男前Lお題---酒 3 洗面所で口を洗い、そしてこっそりトイレで少し吐いた僕を、 ソファの端で足を抱えた竜崎が迎えた。 また僕に乗られる事を警戒しているのだろう。 だが僕だってもう二度とそんな事はしない。 「……」 「……私とした事が」 「……」 「何と言ったらいいのか、分かりません」 何も、言わなくて良い。 というか何も言わないで欲しい。 黙っていれば良いのにこういう事をわざわざ言うのは、嫌がらせなのか。 己の身を削ってまで精神攻撃か。 「……別に。舐めたら教えるって言ってたんだから、本名寄越せよ」 「嘘吐きに教える名前なんかありません」 「……は?マジで?」 「先にイギリスに着いたら教えて上げます。これはマジです」 意識が一瞬遠ざかる。 ただでさえ、自分でも訳の分からない事をしてダメージを食らっているのに まだ飲ませるか。 吐いて多少楽になったから、あと少しなら行けるか。 現在南アフリカだから、あと……ギニアのビールとエジプトのステラ、 ナントカ・ルージュっていうモロッコのワインと……トルコ、ギリシャ、 イタリア、スペイン、フランス…… 大体、あの辺りはイスラム教国が多いから酒なんかないと思ってたのに なんで悉くあるんだよ! 観光客向けの酒なんか造るな! ……無理だ。 と言いたいが、無理だと言ってしまえば本当に無理になる。 僕が降参すれば、きっと竜崎は僕に自白を迫るだろう。 ガッ、ガッ、ガッ、 何事かと思うと、竜崎がアイスピックで氷の塊を砕き始めていた。 氷を見つめる憑かれたような眼差しは、木や石を刻む彫刻家のようでもあり、 殺人者のようでもある。 そしてその手つきは……とてもさっきまでの酔っ払いとは思えない、 しっかりしたもので。 見つめているとやがてウイスキーグラスに氷を入れ、琥珀色の液体を注いだ。 マドラーでカラカラと氷を回し、水か何かのように一気にあおる。 「すごいね……酔い、醒めて来た?」 「そうですね。一発抜いて貰ったら醒めました」 「……」 「というのは嘘で、元々あまり酔えない体質なんですよ」 ……なんだって? 「普段酒を飲まないのは、気を抜かないという以上に意味がないからです」 「……」 「勿論、全く酔わない、という事はないですけどね。 じゃなかったら……あんな屈辱的な事は許さない」 竜崎は頬を引きつらせて下に……自分の足の間あたりに目をやった。 「自分が舐めろって言ったんだろ」 「イかされるとは思いませんでした」 ざまぁ見ろと言うには、こちらのダメージも大きすぎるがそれにしても。 飲んでも意味のない酒をこんなに沢山用意して、僕を誘ったなんて……。 まるでイカサマじゃないか。 いや、イカサマだったんだ。 最初から、僕だけ酔わせようとする、策略。 「おまえ……よくも……」 「あなただって酒捨ててたじゃないですか。アンフェアはお互い様です」 急に、足に力が入らなくなる。 耳の中がざあざあとうるさくて、血の気が引いて、額が寒い。 酔いとは、これほど急に来るものなのか。 感覚としては、最後の思考から数分ぼうっとしていた、というだけだった。 だが気づけば辺りは明るい。 微かな日光すら、目の奥を刺す気がする。 視線を動かすと頭の中がぐるぐる回るようで、僕はただ天井の一点を 見つめていた。 やがて独特の足音が近づいて来たと思うと、その視界に竜崎の顔が現れる。 僕を覗き込んだと思うと一旦引っ込み、次に現れた時には 熱いおしぼりと水の入ったグラスを手渡してくれた。 「ああ……ありがとう。僕、寝てた?」 「はい。とても良く」 ソファの上で何とか体を起こすと、竜崎も反対側にしゃがみ込むように座る。 「おはようございます」 「……おはよ」 「具合はどうですか?」 「最悪。頭が痛くて吐き気がする」 「今日は一日休んで下さい」 見たくもない、と思いながらも恐る恐るテーブルの上を見ると、 酒もグラスもきれいに片付けられていた。 竜崎はそんな事しそうにないから、ワタリか? 「昨夜の事、覚えてます?」 