男前Lお題---喧嘩 「夜神くん。ライトを消してくれませんか?」 夜になってベッドに入ると、隣で横たわった竜崎が言った。 それぞれの個別ライトではなく、ダブルベッドの真ん中にあるメインライトだ。 真ん中にあるのだから竜崎が消したら良いようなものだが 彼が自由になるのは左手、僕は右手。 無理に右手を使って鎖をじゃらじゃら言わせるよりは、僕に一声掛けて スイッチを切らせる方を選ぶのだろう。 竜崎には、そんな横着な部分があった。 手錠に繋がれて四六時中一緒にいるようになってからはっきりした事だが。 それでも右手の自由を譲って貰っている以上、文句も言いづらい。 僕は無言で手を伸ばして、スイッチを切った。 「夜神くん。ライトを消してくれませんか?」 毎晩、寝る前に判で突いたようなセリフ。 これがこいつの「おやすみなさい」なんだ、と思いながらやり過ごしてきたが だんだん苛々してきた。 どうしてだか分からない。 言い返さない自分にイラついているのか。 「おまえが消したら?」 「……私が、ライトを消してもいいんですか?」 「勿論。良いに決まってるだろ」 竜崎は真っ黒な目で気持ち悪いくらいに僕を見つめた後、 じゃら、と音をさせて右手でライトのスイッチを切った。 「夜神くん。ライトを消してくれませんか?」 昨夜の遣り取りがあって尚、こんな事を言うのは、よほど鎖の音が 気に障るのだろうか。 だが、手錠を着ける事を決めたのはおまえだぞ? 「なあ、どうしてこうなわけ?」 「何がですか?」 「手錠だよ。何故僕が左手で、おまえが右手に着けてるんだ?」 「……」 竜崎は、そっと右手を持ち上げて、無言でその手首を見つめた。 「おかしいでしょうか……」 「おかしいね。普通、容疑者は右手、逮捕者は左手だろ?」 竜崎の母国では知らないが、日本ではそうなっている。 圧倒的に右利きが多いこの国に於いて、利き手である可能性の高い手を 拘束するのは規則じゃなくても当たり前と言えば当たり前だ。 「あなたは……容疑者と言ってもまだ全く証拠もありませんし、 厳密に言えば重要参考人にも届かない、と言った身分ですから」 「まだって。だから、僕はキラじゃないんだから、証拠なんか出ない」 「とにかく、そういった訳で可能な限りの配慮はしたいと考えています。 その一環が、左手の手錠です」 「ならライトぐらい消せよ。というかおまえ本当は左利きなんじゃないのか?」 「あなたよりは左手が器用だと思いますが、基本右利きです」 竜崎と話していると、時々こういった不毛さにどっと疲れる。 無実の僕を監禁するとか24時間拘束するとか、ここまで無礼を働いておいて 今更「配慮」などと言われても笑止千万。 慇懃無礼とは、こいつの為にあるような言葉だと思った。 「夜神くん。ライトを消してくれませんか?」 「っ竜崎!!!」 こいつは、わざと喧嘩を売っているとしか思えない。 この繰り返しはなかなか精神に来る。 かと言って、他の人間に何故僕が怒ったのかと聞かれたら 「枕元のライトを消してくれと頼んだだけです」と言うのだろう。 上手いやり方だ。 それが分かるから滅多な事では頭に血を上らせないのだが 竜崎の物言いは……何故か妙に癇に障った。 世界一の名探偵と言いながら、全く見当違いに僕を疑っている事。 これで絶対に間違わないのだと、世界の秩序を守っているというのだから ちゃんちゃら可笑しい。 ……でなければ、僕が本当にキラだという事になる。 世界の秩序と、僕が僕である事。 当たり前に両立する筈の両者が、竜崎の存在一つで矛盾する物となる。 だから、理性や理屈でなく、本能的に彼を排除しようとしてしまうのかも知れない。 彼は、間違っている。 そうでなければ、僕の世界が全て崩れ去ってしまうからだ。 「夜神くん。ライトを消してくれませんか?」 「……」 今日こそ、無言で殴ってしまった。 限界だった。 こいつにも、こいつと24時間過ごす事にも、容疑者扱いにも、 もう我慢がならなかった。 「夜神くん。昼間言ったでしょう?」 一回は一回です、と言いながら、何故か背を見せたと思ったら 思いがけない所から踵が飛んできて、僕の側頭部に入った。 そう、今日の昼間、僕は初めてスポーツ以外で人を……竜崎を、殴った。 暴力の味を覚えてしまったら歯止めが効かなくなった、などと思いたくないが 今夜はいつものセリフに、耐えられなかった。 表面張力が破れるように、無理だと思ったら、もうどうしても無理だったんだ。 「おまえは!僕がキラであって欲しいんだろう?! だから何度も反証が挙げられているのに、何の証拠もないのに、 僕が犯人だという前提から離れられない」 「……」 「僕が監視されている時に殺人があっても、何か手段があったんでしょう、 僕が監禁されている時に殺人があっても、誰かを操っているんでしょう、 そんな風にいつまでも言われるこっちの身にもなってみろ!」 言いながら飛びかかかって、竜崎に馬乗りになる。 首を絞めようとしたが、上手く腕を交差して急所を守られてしまった。 「夜神くん」 「何だ!」 「ライトを、消してくれませんか?」 「っ!!」 顔から血の気が引く程、怒りを覚える。 こいつは……僕に自分を殺させたいのか? キラでなくてもいいから、とにかく僕を監獄に叩き込みたいのか? そこまでして? 激情が過ぎると、妙に頭が冷える。 人が殺人を犯す前はこんな状態なのではないか、と危惧しながら 僕は竜崎から手を離した。 「自分で……消せ」 凝り固まった殺意、自分では「冷静だ」と「上手くやれる」と判断してしまう 精神状態。 これは、きっと人を破滅に導く、罠なのだろう。 神のようなモノがこうやって人間を試しているとしたら、随分残酷だ。 勿論僕は、そんな物に引っかかりはしないが。 「消せるものなら……消したいですが」 「消せばいいじゃないか。いつも通り」 「いいえ」 竜崎は体を起こし、顔を近づけてきた。 逃げるのは業腹で動かずにいたら、鼻先と鼻先の間が 十センチくらいになるまで寄って来る。 僕が頑として逃げず、目に力を込めると、竜崎もいつものとぼけた顔から 目を吊り上げ、頬を引き締めた顔になった。 僕を鋭く睨んだその目には、僕と同じく、確かに、殺意が。 「あなたの中の、『ライト』を消して下さい」 「……」 「そう言っています。その下からは、『キラ』が現れます。必ず」 竜崎は長い手錠の鎖を手繰り、呆然としている僕の首に ゆっくりと巻き付けて行った。 首に、冷たい重みが乗っていく。 「そうすれば、お望み通り、その右手に手錠を掛けられます。 私の右手は晴れて自由の身、です」 巻き終わって鎖がなくなった時には、竜崎の右手は僕の首の後ろにあった。 竜崎の左手の指は、僕の右手の指に絡められていた。 --了-- ※ある意味出オチ。わざと月を怒らせて観察するL男前、でお願いします。 最後、ちょっとややこしいですが限りなく抱き合っているような形になっています。 特に同性愛的な意味はないと思われます。 デスノにはまってから、電灯のスイッチに書いてある「Light」にすら どきどきしてしまいます。 某地方の「月が好き!(画面いっぱい文字)」というTVCMにも参りました。 あれは何のCMだったか。
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