釣月記 8 「おまえの方の……精神的な問題は、どうだ? ……その、事件を解決出来ない事に対して、Lとしてのプライドというか」 プライドを語るような格好ではないだろうが。 と思いながら消毒綿にエタノールを含ませて患部に当てると、「っつ!」と体を固くする。 周囲の血を拭き取ると、綿はすぐに朱色に染まった。 「知っての通り私は負けず嫌いですが、キラ事件に関してはもう良いです」 「……」 「というか、もう興味がありません。関心が持てません」 「どういう、事だ?」 「超常的な殺人手段も手に入れました。あなたがキラだという事も分かりました。 もう、謎は殆どないんですよ。 私にとっては読み終わった本と同じです」 「……」 こんな小さな場所でよく私を受け入れた物だ、と思いながら、軟膏を小指に取り 慎重に塗り込む。 夜神はもう動じなかった。 「ああ、でもあなたにはまだまだ興味ありますよ? あなたの事をもっと知りたいし、抱きたいと思います」 「……」 「便は緩い方ですか?固い方ですか?」 私が手を離すと夜神はまた自分でパンツを上げ、尻に負担が掛からないようにか 膝を立てた。 「緩い方だから、傷が広がる事はないと思うよ。縫わなくて良い。 それと悪いが、僕はおまえを……その、異性のように愛する事は出来ないと思う」 下の話に動じない所も、尻の穴の話と愛を同じ口調で語る所も。 全てが興味深い。 「女性を愛した事、あるんですか?」 「……」 「ないんですね?分かります。私もそうですから。 かと言って勿論、男性に興味がある訳でもありません」 「……」 「その私があなたには惹かれたんですから、あなたもきっと私に興味が出て来ますよ」 「そうか……」 きっとどこか、「感情」に欠けている部分があるのだろう。 人の事は言えないが。 我々からすれば世間の人間は無駄に驚いたり動じたりするように見える。 だが、足りないのは恐らく我々の方だ。 「あなたの方こそ私との、男性とのセックスは大丈夫ですか?」 「選択の余地ないだろ。……とは言え、精神的な問題は特にないよ。 単なる肉体の接触で、僕のアイデンティには何の影響も及ぼさない」 「そうですか。夜神くんは精神的にはバイなんですね」 「というか」 「不感症」 「……人の事言えないだろ」 私達は顔を見合わせて笑った。 夜神の方は苦笑だったかも知れないが。 「安心したら、体が辛くなってきた」 「安心?」 「おまえが僕を、司法に引き渡すつもりが全く無い事が分かったから。 そうだろ?」 「バレましたか」 ……夜神は誰も愛さない。 あるいは、周囲の人間全てを愛している。 まるで月の光が全てに注がれるように。 「ならお互い年貢の納め時ですね。 今後あなたの体を開発するのが楽しみです」 「そう」 「夜神さんに……お父さんに私達が付き合っていると言っても良いですね?」 「殴られるよ、おまえ」 特定の誰にも性欲を覚えない。 あるいは、目の前に居る誰にでも性欲を覚え得る。 ならば、彼の世界から私以外の全てを排除すれば良いだけの話だ。 「覚悟の上です。あなたがキラだとは言いませんので安心して下さい。 あ、キラ容疑者のままだとは言いますけどね」 「父さんには理解できないだろうな」 「同性愛がですか?」 「それもだけど。僕がキラだと思っているのに、僕を愛するおまえの気持ちが」 「私の中では特に矛盾も問題もありませんけどね。 それこそ『私のアイデンティに何の影響も及ぼさない』、ですよ」 「竜崎くんは精神的には犯罪者なんですね」 夜神の私を真似た軽口に、敢えて真面目くさって答える。 「そうかも知れません。殺人ノートを使うのに一抹の迷いもありませんでした。 第三のキラは、私かも知れません」 彼は目を見開いた後、微笑みながら瞼を閉じた。 睡眠薬入りの解熱剤が効いてきたのだろう。 「疲れた……少し、休む」 「はい。ゆっくり寝て下さい」 「う……ん……おや、すみ……L」 「おやすみなさい。キラ」 眠りに就くと、幼子のように無垢に見える夜神の顔を堪能し、 その髪を撫でながら携帯電話で事務連絡をする。 おまえがキラを簡単に諦めるとは思えない。 第三のキラ、第四のキラを、既に用意してあるのかも知れない。 だが私はおまえを……本来手の届く筈のなかった月の魚を釣り上げた。 キラ事件はこのまま収束するかも知れないし、新たな展開を迎えるかも知れないが おまえが手元に居ればどうでも良い。 第三のキラが現れれば、そいつを本キラとして捕縛してやろう。 私はおまえを誰にも渡したりしない。 魚籠の中で飼い続けてやる。 だからどうかいつまでも楽しませてくれ。 私だけの人魚姫。 --了-- ※76000打を踏んで下さいました、匿名希望さんに捧げます。 リクエスト内容は 時間軸は月が監禁中。捜査本部とは別に月の行動を携帯のGPSと遠隔盗聴で観察していたLが、埋められていたリュークのデスノートを発見するというパラレル。 その後の展開はキスケさんのご想像におまかせします! 月もLもお互い無意識のうちに好意がある設定のL月で。 Lは愛情表現が不器用、月はLの押しでより好きになっていくような… 終わりはハッピーエンドでお願いします! 好意があるのに立場やプライドなどで素直になれないすれ違いが好きなので、 そういう描写があると嬉しいです! また、最後黒月のままか白月に戻るのか、白→黒→白か、で雰囲気が変わるので 決められなくて困ってリク主さんにお伺いを立てた所 私としては、何とか黒月で終わらせて欲しいです。 原作だと白月から記憶が戻ったとき、二重人格かってぐらい一瞬で黒月に切り替わりますよね。 ほとんど抵抗もなく。 それは月の適応能力が恐ろしい程あるからだと思うんです。 でも黒月の大学時代の時点で好意があり、負けがほぼ確定していれば… というパラソルで(笑) 後半は微妙ですね……。 月が大学時代からLに好意を持っていた、という含みを持たせた描写は 一応入れたつもりなんですがとても分かりにくいかも。 もうちょっと子どもっぽい意地っ張りな二人にしても良かったのですが、 月も適応力があるだけに、圧倒的にLが有利な状況では 無駄に足掻かないような気がしました。 結果的に起伏の無い割と仲良しな二人になってしまった。 匿名希望さん、お待たせしてしまった割りにはこんなんですが如何でしょう。 ご申告&ナイスリクありがとうございました!
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