美しい名前 7 「……良かったよ」 終わった後ぐったりと横たわったLに、つい謝ろうと口を開いてしまったが 謝る必要もないな、と気がついて……出て来たのは、そんな言葉だった。 勿論、Lからは返事がない。 「……」 「痛かった?」 「……今でも痛いです」 Lは眉間に深く皺を刻みながらも、ごそごそと寄って来て 僕の肩にくたりと頭を乗せて崩れた。 「……竜崎?」 「……」 「竜崎」 「……」 幼児みたいに甘ったれているかと思えば、僕と口を利く気もないらしい。 こんな事は日常茶飯事だが、本当に……喧嘩をした後の子どもや、 洗濯した後の猫みたいだ。 ……それにしても。 何気なく、Lの乱れた黒い髪をくしゃりと掴みながら考える。 先程聞いた名前……。 本当に、本名だろうか? 珍しい名前だったので、余計に本名に思えるが。 もし一文字でも変えられていたら、意味が無い。 だがもし本当に、本名だと仮定したら。 ミサにノートを持って来させて、彼女にもレムにも借りを作らず、 Lを消す事が出来る。 死の前の行動を操る事も出来るのだから、Lが死んでも 僕に容疑が掛からないように何とか出来そうだ。 いやしかし、また偽名だとしたら。 Lは、僕かミサが名前を書いた現場を、あるいは書いた物を、証拠として 押さえようとするだろう。 慎重に動かなければ。 Lが僕に、名前を書かせようと誘導するならば……僕やミサを再び追い詰め 逮捕しようとするならば。 最悪、Lだけでなく、捜査本部全員の名を書かなければならなくなる。 ……いや、ワタリがいたか……厄介だな。 Lが言っていた、「この状況でも僕のキラ容疑を晴らしつつLを殺す方法」。 本当にあるのなら、是非教えて欲しいものだ。 いや、Lに思いついたなら、僕にも絶対に分かる。 考えろ。 考えろ……。 「や……、夜神くん……」 「……ん?何?」 短時間で機嫌を直したのか、Lが下から話し掛けてきた。 殺そうという当の本人だが、今は三歳児だ。 上の空で答えると、片頬を膨らませた。 「実は私、今日が誕生日なんです」 「ハロウィンが誕生日?」 「はい」 「そう。限りなく嘘くさいけど一応言っておくよ。おめでとう」 「はぁ。ありがとうございます。それにしても誕生日にこの仕打ち……」 「知らなかったんだから関係ないだろ。でもちょっと悪いと思ってるよ」 話しながら、考え続ける。 ミサを使うのか? ……いや、僕がキラだと疑われているという事は、ミサも同様だ。 僕とミサがコンタクトを取った後、Lが死ねば…… 間違いなく、捜査本部の人間には疑惑の目で見られる。 「まぁ、私にもデメリットばかりではありませんでした」 「……何?」 「何だか、『寂しい』の気持ちがどこかへ消えました。 今は全く不快ではありません」 「ああ、そう?」 「何だか、夜神くんがずっと私の中に居てくれるような気がします」 「そういう表現やめてくれ」 僕が思わず突っ込むと、Lは顔を上げてにやっと笑った。 「でですね、折角こういう関係になった事ですし、誕生日プレゼントの一つでも おねだりしたいんですけど」 「こういう関係って……。 まあいいよ。僕に上げられる物なら何でもやるよ」 本当だとしたら、人生最後の誕生日だからな。 Lを始末する方法の模索は一旦頭の隅に片付けて、肘で枕して笑いかけてやる。 「本当に?」 「男に二言はない。だろ?」 嘘を吐いてばかりだったLが、僕の「暴力」を受け容れると言い、その通りにした。 だから僕だって、自らの言葉を翻したりはしない。 今だけはね。 「では……私の名を、デスノートに書かないで下さい。書かせないで下さい」 「……!」 L……! おまえは、僕をどこまで。 「……はははっ!キスでもねだられるかと思った」 「キスは要りません。 『万が一』あなたがキラであったとしても、デスノートで殺さないでくれれば それで十分です」 ……虚仮にしたら満足するんだ。 「いいよ。僕はキラじゃないから、プレゼントという実感がないけれど」 「ありがとうございます。さすが『男に二言』はありませんね」 「ああ」 ……計画の、練り直しだ。 しばらくはLを殺さずに、何とか僕の疑いを逸らしながらキラの裁きを続ける……。 我ながら甘いが、Lにだけは……どんな事でも負けたくなかった。 今日が誕生日だなんて偶然が過ぎるが、約束を破ってデスノートで殺し、 後で本当だったと知ってしまったりしたら屈辱だ。 お互いが認識しているルール内で倒してこその、達成感なのだから。 歯がみをしながら僕はふと、Lの言葉に引っかかりを覚える。 「殺さないで下さい」ではなく、「デスノートで殺さないで下さい」、か。 ……ああ。 そうか。 そういう事か……。 「デスノートで殺さない」、か。 僕はもう一度、Lの髪を撫でた。 「分かったよ。僕がキラだとしても、キラ容疑を晴らしつつ おまえを殺す方法」 「はい」 Lは、猫のように目を細めてごろごろ言い出しそうな顔で僕を見つめる。 「おまえを普通に、この手で殺す」 身体を起こし、髪を撫でていた手を首に回すと、Lは無言で口だけで笑っていた。 「なら、デスノートで殺した事にはならないだろう?」 「ですね」 「そして、デスノートに操られておまえを殺してしまったように見せかければ、 誰も僕がキラだとは疑わない」 「はい正解。見事キラ容疑者圏外です」 指をぴんと立てて得意げに言うのが、また尻尾を立てた猫を連想させて 僕はつい笑ってしまった。 「でもその場合は、二十三日以内に僕も死なないといけない事になるよな」 「でも、勝ちは勝ちですよ?嬉しくないですか?」 僕はLの首から手を離して、大きく伸びをした。 「そんなの、結局心中だ」 やっぱり、その白い首を刈る、死神の鎌に似た美しい名前を。 デスノートに書いてやりたくなるよ。 「……でも、悪くないプランですよね?」 今度はLが僕の首に手を添えて、「Death or treat」と小さく呟いた。 --了-- ※2012Lお誕生日おめでとう!
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