ごくりごくりと喉を通る冷水が心地よい。 口を漱いで口内にねっとりと貼り付いた不快な「昨夜」を飲み込む。 これが、二日酔いというものか。 限界も知らずに飲みすぎたと思う。 だが、記憶がなくなる、という事はなかった。 忘れたい記憶も、何もかも。 ……やはり、酒は恐ろしい。 知らない間に判断力も思考力も鈍らせる。 キラ関連の事で口を滑らせなかったのは本当に良かったが。 竜崎の……えぐい喉越しが思い出されて、またえづきそうになった。 「……何も、覚えてない」 「そうなんですか?どこまでは覚えてますか?」 「それが、僕はやはり相当酒に弱いみたいだ。 日本酒を飲んだ後辺りから既に怪しい」 「でも、キスをした事は覚えてますね?」 ああ……あの時は、酒を飲んでいなかったからな。 っておまえも素面だったか。 酔っ払いを演出する為とは言え普通そこまでやるか? そんな事を言えば覚えている事がバレるから言わないが。 「うん……。おまえ、既に物凄く酔ってたよな」 「……」 竜崎は探るように僕を見ながら、少し考え込んでいた。 「何か世界征服とか言って酒を飲みだして。 でも、結局辿り着けなかったんだよな?」 「……」 「おい」 僕を見つめたまま……指をくわえて、突然ニヤリと笑う。 「いいえ。私はイギリス上陸しました」 「そうなんだ、僕が寝た後か?」 「客観的には起きているように見えました」 「……」 そんな、筈はない。 僕は竜崎が酔わないと聞いた後、クッションに倒れこんで目を閉じた所まで きっちりと記憶がある。 「先にイギリスに到達したら何でも言う事を聞いてもらえる、という約束、 覚えてますよね?」 「……ああ」 「あなた……自分がキラだと、認めてくれましたよ」 「……」 嘘吐け! 僕は、竜崎がポーランドの蜂蜜酒を飲んでいる時に落ちた筈だ。 絶対に自白なんかしていない。 間違いない。 「嘘だろ」 「本当です。覚えてないでしょうが」 いや……覚えている。 酔ってはいたが記憶はある。詳細に覚えている。 だが、ここでそれが嘘だと、僕には分かっている、と言えば。 竜崎を咥えた上に、飲んでしまった事まで覚えていると認める事に。 「ごめん……覚えてない」 「覚えていなくても、自白は自白です」 「酔っていたんだ、適当な事言っただけだろ」 「酔っているからこそ、嘘が吐けないんですよ」 竜崎を睨もうと目に力を込めると、前頭葉がキリッと痛んで 思わず頭を抱える。 その額に、竜崎が手を当ててくれた。 ひんやりしていて、気持ちが良かった。 「……あなたは覚えていないでしょうが、昨夜、あなたと私は 以前より少しだけ親密な関係になりました」 「……」 耳元に顔を近づけて、囁くように言う。 その声は少しかすれていて、やはり竜崎も二日酔いなのかと思う。 親密ってなんだ……。 僕が咥えた事か、それとも飲んだ事か。 それともまさか、タメ口で話した事か。 「あなたは覚えていないでしょうが私は、あなたを逮捕するのが…… 少しだけ、辛くなりました」 「嘘、つけ……」 何もかも、嘘だ。 おまえは、酔っていなかった。 おまえは、僕を追い詰める手立てを失って、最後の賭けに出た。 おまえは、僕が本当は全て覚えている事も分かってるんだろ? おまえは、僕を逮捕するのを躊躇ったりはしない。 だが、おまえは僕を逮捕できない。 もうすぐ、昨夜の真実と嘘と共に、僕に葬られるから。 ……僕は、おまえと違って親しくなったからって殺す事を躊躇ったりしないから。 僕は、弱い人間じゃないから。 僕は、情なんかには縛られない。 僕は、躊躇ったりしない。 僕は、もうすぐ初めて、「面識がある」という以上の人間を。 「友人」と呼んだ男を 殺す。 --了-- ※本当はキラの記憶があったら絶対に酒なんか飲まないと思います。 月は多分、酔いすぎると勃たないというのを知らないので、 Lが酔っていない事に気づいていませんでした。
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