、おまえだけだ。
おまえを倒した今、僕の前に立ち塞がる者は何もない。
味方なんか、いらない。


「いいえ。遠からずあなたの前に、私と同等かそれ以上の敵が現れます」

「……まさか」

「私はあなたが死ぬのも、彼等が死ぬのも、見たくありません。
 ですから、ピンチの時はランプの精だとでも思って……」

「彼『等』?」


複数形を聞き咎めたが、竜崎は口の両端を上げてニッと笑っただけだった。
ぴくっと眉を寄せて、持っていた煙草をベランダの手すりで消すと
竜崎の輪郭が揺らぎ始める。


「今度は、是非ケーキと紅茶を」

「誰が!」


ふうっと大きく息を吹きかけると、竜崎はそれこそ煙のように掻き消えた。


「誰が……!」


竜崎が立っていた場所には、殆どフィルターだけになった煙草が落ちていたが
まだ一条の煙が立ち上っている。


僕は、左手に持っていた煙草のケースを、握りつぶして投げ捨てようと思ったが。

出来なかった。






--了--







※煙草→煙→幽霊の連想ゲーム。
 Lの写真がないってのはないでしょう、というのはある考察サイトさんを見て
 なるほど!と思ったので使わせていただきました。

 よく分からない話だと思いますが、Lは元々何らかの事情で
 半分幽霊だった、だから写真にも写らなかった、という話です。






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